1節7項 里の異変 その1
ゴウゴウと砂煙を立て、巨体が崩れ落ちる。
「終わったぞー」
「お疲れー」
ミミズ狩りにはすっかり慣れた。特に、一撃で倒せるようになってからは格段に安定した。
へっ、所詮はミミズ畜生よ。散々脅かしやがって。
「じゃあ、魔石を取ってくれ」
横たわる生々しいピンク色の軟体を指さす。
「断る」
「力になれしずく」
「だが断る」
前回の葛藤は?
ミミズの魔物は、体内に魔石を溜めこむタイプだった。魔石を剥ぎとるには体内をまさぐる必要がある。
体に剣を突きさしぐりぐりと抉って、固い感触が無いか探る。剣に硬い何かが当たる。ぐっちゃぐっちゃと魔石を引き寄せる。
何度も狩っているうちに、体のどこに魔石があるかは大体わかってきている。心臓の近くだ。
今や体内に手を突っ込まずとも魔石を取り出せる。
ころんと転がり落ちたそれを二本の指でつまんで、しずくに投げた。
しずくは避け、魔石は地面を虚しく転がる。
「落ちたよ」
「いや取れよ」
渋々といった感じで、彼女は魔石を靴で踏みつけ、ぐりぐりと地面に擦りつけ、念入りに汚れを落とす。
それから手が触れないように袋に入れた。
どんだけ触るの嫌なんだよ。
魔石を全て取り終え、死体を処理する。
よし、今日はこんな所か。
「じゃあ、帰るか」
*
「今日の分です」
「お疲れ様です」
スティルさんに、今日の分の魔石を渡す。魔物から採れる魔石は純度が高い。初日の籠いっぱいの原石より、この袋一つの方が価値が高いという。
「順調みたいですね」
「はい。お陰さまで」
「あとどれくらいここに留まるつもりなのですか?」
「もうしばらく居ようと思ってます。折角慣れた狩り場なので、稼いでいこうと思いまして」
「それは良かったです。やはり、人が居た方が賑やかですから」
その時、太陽が雲に隠れた。彼の目に黒い影がよぎる。
「ところで、フウさん、と言いましたっけ」
「はい」
「名前は、フルネームでフウなのですか?」
……?
「えぇ」
「本名にしては短いような気もしますが」
「出身が、人口の少ない所だったので」
「では、しずくさんも?」
「はい。しずくはしずくです」
俺がそう言うと、しずくがちょんちょんと背中をつついてくる。
なんだと聞き返そうとすると、ふっと、意識が遠のき——。
「フウ君?」
「……あれ」
いつの間にか、しずくに寄りかかっていた。
「どうしました?」
「いえ、少し立ち眩みが……」
「あぁ、すみません、お疲れですよね。すぐに帰ってお休みなさってください」
「いえ、大丈夫、だと思いますが」
少女の行方については、未だ何の手掛かりも得られていないのだ。
そろそろ、多少目立ってでも調べなければいけない。
「聞きたいことが、あったんです」
「はい。なんでしょう」
「この里には、今までどれくらいの人間が来たんですか?」
「この里に人間、ですか?あなた方二人が初めてでしたよ。ノコン……居なくなった仲間の一人を除いて……あぁそれから里の者たちを除いたら、ですが。はい、あなたたち二人が初めてです」
へぇ、まぁ周りに人里なんてないと聞いているし、俺たちが初めての客人でもおかしくないのか。
……初めて訪れた人間の上、素性も出身も金も持ち物もない俺たちを、彼らは受け入れてくれたのか。どんだけ心広いんだ。
「それは……少ないですね」
「えぇ。この里に大したものなんてありませんし。それに、ここに居る人間たちは皆、俗世との関りを断ち切って来ています。私たちに会いに訪れる人間は居ません」
死んだものとでも思われているのだろうか。
「それから、この里は私たちが独自に興したものなので、ここに続く道なんて有って無いようなものですし、そもそもこの里の存在をどれだけの人間が知っているでしょう」
誰も知らない、何も無い里に、わざわざ訪れる人間はいなかったわけか。
まぁとにかく、彼は少女については何も知らなさそうだ。俺たちが探しに来た少女は、確かにこの里を目指していたはずだが。結局、辿り着けなかったのだろうか。
「私としては、もっと人間を呼んで活気のある里にしたいのですが。こんな姿ですので」
彼が、その羊のような顔に手を触れる。
「寂しい、ですけどね。なかなか同士も見つかりませんし。仕方ありません」
「スティルさんは、他の里の人間たちとは話さないんですか?」
「……あの子たちのこと、ですよね。彼らは人の言葉を喋りません。おかげでどうも近づきづらくて、ですね。この里の長なのに、ダメですね」
「言葉を話せない相手なら、仲良くなるのも一苦労でしょう」
姿かたちも異なる相手と来れば、尚更。
これで、聞きたいことは聞いた。
「では、俺はそろそろ戻ります」
「はい。ゆっくりお休みなさってくださいね。あなたに急かすような事なんて、この里には何も有りませんですから」
「はい、ありがとうございます」
部屋を出て、彼の屋敷を後にする。
彼は最初からずっと紳士な態度であり、彼への警戒はとっくに緩めてしまっていた。彼の羊のような頭部も、最初は悪魔の類かと驚いたものだ。彼の内面を知って、すぐに気にはならなくなったけれど。
*
ガルナの家に続くまでの道に、彼らの家がある。
道ゆく彼らを見る。色んな生き物のパーツを継ぎ接ぎに繋げ、歪にも人型を取っている彼らは、今日もせっせと働いていた。
と、しずくがその一人へと近づいていく。しゃがみ、視線の高さを合わせて話しかけた。
「何してるの?」
その子は藁で編み物をしているようだった。話しかけてきたしずくにピクリとも反応せず、作業を続ける。しかし、しずくはその程度で諦めるつもりは無いようだ。
「あなたの名前は何て言うの?」
答えはない。
「ねぇねぇ」
と、しずくがちょっかいを掛けていると、まただ。
視界がぼやける。しずくの姿が揺れ、二人になったり三人になったり。
「ん、もういいよ。帰ろっか」
いつの間にか、しずくが戻ってきていた。
返事をしたつもりだったのだが、声に出ていない。
「……フウ君?」
彼女の声が遠い、おかしい、彼女の顔は、こんなに近くにあるのに——。
「フウ君!ねぇ、フウ君っ!」