4 人間くさい
シルの腰は細いけど意外としっかりしているらしい。
お肉をゆっくり咀嚼しながら、シルの姿を探した。
どうやらブリッツに引き止められ会話に付き合っているようだった。
眉間にシワを寄せながらつまらなさそうに話を聞いていたシルは、ワインドを見つけると呼びかけてブリッツとの会話に参加させた。
ワインドは嫌な顔をせず、楽しそうにブリッツと酒の入ったグラス同士を当てて乾杯した。
いや、乾杯って……本当に気さくな神だな。
「お隣よろしい?」
シル達の様子に夢中になっていたら、ルーンがぼくの隣へ立っていた。
頷いて肯定の意を見せると、ルーンは嬉しそうに会釈した。
「シルリヤ様のことが気になるのね」
ぼくの視線の先を目で追ったルーンは、ぼくが今まで何を見ていたのかぴたりと当ててきた。
気恥ずかしさに首を振るが、手で口元を隠しながら上品に笑うだけだった。
うう……この人には一生勝てない気がする。
「シルリヤ様はとても神様らしい気品をお持ちね」
気品……民に接するシルはとにかく猫をかぶっている。普段のオレ様な性格なんてみじんも感じさせないシルは、確かに気品がある。
でもその神々しさゆえに人々は一定の距離を保ってシルを崇めているから、シルは数百年間孤独を抱えてきたのだろう。
だからぼくなんかを気まぐれに友達に選んだんだ。
その点、ブリッツは気さくで裏表がなくて、誰からも好かれていそうだと思った。
たまに神様ということを忘れてしまいそうになる。
「ブリッツは人間くさい神ですからね。彼を嫌う人ももちろんいますよ」
にこにこと、おっとりした口調ながらも、ルーンの評価は辛口だった。
背筋が少しだけ寒くなった。
「……どちらかというとシルリヤ様も苦手と思っているのではないかしら? それともう1方……あ、ほらブリッツを嫌う方がいらっしゃったわ」
ルーンが指を差した方に立っていたのはリヒトだった。
はじめて出会ったあの日と同じ格好をしているリヒトは、シルを見つけて嬉しそうに駆け寄ったが、ブリッツに捕まり抱きかかえられてしまった。
「はなせよおっさん! あつい! くさい! ヒゲいやぁ!」
力では叶わず強制的に頬ずりされているリヒトが吠えた。
何故かブリッツはそんなリヒトを見て、ますます嬉しそうな笑顔でリヒトの頭を撫でる。
「うああん! シルリヤしゃん、お兄ちゃんたすげでえええ」
両手をブリッツの顔に、両足をブリッツの胸につけて必死に伸ばして距離を取ろうとするリヒトが、近くにいる2人に助けを求めた。
シルは面倒臭そうにため息を吐いただけで傍観を決めている。
ワインドはじゃれあっているだけと判断したのかただ笑うのみだった。もしかしたら他国の王に干渉できるわけがないので誤魔化しているだけなのかもしれないが。
なんにせよリヒトを髭から助けてくれる人はいなかった。
ぐりんとリヒトの頭が勢いよくこちらへ向けられる。
その視線はぼくの隣のルーンに向けられていた。
「ルーンしゃん!」
「あらあら、仕方がないわねぇ」
甘えるような少し怒っているような声でリヒトがルーンを呼ぶと、ルーンは壁から背中を離してあちらへ向かおうとした。
「ね、あなたも行かない?」
ルーンが振り返ってぼくを誘ってくれた。
ずっと壁で1人肉を食べ続けるわけにもいかないので、その提案にのることにしてぼくもルーンの後に続いた。
「ブリッツ、そろそろ放してあげたらどう?」
「お、ルーン。もうお話は良いのかい?」
「ええ。ほら、リヒト様」
ルーンが手を差し伸べると、リヒトがそれを掴んで、ブリッツから今度はルーンに抱きかかえられた。
首に甘えるようにしがみつくリヒトは大人しく、その背中を優しく撫でてやるルーンは美しい。
先ほどの地獄のような光景とは違い、なんだか神々しかった。
だんだんルーンの方が神様に見えてきた。
「ちぇ! ぼくには一向に気を許してくれんのに、ルーンはやはりすごいなぁ!」
背後から声が聞こえてきた。
なぜ、先ほどまで前にいたのに……ギギギと錆びたブリキのおもちゃのようにぎこちなく振り返る。
「君だってそう思うよなぁ!」
やはり声の主はブリッツで、逃げられないように両肩を掴まれた。
髭が近づいてくる。
すぐに反応することができず、目を見開いたままフリーズしてしまった。
髭が近づいてくる。
だがその髭は、ぼくの頬に触れる直前でぴたりと動きが止まった。
「お前、今何をしようとした?」
今まで聞いたことがないくらいドスの効いた声でシルが問いかける。
シルの片手はブリッツの顔面を正面から鷲掴みしており、もう片方の手でぼくの身体を自分の方へ引き寄せてブリッツから離してくれた。
「ちょっ、シルリヤ様!」
ワインドが慌てだす。
そりゃそうだ。パーティ会場でたくさんの人がいる前で、国のトップ同士が揉め事を起こすことはよろしくない。
ぼくも慌ててシルを止めようと両腕をシルの腰に回した。
「……これは申し訳ない! 思っているより酔いが回ってきたようだ」
豪快に笑いながら口だけで謝罪するブリッツには、全く反省の色は見えない。
それが無性に腹立たしくて、シルの服を掴む手に力が入る。
「……私も飲みすぎたようだ。そろそろ部屋で休ませてもらおう」
「そうだな。旅の疲れもあるだろうしゆっくり休んでくれ! おい、君。部屋まで案内してやってくれ」
「承知しました。さ、どうぞこちらへ」
一触即発かと思いきや、酒を理由に淡々と事が片付けられてしまった。
まぁもう部屋で休めるのならぼくも大人しくしておこう。
この国はぼくには明るすぎる。
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