1 まあまあ幸せな人生なんです
はっぴーばーすでー主人公。
赤ん坊の頃から何度も同じ夢を見ている気がする。
夢に出てくる男は自らのことを“シルリヤ=ヴァ=ウィンド”と名乗った。
腰の辺りまで伸ばされた髪は、毛先にかけてゆるくウェーブがかかっていた。不思議なことに髪が揺れるたび、オーロラの様に色が変わるので、とても神秘的だった。
瞳にはエメラルドがはめ込まれているのかと思うほど綺麗な色をしていて、ぼくだけじゃなく誰もが一度見たら忘れることはできないだろう。
ただしとっても偉そうな態度は印象最悪だったけど!
でも、それもそのはずだったんだ。
ぼくが歴史の授業で初めて学んだことはこの世界の創造主の1人にして現国王のシルリヤ=ヴァ=ウィンドのことなのだから。
つまり彼は本当にドえらい神様だったのだ。
なぜ彼が前世のぼくの世界に現れたのか、なぜぼくをこちらの世界へ導いたのかはわからないけど、ぼくは彼が言った通り、この世界でまあまあ楽しい人生を送っていた。
この世界には5つの国があり、それぞれ火・水・緑・風・雷と、自然を司る神々が統べていた。
ぼくが住む国は風の神であるシルリヤが統治していた。岩山に挟まれた低い地形の国だった。
風の神のご加護なのか、この国の人々は風を読むことに長けていた。
風は目で見ることはできないが、何となくその存在を感じ取り、頭の中でイメージすると、空中に線のようなものが浮かび上がる。
その導線に足を乗せれば後は風にのって空を歩くことだってできるのだ。
その才能が生まれながらに備わっているのはこの国の人々だけであった。
反対に他の国ではぼく達が真似をすることはけしてできない才能をそれぞれが持っていた。
この世界は平等で平和だ。
そんな世界に前世の記憶を持ったまま生まれたぼくは、小麦農家の一人息子として優しい両親に甘やかされながらすくすくと育った。
そしてつい先日、16歳の誕生日を迎えた。
あの不思議な出会いから16年も経っていると思うととても感慨深い。
ぼくの住んでいる町は国の中でも農家が多い田舎町で、ここに住む子どもたちは親の畑仕事を手伝ったり、学校で同級生たちと色々なことを学んだり、ゆったりとした時を過ごしていた。
ぼくはこの穏やかな町が大好きで、学校も不思議な授業が多くて飽きない。
その中でもとくに風読みと呼ばれる授業が気に入っていた。
この授業は必修科目で、風の道を見極めて空中を散歩したり、一番早い風に乗って相手より先にゴールするレース方式だったり本当に様々な内容で、ぼくは週に一度あるこの授業が楽しみだった。
また学校の友人たちは気の良い人たちばかりで、すっかりぼくはこの世界を気に入って馴染んでいた。
シルリヤには悪いが王と友達になるために会いに行く方法を探すより、今この時を大切にしている方が平凡なぼくには魅力的なのだ。
しかしあちらはそうはさせないようで――
「ああ、やっと帰ったか」
「ずっと待っていたんだよ。大変なことがあってね」
ある日学校から帰ると、いつもはまだ仕事で家をあけているはずの両親が揃ってぼくを迎えてくれた。
まるで長年会っていなかった息子との再会くらい喜んでいる両親を不審に思いながらも、ぼくはとりあえず2人からのハグを受け入れた。
ひと通り落ち着くと、母がぼくの前髪を優しく撫ぜながら言った。
「ああ、かわいい子……シルリヤ王の付き人になりたかったなんて、母さん全く知らなかったよ」
シルリヤ王の付き人? 状況が全く把握できていないのでぼくは首をかしげた。
「おや? 覚えがないのかい? 今お前宛てに書類審査の合格通知が届いたんだが……」
母の隣にいた父はぼくが何も知らないことを不思議がりながらも、手に持っていた紙をぼくに手渡した。
薄緑色をした厚めのポストカードだった。
そこには確かにぼく宛で、“合格”という文字がでかでかと書かれていた。
しかしそもそもこんなに大事な書類を、封筒にも入れず誰にでも見えるように送ってくるなんておかしすぎる。
きっと誰かのいたずらだろう。だってぼくは何かに応募した覚えがない。
「でもこの国で王を騙る者がいるとは思えないし……ほらこのカードには薄っすらと国の紋章まで印字されている」
父が指でなぞった箇所には、確かに紋章が浮かんでいた。
「もしかしたら本当に合格したのかもしれないよ。どうだい、1週間後の二次審査に行くだけ行ってみなよ」
何故か乗り気な母を前にしてはっきりと断ることもできなかったので、とりあえずぼくは行くとも行かないとも返事はせずにそそくさと自分の部屋に逃げ込んだため、この話題は強制終了となった。
次の日、ぼくが学校へ行く道を歩いていると大変なことが起こった。
「お! 一次審査通ったんだって? おめでとう!」
「すごいね、君は我が町の誇りだよ」
「え、誰から聞いただって? 郵便屋が自慢していたよ」
個人情報ーーーー!!!!
もしやあの剥き出しのポストカードは、会いに行く気がないぼくの外堀を埋めるための作戦なのか?
これはすべてシルリヤの仕業なのか?
郵便屋を恨みながらも、結局ぼくは二次審査がある日まで両親や幼馴染たち、はては町中の人々から激励をうけて、シルリヤのいる王宮へ向かうこととなったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
シルリヤのビジュアル絵で見たさある。