10 王の付き人は
とりあえずひと区切り!
水晶の前に立ち、恐る恐る片手を乗せてみた。なんだか静電気でも起きそうで怖かったが、それどころか特になにも起きなかった。
ま、こんなもんだろう。ぼくになにも力はないとわかって一安心だ。
その時、先ほどのシルリヤと同様に水晶が輝き出した。
同時にぼくの頭の中では国の中で困っている人や、ここに風の道があればあの人を助けてあげられるだろう、など様々な情報が浮かび上がっては消えた。
ビジョンが消えるごとに身体の周りに風が集まってくるのを感じた。
一通りまとまると、風が一斉に各地へ散らばっていった。
戸惑いながら水晶からゆっくり手を離す。
やばい、これはできてしまったのか?
ぎぎぎと錆びたブリキのように振り返ると、ワインドは嬉しそうな表情を見せながら頷いていて、ラップとチョークの2人は驚きのあまりあんぐりと口を開けて動けないでいた。
シルリヤは相変わらず表情を1つも崩さない。
「ラップ」
「はっ! すみません……で、では、次チョーク」
固まっていたラップがシルリヤに呼ばれ我にかえる。
呼ばれてチョークが前に出てきたので、ぼくはワインドの横に移動した。
チョークもぼくと同じように水晶に手をあてた。
しかし一向に水晶が光を放つことはなかった。
「……もう良い。残念ではあるが」
シルリヤが終了を告げようとすると、チョークは絶望の表情でシルリヤの前に跪いた。
「こ、この水晶は本当に正しいのでしょうか?! 私が、名門と呼ばれた一族の私が……」
「チョーク! 無礼であるぞ!」
ラップがチョークに駆け寄り両腕を掴んで押さえ込もうとする。
それを手で制したシルリヤは、地面に伏せるチョークの頭上から話しかけた。
「先ほど、私が話していた風の姿がどんな者だったか、言い当てることができたのならお前を付き人に選ぼう」
「ほ、ほんとうですか?」
「ああ」
突然のチャンスにチョークの目が血走った。
シルリヤは優しく微笑んでいるが、ぼくには意地が悪いようにも見えた。
だってチョークはあの少女の姿が見えていなかったように思える。
現に今も即答できずに、記憶から情報をかき集めていた。
「母親……えっと、風様は女性で、背丈は低く、穏やかで優しげな方でした」
「髪型はどうか?」
「うっ……緩りとウェーブを描いた、きれいな御髪でございます」
「色は? 歳はいくつほどだと思った?」
「色……は、王と同じ色にございます。お年は……」
チョークの声が段々とか細くなっていった。
シルリヤはチョークのたじろぐ様子を無感情で見下ろしていた。
「ラップ、この者を門まで送ってくれ」
「はっ」
「うう……」
「青年よ、今回の試験は残念ではあったが、そなたは実に風読みが上手いと聞いた。ぜひ、これからこの国を引っ張る存在になるよう励んでほしい。そうすれば、もしかするとまた会う日が来るかもしれぬ」
肩を落とすチョークにシルリヤが優しく言葉をかけた。
その励ましにチョークも少し持ち直したようで、最後はシルリヤに深くお辞儀をすると、ラップと共に下へと降りていった。
「さて、これで私の付き人は決まったな」
「そのようですね」
え?
シルリヤが意味不明なことを言うと、ワインドもそれに賛同した。
え、だってワインドはまだ最終試験を受けていない。
「ワインドの試験がまだ? いるか?」
「恐れながらシルリヤ様、オレにはこれは動かせません」
「だろう? なら決まりだな」
は? は?
ぼくを置いて2人は笑い合う。
シルリヤと気さくに接しているワインドは、今までのワインドではなく、急に知らない人になってしまったみたいだ。
それにシルリヤも先程までの厳格な雰囲気が消えて、すこしフランクだ。
こ、これは……!
騙された?!!
ぼくが戸惑いの表情を見せると、ワインドは申し訳なさそうにぼくへ頭を下げた。
「すまない! 改めて名乗らせてくれ……オレはシルリヤ王直属の護衛軍・隊長、ワインドだ。訳あって受験者の中に紛れていた」
姿勢を正し名乗りを上げたワインドは、試験者に紛れた兵士だったという。
騙されたことは悲しい……だけどこれはこれでかっこよく、実にワインドに似合う職業だ!
っていうか、じゃあ本当に残りのぼくがシルリヤの付き人になるってこと……?!
辞退します!
「……ワインド、お前も外してくれないか」
ふぁ?!
「わかりました。入り口の外で待機しておりますので、なにかあればお呼びください……騙しててすまなかったな。でもオレ、お前のこと弟みたいだといったことは本当なんだ。これから共に働けること、嬉しく思う」
いい笑顔で去っていくワインドに、ぼくはもう怒りの感情はなく、ただただシルリヤと2人っきりになって何を言われるのかわからない恐怖で必死にワインドへ手を伸ばした。
その手をシルリヤに掴まれ強制的に向き合う形にされた。
「久しぶりだな。いくつになった? ああ、もう16なのか。俺を探さなかったということは、まぁ無事幸せに過ごせているらしい」
手は離されたがぼくを見る目の圧が強い。
すっかり1人称も変わっている。こちらの雰囲気のほうが初めて出会ったときのシルリヤだと思った。
「だが喜べ、今日から俺の付き人であり友であるお前はさらに幸せになれるだろう」
自信あり気に言ってくるシルリヤをじとっとした目で見つめる。
ぼくは今回大人たちのいろいろなドロドロとした部分を目の当たりにした。
これからシルリヤと共に過ごすということは、さらに他の人から疎まれ、嫌われることになるだろう。
それならば生まれた故郷で平凡に学校に通い、友達と遊び、家業を手伝う暮らしのほうが幸せだ。
「本当にそうだろうか?」
え?
まるでぼくの心の中を読んだようなタイミングでシルリヤが問いかけてきた。
「せっかくこの国に生まれたからには、お前には最高の幸せを見つけてほしい。あの文化水準の高い国で過ごしてきたお前には、だいぶ不便なこともあるだろう」
それはそうだ。
ぼくが過ごしたあの世界では、遠い国の人とも電波を使いすぐに連絡が取り合うことができた。特にぼくが住んでいた国はとても平和で、一年中部屋の中を適温に保ち、たくさんの娯楽で暇をつぶした。スナック菓子やジャンクフード、好きなものを好きなだけ食べることもできた。
だけど人の温かみを感じたことはない。
生きることにおいての優先順位は人それぞれなのだ。
ぼくはずっと誰かと笑いあいたかった。
だからこの世界で少し不便を感じても、誰かと笑いながら生きていけるこの世界はぼくにとっての幸福だ。
「ふむ……ではお前は幸せだというのだな」
シルリヤの問いかけにぼくは強く頷いてみせる。
すると、ふっと優しい笑みをこぼしてシルリヤも頷き返してくれた。
よかった、わかってくれた…!
ぼくも嬉しくなって自然と笑みがこぼれる。
「だが付き人と友人にはなってもらう」
ぼくの表情は死んだ。
シルリヤには心底失望した。
「お前は……オレとは笑いあいたくないのか?」
シルリヤは少し拗ねたような言い方をした。
シルリヤと?
そんなこと考えたこともなかった。
「今まで通り家族と友達と楽しく過ごしたらいい……だが、そこにオレを入れることはできないのか?」
ここでぼくは気がついた。
もしかしたら、シルリヤも生まれてから今まで寂しい思いをしてきたのかもしれない。
この国の神はたった1人だ。敬われ人の上に立つこの人には一体誰が対等な立場で寄り添ってくれたのだろう?
そう考えると目の前のシルリヤがなんだか放っておけなくなってきた。
なのでぼくはシルリヤの手を取った。
手を取った瞬間シルリヤの身体が小さく跳ねた。
「……いいのか?」
おずおずと聞いてくるシルリヤの目を見てぼくは頷いた。
「では契約だ」
シルリヤが意地の悪い笑みを浮かべると、握り合っていた手が輝いた。
光が収まるとシルリヤが手を離したので急いで自分の目の前に手を引き戻して何が起きたのか確認した。
すぐ目に入ったのは、右手首を1周するように、なにかの紋様が浮かんでいることだった。
一部鳥の羽をモチーフにしたように思える柄を見て、まるで風に囚われた気持ちになる。
「これからよろしくな。付き人兼ゆ・う・じ・ん」
楽しそうなシルリヤの顔を見て、ぼくはもう腹を括るしかなかった。
まずは色々話を聞く必要がありそうだ。
お読みいただき、ありがとうございます!




