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旧版 何処までも続け  作者: 藍染クロム
第一節 その涙の理由は
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1節3項 魔石狩り その1

 まぶたを開くと、知らない天井がある。


 寝ぼけた頭で上体を起こし、周りを見渡す。ずり落ちた布団の隙間から冷気が這い寄る。布団を手繰り寄せ、ひざの上に乗せる。


 そうか、ガルナの家か。自分の家じゃない、認識を改める。知らない土地に居ると、こう、どうも心が浮つく。安全性も保障されていないとなれば尚更。


 しずくは、すぐそこで寝ていた。


 最近はずっと笑顔を浮かべていた彼女だが、今は何の感情も浮かんではいない、無垢の表情だ。

思わず手を伸ばしそうになって、止める。起こしてしまった時が面倒だ。


 家の裏口を開けると、眩いばかりの朝日が、目いっぱい差し込んだ。起き抜けには沁みる。

すぐそこに水が湧き出ている場所があり、顔を洗っていると、声がかかる。


「よう」


「おぅ……おはよう……」


 まだ少し呂律が回らない。


「よく眠れたカ?」


「おかげさまで」


「図太いやつダナ」


「襲われるなら昨日の時点で襲われてるだろうし」


「しずくは?」


「まだすやすや」


「そろそろ起こしてこい」


「あいよー」


 今日からお仕事である。



 *



 竜脈。この世界を面白可笑しく変容させている、力の流れ。

 温泉が蒸気となって噴き出すように、竜脈は世界の各地で噴き出し、大地に天変地異を引き起こす。 

 ある場所では絶えず火が荒れ狂い、ある場所では天も大地も氷に覆われ、ある場所では何もかもが巨大な森が生まれ、ある場所では大地が天に浮く。


 ガルナから教わった知識を、頭の中で復唱していた。


「フウ君待ってー」


 俺たちは、岩山に来ていた。何やらここで魔石が採れるらしい。いっぱいになるまで魔石を拾ってこいと、二人分の背籠を渡された。


「足元気を付けろよー!」


 竜脈の力は変異の力。作用する対象が近くに無ければ、その光の帯は空中でほどけ、火や雷などの、自身が持つ属性の現象を引き起こす。

 そしてもし作用する対象、つまりは生き物が近くにあったなら、その形を変異させる。


「あわわ」


「しずく?」


 竜脈による生き物の変異は、設計図ごと書き換えるようなものらしく、時間がたっても治らず、治す方法も存在しないという。

 変異の種類は予測不能だが、概ね他種族の一部と体が混ざるというものだ。羊頭の里長の、彼のように。


「あわわわわ」


「しずくー!」


 また、生物の中に溜まった竜脈の力を魔力と言うが、魔物はその異常な体の維持に、常に魔力を消費する。竜脈は、離れると濃度が薄くなり、やがて空中からの自然回復のみでは魔力を賄えなくなる。

 魔力が枯渇すれば生き物は衰弱する。

 よって、魔物は倒れないために、一生の多くを竜脈の近くで過ごす。過ごさなければならない。


「わーー!」


「しずくーっ!!」


 ここは、かつては人間だった魔物たちの隠れ里。

 人界にはぐれ、行き場を失った魔物たちが寄り添い暮らす、魔物たちの静かな理想郷。


 その筈である。


 *


「いいか?ここは岩山、表面の岩はごろごろ転がる。しかもここは斜面。つまりとても滑りやすい」

「みたいだねー」

 ずざぁー。

「滑って遊ぶな」


 濃い竜脈に身を投じた生き物は急速に変異が進む。

 多くは死に絶え、死なずとも理性を失ったものは魔獣と、命も理性も失わなかったものは魔物と呼ばれる。

 自然界に魔物が多く存在するのは、ゆっくりと、長い歳月をかけ竜脈の付近で変異していったからである。


「片方が落ちた時のために縄で繋いでいるとはいえ、お前が落ちても俺が止められるかどうかは怪しい。逆はもっと怪しい」

「一蓮托生」

「意味もなく縄を引っ張るな」


 竜脈が魔物を生み、魔物は竜脈に留まる。魔石を求める人間たちもまた、竜脈の近くに街をつくる。

 そうしてこの世界は、竜脈を中心に発展していった。竜脈が気候や地形を変えるため、一つの大陸、隣り合う街でさえ、多種多様な風土を持っている。


「つまり何が言いたいかというとな、気を抜けば滑り落ちて二人とも死ぬ」

「なるほど」

「服の裾を掴むな。掴まなくても一緒に落ちる」


 魔石というのは、竜脈の力が結晶化したものである。魔石に魔力を通したとき、魔石は自身が持つ属性の現象を放つ。


「さっきは登り始めだったから軽傷で済んだが、登るほど落ちる時間は長くなる。分かるな?」

「やったー」

「喜ぶところじゃない。分かってない」


 魔物は、吸い込んだ竜脈の力や食べた魔石を凝縮し、魔石として体の内外に溜めこむことがある。

 自身の魔力が少なくなったときは、この魔力の貯金を切り崩して補給する。

 実は、この魔石があれば、ある程度竜脈を離れることも可能である。


「ねぇねぇフウ君、綺麗な石があるよー。おっと危ねぇ」

 からころと石が転がっていく。あれは麓まで止まらないだろう。

「話聞いてた?危ないから気を付けろって言ったんだけど?」


 魔石には純度があり、それは色の濃淡として現れる。生物によって濃縮された魔物の魔石は、そこら辺に転がる原石の魔石よりも純度が高く、色が濃い。


「ちょうちょだ!」

「ちょうちょと命どっちが大事?」


 通常、原石が燃料に、魔物から採れる魔石が魔道具に使われる。当然、魔物の魔石の方が価値が高い。

 魔道具は多様に開発されている。電気が普及して電化が進んでいたように、この世界では魔法化が進んでいるのだ。


「ちょうちょー」

「ちょうちょじゃないよね?ってこら、縄が繋がってるって言ってんだろ!急に動いたら俺まで引っ張られるってしずく?おいしずく!」


 この世界で魔石は、大きな需要を持った重要な資源である。


「あわわわわ」

「しずくー!!」


 これら魔石を狩る人間たちを、“冒険者”と呼ぶ。



 *



 なんだかんだあったが、まぁ概して無事に頂上まで辿り着いた。ここは竜脈の噴出孔らしい。今は穴の縁に立っている。遥か崖下をのぞき込む。


 穴は、こびりついた多量の結晶により埋まっていた。その分厚い蓋を透かして見れば、紫色の光の流れが見える。あれがこの地の竜脈。


 うぅん、ここなら魔石をたくさん採れるかも、と思ったが。


「遠いな」


 魔石があるのは遥か下、そして色濃い竜脈の真上。降りて取りに行くには危険すぎる。


「あれが竜脈、だよね」


「あぁ」


「あれを使えば——」


 しずくは、魅入られたように紫色の光を見つめていた。


 竜脈は、生き物を魔物に変える。


 魔物が持つ魔力の器は人間のそれと比べ極めて大きく、魔法が使える人間なら、それは大きな強みになるだろう。

 生存率や魔物化のデメリットを考えれば、到底見合うものではない。


 彼女は何を見ているのだろうか。


 結晶の下、紫色の光の帯が靡き、蟠り、流れていく。竜脈は綺麗だ。けれど長く眺めていようとは思わない。

 あれは、蠱惑的なあの光は、一度触れてしまえば、この身を滅ぼすことを知っているから。


「妙な事を考えているのなら、やめておけ」


 彼女は、静かに振り向いた。


「……?」


「行くぞ」


「うん」


 彼女は去る間際、一瞬だけそれを振り返った。



 *



「フウ君、これはー?」

「違う」


 出発の際に渡された“空のお守り”。とある魔石の欠片を、紐でくくりつけた首飾りである。“(から)”という属性らしく、“竜脈の力を吸い込む”性質らしい。

 このお守りは、竜脈が身体に及ぼす影響を減らしてくれる。


「じゃあこれはー?」

「違う」

「……じゃあこれは?」

「違う」


 このお守りはまた、もし竜脈の濃い場所に落ちてしまったときに、いくらか軽減してくれる機能もある。

 冒険者がよく身に付けているものだ。使わなくなった分をと、二人分預けてくれた。


「やってられっかー!」

「落ち着け」


 預けられたお守り、その先に付いた魔石の欠片は、硬質で、そしてとても石とは思えないほど軽かった。

 彼女がさっきからぶん投げているそれはただの石英である。落ちて重い音を立てたことからも、魔石でないと分かる。


「おー?」

「どうした?」

「あっちがキラッてしたかも」

「行ってみるか」


 既に慣れた岩の斜面を慎重に降りていく。


 そこには小さな穴が開いていた。それから、その穴を塞いで、透明な結晶が生えていた。


「ねぇねぇ、これって!」


 一つを取ってみる。案外簡単に剥がすことができた。

 それは、無機物とは思えないほど軽く、さっきの石英のような濁りは全くない。よく見れば、ほんのり藤色に色づき、中には淡く虹のベールが浮かんでいる。

 ダメ押しに、空のお守りに押し付けると滲んで溶けた。魔石は魔力の塊であり、そして魔力を吸い込むお守りがその石を溶かしたということは。


「あぁ。魔石だな」


「じゃあ、ここら辺にあるの全部……?」


 彼女が周りを見渡す。無数の穴を埋める、煌めく結晶が光を返す。


「全部魔石だ」


「……へへ、えへへ」


 この分なら、二人分の籠を埋めるのも余裕だろう。しずくが笑いをこぼす。


「やったー!大量だー!ふははー!楽勝じゃないかー!」



 *



「わぁあぁあああー!」


 魔物が現れた。ミミズの魔物。太さは人間の胴体よりも太い。圧巻。きもい。

吸盤のような口器には、鋭い牙が真ん中を向いて生え揃っている。口だけ見ればヤツメウナギに似ている。

 あれに飲み込まれたら間違いなくミンチ。お前肉食じゃねぇだろそれで何食うんだお前。


 現れたミミズたちは、駆ける俺たちを追ってきた。


「気持ち悪い!気色悪い!近づくな!」


「言っても人語は通じないと思うぞ!」


 全力で逃げているが意外に素早く、結構走ったつもりだが、振り向けばわらわらと奴らが居る。


 と、零れた魔石に向かってミミズが食らいつく。後方に離れていくそいつは、バリボリと音を立てて魔石を咀嚼するのに夢中だ。


 なるほどなー、魔力供給手段の一つとして魔石を摂取するのか。魔石を集めたから釣られて魔物が集まってきたのか。

 だがこれは持って帰らなければいけないのであげられないので分かったところで何の解決にもならない!


「わぁあああ!フウ君何とかして!囮!囮になって!」


「縄で繋がってんだから俺が囮になったらお前も道連れだよ!」


「わぁああああああー!」





「たっちだうんー……」

「気分もだうんー……」


「あはは、二人とも随分お疲れのようですね」


 取れた魔石を届けに、スティルの屋敷に来た。籠いっぱいだった魔石は、しかし着いた頃には半分ほどに。

 まき散らした魔石が奴らの注意も散らしたのだと考えれば安い落とし物だった、だろうか。


「あなた方にあの魔物は、いささか早かったですかね」


「……先に聞いていたらもっとうまく立ち回れたかと思うんですが……」

「聞いてたら行ってない……」


 しずくはミミズがいたく気に入らなかったご様子。俺も嫌いになったね、今日ね。何が土を耕す益虫だ、人間耕そうとすんじゃねぇ。


「あなた達を見ていると、なんだか懐かしい気持ちになりますね」


 恐らくは温かい目で俺たちを見る。羊の目では感情は読めない。


「スティルさんも冒険者なんですか?」


「えぇ、と言っても最近はさっぱりですが。今あなた達が持っているその魔石も、元々は私たちが持っていたものなんですよ」


 なんと。


「もらって良かったんですか?」


 お守りと言うのなら、思い入れがあったりするのではないだろうか。


「いえ、それは予備として持っていた物でしたから。気兼ねなく使ってください」


 なるほど、ならば遠慮なくいただこう。質問を続ける。


「ガルナと一緒に旅をしていたんですか?」


「えぇ。私とガルナ、それからあと三人。二人は魔物になった時に行方が消え……。もう一人も、最初はこの里に居たのですが、何も言わずにどこかに……。彼は元気にしているでしょうか……」


「それは……」


「あぁ、こんな暗い話は聞きたくないでしょう、他の話にしましょうか、他の、彼らとの冒険の……」


 そう言って、彼は言葉を切る。辛うじて読み取れる彼の表情は、悲しげで、辛そうだった。


「思い出すのが辛いなら、無理に話していただかなくても」


 それを聞いた彼は、少しの間瞑目していた。


「えぇ……そうですね。思い返すことには慣れていても、人に話すとなると……まだ整理が付いていないのかもしれません。すみません、話し始めたのは私なのに……」


「いえ。機会があれば、また」


 彼は、優しい微笑みを浮かべて言った。


「……二人とも、頑張ってくださいね。くれぐれも無理だけはしないように」


 最後に、こう続ける。


「命あっての物種ですから」



 *



「どうだっタ?」


「魔物に襲われた」

「そうカ」

 そうかじゃない。


「聞いてなかったんだが」

「そう……あ」

 あでもない。


「あのミミズは、人間を食べないからいいかと思って」

「魔石を集めて帰ってくるから襲われるんだが」

「そういえばそうだナ」

 おい。


「あそこで出る魔物はそれだけか?」


「あぁ。あの狩場で注意が必要だとすれば、巨大ミミズだけダナ」


「なんで!なんでミミズ!ミミズはいや!」


 しずくが声を上げる。


「何でと言われてもナ」


「特産だよ特産」


「ミミズが特産!滅びろ!」


「何てこと言うんだ」


「まぁ、なんダ。明日も頑張れ」


 しずくはまだ飲み込めていない。


「ガルナは、俺たちがいない間何してるんだ?」


「魔石狩りをしてたナ」


 “してた”って、


「これお前の仕事かよ」


 いや、別にいいけど。


「あとは、遺跡の調査をしたりとか」


 遺跡……水浴びをした場所か。夜だったからあまり見えなかったが。


「遺跡には何があるんだ?」


「さぁ?」


「何か分かったの?」


「遺跡に居た人間は滅んダらしい」


「滅んでなかったら遺跡じゃねぇだろ」


「あの遺跡を作ったのは、人間か、それ以外だ」


「何も分かってねぇじゃねぇか」


 暇つぶしに遺跡を見ているだけかな。


「そっちがいいなー……」


 しずくがぼやく。


「……ダメだ。オマエらには仕事があるダロ」


 駄目かー。そっちが安全なら、しずくをそっちにやりたかったのだが。


「そういえば」


 気がかりだったことを聞いてみる。


「あっちの扉は何なんだ?なんか、妙な臭いがしたんだが」


 この家の一階にあった妙な扉。


「……仕事場だ」


「へぇー。入ってみていい?」


「ダメだ。色々散らかってるし……荒らされたら困る」


 食い気味に返事が返る。


「ダメが多いなー」


「こら、こっちは居候なんだから、あんまり文句言うんじゃない」


 異形には近づくな、スティルとは仲良くなるな、遺跡には入るな、仕事部屋は見るな、だったか。数えてみれば確かに多いか。


「そういえば、この調子だとどれくらい働けばいいんだ?出来れば旅の資金まで稼ぎたいんだけど」


「そうダナ。毎日あの量だとすれば……まぁ二週間くらいダナ」


 二週間。長いような短いような。厳しくはない。無一文からそこまで行けるなら上々。


「さぁ、そろそろ晩飯にするカ」



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