1節4項 魔石狩り その2
魔石狩り二日目。
「いやだー!」
ガルナの家にて。出発の時。
しずくがだだをこねていた。
わざわざ引っ張っていくのも面倒で、無理に連れていく理由もさしてない。
黙って出て行こうとすると、裾を掴まれる。
「置いてくな!」
「お前は何がしたいんだ」
「ミミズに会いたくないけど金は欲しい」
「……」
「待ってー!」
「四の五の言わずに行くぞ」
「うぅぅ……」
……しずくが、ここまで渋るのは珍しい。
「何か理由があるのか?」
「……だって、ミミズが」
ミミズがそんなに嫌か。まぁ生理的に受け付けないという気持ちも分かるが。何か違うような気がする。
顔を覗き込むと、しずくは無言で顔を逸らす。
何か違う理由があるな?
「正直に言え」
じっと見ていると、言わなければ俺は動かないと諦めたか、渋々と彼女は口を開く。
「今の状況で、あの魔物と戦うのは危険だよ」
彼女は静かにそう言った。……今の状況?
「戦いはしない。見つけても逃げるだけだ」
「それでも。フウ君の調子、今万全じゃないでしょ」
「……」
「命の危険がある場所に、そんな状態で行くべきじゃないよ」
「そんなことは——」
無言の目が見つめる。彼女に嘘は通じない。
……確かに、彼女の指摘通り、まだ体に疲労が残っている。決して無視できない程度には。けれど、
「これくらいなら問題ない」
「でも」
「それに、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。金もない、信用もない、おまけに働かないんだったら流石に追い出されるぞ」
「……でも——」
「まだ行ってなかったのカ」
ガルナが来た。
「ほら、行くぞしずく」
「……無茶したら怒るからね」
*
ひょいひょい。
「ねぇ、なんで俺の籠にお前も入れてんの?」
「え?」
「えじゃないが」
「ほら、積載量の違い?」
「自分の籠には一個も入れてないだろ。積載量の違いも何も無いじゃねーか」
「まぁまぁ」
「まぁまぁじゃねぇ。標的を分散させろ。朝のあれはどうした」
魔物は魔石に集まる習性があるようだ。
「それはそれとして、私はミミズが嫌いなので。標的はフウ君に」
「文句言うな。一緒に来てんだから運べ」
均等に分けようと、魔石を彼女の籠に入れようとする。ひょいと避けられる。
「……」
「……」
無言で顔を見合わせ、魔石を構える。
玉入れが始まった。
そのうち徒競走になった。
*
「ぜぇ……ぜぇ……」
「はぁ……はぁ……」
「昨日より疲れてるナ。魔石はオイラが持っていく。そこで休んでロ」
ありがとう、と言葉になったか分からないが礼を言った。
今日は撒き餌も準備していたので、いくらか多く持ち帰ることが出来た。その分、釣られて出てきたミミズも多かったが。
わき目もふらず逃げ帰り、狩場からずっと全力疾走だったのだ。体が悲鳴を上げている。
このやり方は長く続かない。変えなければいけないな。
「次は、あれ持ってくか」
「あれ?」
「あれ」
部屋の隅を見る。そこにはずっと置きっぱなしの荷物がある。
片方は、一抱えもあり、豪華な装飾が施された本。
“天の書”という、神器とも呼べる本だ。極めて希少な術が載っている。それは“しずくに”と渡されたものであった。
「でも私、使えなかったけど」
そうなのである。本を開いても、複雑怪奇な紋様が並ぶばかりで、まるで使い方が分からなかった。
手を置いて呪文を叫べば、口から電撃が出るのだろうか。……これ以上想像するのはやめておこう。
「まぁ、本の方はとりあえず置いといて」
そもそもあれは攻撃用ではない。後回しでも問題ない。
「剣の方?」
置きっぱなしのもう片方は、二本一対の刀。
形状は木刀、そして刀身が黒曜石のように透き通る。よくよく見れば僅かに、片方は橙、片方は青みがかかっている。
名を“日影”、“月影”という。これまた神器であるが、“絶対に壊れない”という特徴以外は知らない。こちらは俺のらしい。
こっちもこっちで、今のところ丈夫なだけの剣である。一応、動かない相手ならぶっとい木を両断できるくらいの切れ味があった。ありすぎだろ。戦闘中に綺麗な太刀筋を作れるかはまた別の話。
これらの神器は両方とも、しずく曰く“和服の美人さん”にもらってきた物らしい。
話を聞いた分には、多分“ぶんどってきた”が正しいと思う。
「使えるの?」
「使う」
「戦えるの?」
「戦う」
「……」
しずくがジト目で見てくる。
「……会う度に逃げるより、倒せるようになった方が危険は少ないから」
「ふぅん」
とはいえ、師匠から習っているのは、直剣と包帯みたいな珍妙な武器の使い方のみ。
ある程度型を流用できるとはいえ、刀も双剣も扱うのは初めてである。俺も、いきなり実践となると不安がある。
そうだ、ガルナも元冒険者だったらしいし、暇そうなので丁度いい。
「ガルナに頼んで、練習でもするか」
「いいゾ」
二つ返事で快諾が返ってきた。今の所ガルナは家庭的な面しか見せていないが、強いのだろうか。気になったので聞いてみた。
「強いのか?」
「安心してかかってこい」
なんか強そう。
「それじゃあ明日。よろしく頼む」
*
試合の場所は、ガルナの家の正面が選ばれた。
「これでいいカ」
無骨な木の枝を拾ってくる。
「じゃあ頼む」
「手加減はいらないよナ」
「え?要るけど」
話聞いてた?俺の剣の練習に付き合ってって言ったよ?
「それじゃあ行くぞ」
「お、おー……」
その瞬間、ガルナの姿が急に膨張した。違う、距離を詰められたのだ、一瞬で。
「……っ!!」
咄嗟に抜いた片方の刀が、枝と体との隙間に入り込む。衝撃は刀を貫き俺の身体を吹き飛ばした。
「ほう、やるじゃねぇカ」
「ねぇ手加減どこ!?」
「野生の魔物に手加減頼んで聞いてくれんのカ?違うよナ」
「訓練で大ケガしちゃ意味ないんだけど!ていうかミミズより手強そうな感じあるんだけど!」
「久しぶりに楽しめそうダナ」
もしかして戦闘狂じゃないかこいつ!スティルさんの方に頼めばよかった!
「ちょっとは本気で行くか」
一応これで手加減してたのね!分かっても何の慰めにもならない!
と、再びガルナが距離を詰めてくる。
枝の先がぶれる。くっ、片手じゃ受け止めきれない、双剣の練習は今度だ。
片方の剣を両手で握り、慣れた直剣術を使って攻撃をいなしていく。
右に左と絶え間なく鈍い衝撃が襲う。速く、手数も多く、避けるのは困難だった。必死に刀を構え、身体に当たるだろう棒の軌道だけをずらす。
こんな使い方では、刀の練習にはなっていない。
刀は脆い武器であり、敵の攻撃を受け止めるには向かない。こんな、直剣みたいな使い方が出来ているのは、“絶対に壊れない”という神器だからこそだ。
刀は、叩き切るよりも薙ぎに向いた武器。出鱈目に振り回しても有効打は当てられない。
だからこそ、丁寧に振れる隙を探すが、中々見つからない。
ガルナはそんじょそこらのひよっ子ではない、れっきとした冒険者である。数多の魔物を打ち倒し、それだけの強さがあるのも当たり前で。
なにより、ガルナの剣は乱雑で掴みどころがない。俺が今まで見てきた剣が、どれだけ綺麗な型だったのかが分かる。
ガルナの剣は読めない。
くっ、このままでは。
そして、ガルナが大きく振りかぶった。避けられない、でかい一撃が来る!刀を腰に構え、居合切りの要領で振り抜いた。
振り抜いた刀は軽い。
すぐさま態勢を立て直し、ガルナはガルナで再び殴りかかろうとしていて、そして棒の先が無いことに気づき、二人して動きが止まる。
あれ、どこ行った?探すと、くるくると宙を飛ぶ枝の切れ端がある。それは放物線を描きながら飛んでいき、
「あっ」
「あっ」
「ごふっ」
呑気に昼寝を始めていた、しずくの頭に突き刺さった。