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旧版 何処までも続け  作者: 藍染クロム
第一節 その涙の理由は
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1節2項 魔物の隠れ里 その2

「おぉー!」


 今日の献立。白く濁った液体に、野菜やら肉やらの塊が浮いた料理。つまりはシチューだ。

普通に旨そう。見た目も匂いも食欲をそそる。空腹で、これを前に我慢するのは辛いな。


「死体のミルク煮だ」


「死体って言うな。肉だろ。……何の肉?」


「けもの」


 獣の何の肉だよ。そして獣以外に何の肉がある。


「はやくー」


 しずくが急かす。ガルナが席に着き、手を合わせた。


「「「いただきます」」」


 恐る恐る一口掬い、目の前に掲げる。食べるのを躊躇っているうちに、隣のしずくは無警戒にパクパク頬張っている。おいしそうだ。

 もう毒見とか意味ないな。俺も口に入れた。


 甘く、塩気の利いたスープが舌の上に広がる。ごろごろとした野菜が、肉が、噛みしめると溜めこんでいた旨味の汁を吐き出す。それらが混じり合って、交互に主張して。


「おいしい……」


「体は平気カ?」

「……え?」

「効くのが遅いナ」

「待って待って」

「冗談ダ」

 ガルナが笑う。冗談とか言うのか、この人。


 しずくはというと、次々にシチューを掬い、口に入れている。表情が蕩けている。


「おいしー!」


「そいつは何よりダ」


 動かす匙が止まらない、すぐに皿は空っぽになった。これはご馳走だ。


「はー」


「食べた食べたー」


 机に二人してぐでーと伏せる。おいかったー。幸せー。


「明日の晩餐はお前らダナ」


「もうちょっと太らせてからの方がいいと思うな」


「それもそうダナ。まぁ気が向いたときに食べるか」


 あっはっはっは。……冗談だよね?


「それで?ホントは何しにここに来たんダ?」


「んー、実はなー……あ」


 俺ら二人の身体がぎくりと止まる。 


 しまった。油断した。おいしい食事を食べ終え、すっかり気が緩んでいた。今の反応では誤魔化しきれないだろう。


 何よりガルナが冷たくこちらを眺めている。


「実は?」


「いや、まぁ、迷ってたのも文無し道具無しなのも嘘じゃないんだが……」


 むしろそこは嘘であってほしかった。


「あぁ。それで?」


「実はな」


 背を伸ばし、気を張りなおす。


「少女の行方がこの里で消えたと聞いた。俺たちは頼まれて、その少女を探しに来たんだ」


「少女……」


「何か知ってるか?」


 ガルナは、しばしの間何かを考えているようだった。

 やがて帰ってきた答えは、


「知らんナ」


「……随分返答が遅かったな」


「心当たりが無いか考えていた。うちには、少女かどうか分からないようなのも沢山居る」


 多分彼らは違う。


「いたって普通の少女だ。白い服を着た女の子」


「白い……あぁ、知らない」


「本当にか?」


「あぁ」


 彼は話を打ち切るように言い切る。


「……人探しだか何だか知らないが、あまり勝手に動き回るなよ。じゃないと、……あいつらが何するか分からないからナ」


 あいつら……異形たちの事か。まぁ、ここは頷くしかない。


「分かった。後で何か気づいたら教えてくれ」


「あぁ」


「話終わったー?お風呂あるー?」


 静かに聞いていたしずくが声を上げる。


「風呂……?人気のない水場なら、遺跡の中にあるガ」


「遺跡……?」


「家の前の道を、もう少し進んだところに見える」


「行ってきます!」


「待て、俺も行く」


「えー……」


「えーじゃない。危ないだろ。別に、覗きに行くわけじゃない」


「んー、まぁ、不安かなー……」


 彼女は目を細めて言う。それはそうだ、見知らぬ土地の暗闇の中、一人を怖がらない方がおかしい。


「フウ君が」


「俺かよ。覗かないつってんだろ」


 俺以外に対しての危機感をもっと持て。


「寄り道はするナ。……魔物が出るからナ」


「魔物……お前たちも魔物じゃないのか?」


「……人間の魔物じゃない、獣の魔物だ」


「だとさ。しずく、分かったか?」


「しゃあないなー」



 *



 青白い月光が夜を照らす。辺りは限りなく静かだ。

 目は暗闇に覆われ、手を掲げてもそれすら見えない。

 それはそうだ。目隠しを巻いている。


 四方を石壁で囲われた遺跡の部屋の一つ、ここは風の音すら聞こえず、滔々と流れる水飛沫、彼女が散らす水の音だけが静かに響く。視覚を遮られているせいか、聴覚が鋭敏になる。


「フウ君ー?見えてないよねー」


「見えてない見えてない。っていうか、反対側向いてんだけど」


 ご丁寧にタオルを巻いたうえ(固結び)、壁を向いて座らされている。振り向いただけで有罪だそうだ。理不尽な。


 今は夜半、疲労に足は腫れ、そしてお腹も膨れ、際限なく睡魔が膨らむ。気を抜けばそのまま寝てしまいそうで……。

 会話、なにか、かい……わ……。


 と、ぴちゃぴちゃと濡れた足音が近づいてくるのに気づいた。


「んー……。終わったー?」


「ううん。まだ全裸」


「何で来てるのこっちに!?」


 目が覚めた。


「振り向いたらその目を潰す。人差し指と親指を眼窩に滑り込ませ卵の黄身を割るようにその目玉を潰す。二度と光は入ってこない」


「具体的に言うな」


 悪役かよ。超怖いんだけど。


 足音はすぐ真後ろまで来た。


 濡れた手が頬に触れた。


「え、えと……?」


「動かないで」


 彼女の両手がそのまま俺の顔を固定する。彼女は上からのぞき込んでいるのか、ぽたぽたと頭に水が垂れてくる。彼女の髪が肌に張り付く。付着した水滴が、俺の体の落ち、皮膚を伝い、服の中に流れ落ちていく。


「んー……」


 彼女の冷たい指が俺の肌を滑り、頬をぐにぐにしたり、首筋に触れたり。


「あの……?しずく、さん……?」


「緊張しているようですねー」


「な、なにしてるの?」

「こうした方が早いと思って」

「何が?」

「聞くより」

「何を?」

「今なら無抵抗だし」

「何で?」

「んー、やっぱり」

 彼女は独り言ちる。


「何が分かったの?」


「大分お疲れみたいですねぇ」


 5W1Hが欠片も返ってこない。


「そりゃ、今日は一日中歩いたしな」


「……ほら、やっぱり」


 彼女の声は、すこし呆れたようだった。


「……?」


「何でもなーい」


 足音が離れ、やがて弾ける水音が再開する。


「しばらくは私がちゃんとしないとねぇ」

「お前がちゃんとする?何言ってんだ?」

「どういう意味だこら」


 で、何だったんだ今の。まぁ、彼女が俺の意図しない動きをするのは珍しい事じゃないけど。


 ……彼女が、今一緒に居るのだって、その一つで。


「なぁ」


「……なに?」


「何で付いて来たんだ?」


 本当は一人で来る予定だった。一人で来て、一人でやって、何もかも終わらせるつもりだった。いつの間にか、当然のように隣にいるこの少女を見た時は、本当にびっくりした。


 何で付いて来れたのかも本当に不思議だが、そこはどうでもいい。いや良くない。


「さー?」


「師匠から何か言われたか?」


「んー、そんな感じ」


 俺は何も聞いていない。


「ねぇフウ君」


「なんだ?」


「私が居て良かった?」


 何気なく聞いたつもりだろう、声は素っ気さを装っている。けれど声の反響で、こちらをじっと見つめているのが分かる。体の動きも止まっている。


「……急になんだ」


「ちょっと気になってね」


「まぁ……」


 んー………………。


 なんだろう、こういう時は気持ちは素直に伝えろと、師匠に何度も言われたせいで、誤魔化すという選択肢が選べない。


「……一人で居るよりかは、まぁ、良かった……かな」


 絞り出すように何とかそう答えた。


「そっか」


「……」


「うん。じゃあ良かった」


「そうか」


「うん」


 体を拭き終わったようだ。服を着ているのか、さらさらと衣擦れの音がする。


「ふぅ、すっきりしたー」


「もう外していいか?」


 これのせいで、熱がこもってさっきから頭が熱い。


「あ、タオル一つしかないじゃん」


「え?」


「フウ君が体を拭くタオル無いな……まぁフウ君は水浸しでいっか」


「良くねぇだろ。そのタオル寄越せ。いや待て俺の頭にタオル巻いてるじゃん」


 メガネメガネ状態だよ。


「あぁ、ホントだ。やったね」


「やったねじゃねぇ」



 *



 ガルナの家。とある扉の前を通り過ぎた時に。


 鉄錆の匂いと、何かが腐ったような匂いと、死んだ空気の匂いが混じり合った、とにかく、胸を掻きたてるような、不快な臭いがした。



 *



「お前の迎えが来た」


 部屋の隅は天井が崩れ落ち、月光が差し込み、遺跡の暗闇を和らげる。その光は、全て目の前のそれに吸い込まれているようだ。そう錯覚させるほど暗闇に浮いた白が、この部屋の中央に在った。


「なぁ」


 それは少女に見える。

 絡まって自立する真っ白な百足、琺瑯質のその揺りかごに、抱かれるように丸まり、少女は目を閉じていた。綿毛のような、全身を覆い尽くす純白が、触れた途端壊れてしまうんじゃないかと、手を伸ばす事さえ躊躇させる。


 少女が目を開けているのを見た事はない。少女はずっと、見つけてから長い間ずっと、ここでただ眠り続けている。


「お前は、なぜ泣いてる」


 閉じた目蓋から、絶えず涙を流しながら。




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