1節追録1項 幻想地形 その1
これは、里を出る少し前のお話。
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「見せたいものがある」
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「らしいんですけど、何か知ってます?」
ガルナに言われたセリフをそのままスティルに聞いてみた。
「まぁ、察しは付きますかね」
「教えてもらえませんか?」
「ガルナに聞けばよいのでは?」
「それが、着くまで教えてくれないみたいで。でも、流石に何もない状態で誘いに乗るのはちょっと怖くて。まぁ行くんですけど」
まだ呪鬼がいた、なんて話じゃないことを切に願う。
「教えてもいいですけど、それは……」
「それは?」
「見てのお楽しみでしょう」
そう言うと、スティルは穏やかにほほ笑んだ。
「危険は……あるでしょうが」
「あるんですか?」
「ガルナが居るなら大丈夫ですよ」
「そう、ですか」
スティルは無責任に太鼓判を押した。
「スティルさんは見たことあるんですか?」
「はい。一度、ガルナに連れられて。行くのは少し大変でしたけど、とっても綺麗でした。あの光景は私の宝物の一つです。恐らく、あの子にとっても」
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「らしいんですけど、何か知りませんか?」
「アレダロウナ」
彼にも、心当たりがあるらしい。
「おにーちゃんたちどこ行くのー?」
「さぁー?」
「ぼうけんー?マユも行きたーい!」
「ダメダ。アブナイ」
「危ないんですか?」
「オマエラナラ、ダイジョウブダ」
「じゃあマユも行くー!」
「ダメダ。サイアクシヌ」
ちょっと?
「最悪死ぬんですか?」
「オマエラナラ、ダイジョウブダ。タイシタ、キケンハナイ」
「じゃあマユも行くー!」
「ゼッタイニダメ」
どっちだよ。
「デキレバ、イッテヤッテクレ。アイツナリニ、レイガシタイノダロウ。ナニ、ワルイヨウニハナランサ」
俺たちが去った後も、相変わらず、その親子は仲良く言い合っていた。
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しずくが、彼らの一体に駆け寄る。
「何か知ってるー?」
小首をかしげる。かわいい。
当然返事はない。
*
「じゃあ、そろそろ行くゾ」
ガルナの家。いつもの魔石狩りの装備を整え終わった。とりあえずの行き先は狩場らしい。
しかし今日は三人パーティー。加わるガルナの実力は折り紙付き。なんなら太鼓判も押してある。 こりゃ安心感が違うね。
「あいつらは連れて行かないのか?」
「あいつらって」
「手下の死体」
ガルナは“黄鬼”。死体に血を流し込み、操ることが出来る。里の彼らは全て、ガルナの手下だ。
「盾には使えるが、基本自分で殴った方が早いからナ」
「なるほど」
人型禍津鬼は、身体能力も優秀である。
「昔から、バレないようにって自分で戦っていたし」
ガルナは、冒険者仲間には自分の正体を隠していたと聞く。
「二人には、言ったのか?」
「……あぁ。やっとナ」
「どうだった?」
「どうも無かっタ。拍子抜けダ」
ガルナは、この世界に降りてきてすぐ、スティルのパーティーと出会ったらしい。
面倒を避けたいガルナは、咄嗟に自分の正体を誤魔化した。黄鬼の体の特徴は、魔物のものということにして、彼らと冒険を続け、そして事故が起きた。
後は知っての通り、生き残った三人がこの里を興した。里にはびこる異形たちは、ガルナがスティルの寂しさを紛らわせようと自分の能力で作り、“迷い込んできた魔物”と称して徐々に増やしていったものだった。
「そもそもスティルは、オイラの能力の事は大分前から気づいていたらしかっタ。そして、あいつは言ったんだ。“ずっと言えなかったけれど、私の為にありがとう”って」
「そっか」
禍津鬼は、一昔前までなら“人を襲う化け物”という印象が強かった。最近は友好的な禍津鬼の活躍によって、イメージはかなり緩和されている。
「じゃあノコンさんも?」
「あいつが気づいてるわけ無いダロ」
あの人そういう扱いなんだ。
「まぁ、あいつも、打ち明けた前と後で、まるで態度が変わらなかっタ」
彼らの築き上げた絆は、それくらいの嘘じゃ揺るがなかったのだろう。
「良かったな」
「あぁ」
*
「いってらっしゃーい!」
里を出ようとすると、マユとノコンが見送りに来た。無邪気に手をぶんぶんと振っている。ノコンの説得はうまくいったらしい。
「おみやげよろしくねー!」
「任せなー!」
しずくが元気よく返す。
滞りなく里を発った。いつもの岩山へと。
「ガルナ達はさー、どんな冒険してたの?」
「いろいろ、だナ」
ガルナは続ける。
「冒険者は、竜脈の魔石を狩って、それで稼いで旅をする。竜脈は色んな場所にある。山にも海にも川にも、草原にも湿原にも森林にも岩山にも、砂漠にも氷海にもそれはある」
ガルナは、一つ一つあげていった。きっと、それぞれに思い出があるのだろう。
「竜脈の近くに街があって。色んな街に留まって、色んな所で魔石を狩って、色んな道を進んでいっタ。あいつらと一緒にナ」
懐かしそうな声音で語る。あいつらとは、スティルとノコン、そして居なくなった二人。
……ん?ということは、結構長い間一緒に居るのか?
「……ガルナって年幾つなんだ?」
「さぁナ。少なくともお前らよりは上ダ。もしかしたら、あいつらよりもナ」
「……へー」
小柄な体から、勝手に年下だろうと思っていた。子持ちのノコンさんより上か。マジかー。
「ガルナさん」
「敬称やめろ」
ガルナに先導され、岩山を登っていく。
「着いたゾ」
「着いたって……」
周りには何もない、ただの斜面……。
ざざざと、ガルナが少し滑り降りる。そしてその姿が隠れる。
なるほど。続いて降りると、出っ張りに隠れて穴があった。
ガルナがその穴に入っていく。
「この先に、何があるんだ?」
ガルナは振り返る。
「幻想地形、土地神ロキ。竜脈が地に溢れ、変質した世界。その一端サ」
そう言って、ガルナは再び歩きだす。
その洞窟は、手を伸ばせば天井に届く程度の狭い穴だった。足元には、透明な魔石がごろごろ転がっている。
奥に進むにつれ、表面に析出した魔石が多くなっていく。ところどころにつららのように垂れ下がった、または棘のように地面から生えた魔石があり、避けて進んでいく。
「なぁ、魔石ってどんな種類があるんだ?」
ガルナが持つ灯は、それも魔道具らしい。魔力の流し方にムラがあるのか、心臓が脈打つように灯が明滅する。
「例えば、このカンテラの“光”の魔石。魔力を流せば光る。まんまダナ」
脈打つ灯を結晶が散乱し、まるで洞窟全体が鼓動を打っているような感覚に陥る。さながら魔物の体内だ。奥へ奥へと進んでいく。
「あと、オマエらにあげた“竜のお守り”の属性は“空”。魔力を吸い込む性質がある。ここの魔石は“大地の力”、遠くのものを引っ張る力ダナ」
“空”の魔石に“大地”の魔石。
「他にも、熱を発するもの、水を生み出すもの、風を起こすもの、小さな雷をつくるもの、冷たくなるもの。爆発させたり、物を溶かしたり、成長を早める、みたいなものまである。竜脈にはその地それぞれに魔石があって、それだけ種類があるんダ」
すでに、周囲の洞窟の表面全てを、薄く、魔石が覆い始めていた。
「さっき言ってた、“幻想地形”ってのは何だ?」
「竜脈の力は無機物にも作用する。竜脈によって地形が変質し、不可解な現象の力があちこちで噴き出す場所。それが幻想地形」
「それが、お前の言っていた“見せたいもの”ってやつか?」
「それだけじゃないサ。竜脈が濃い場所ほど、魔力に飢えた魔物、つまり変異が進んだ魔物が居る。そしてそこに、”ゲニウス・ロキ“が居る」
「ゲニウスロキ?」
「その地の頂点。その竜脈、そこの魔物たちの、食物連鎖の覇者。オイラ達からすれば、土地神みたいなものダナ。温厚なやつがほとんどだし、生態系にも重要な役割を持ってる。手を出すんじゃねーぞ?もっとも、手を出したところで、一蹴されるだろうがナ」
幻想地形。ゲニウス・ロキ。一体どんなものなのか。
入り口の光の気配もすっかりなくなった頃。唐突にそれは現れた。
キラキラと輝く結晶が何やら蠢いている。違う、ミミズの魔物か。魔石を纏っているんだ。しずくが小さく悲鳴を漏らす。
その太さは人の腕程度と、地上で戦っていたものよりかなり小さい。が、なんだろう、地上で見たよりもヤバい気がする。速さも、力も、魔力も、何もかも上回っているような——。
「出始めたカ」
「あっ」
ゴキュッ。
ガルナがそれを掴み、結晶ごとその頭を握りつぶした。力なくしおれる体。
「あまり離れるなヨ。体に風穴開けたくなかったらナ」
「そんなにやばいのか、こいつら」
「よそだと“二つ名持ち”ってところダナ。外のミミズの、上位個体だ」
「うへぇ……」
すかさず、しずくがガルナへとくっつくように移動する。同性の距離感と言う奴か。
「……近い」
「いやーガルナさん素敵だなー」
「鬱陶しい」
魔物は、度々現れてはガルナに瞬殺される。
と、ガルナが振り向き、
「……おい、何持って来てる」
ずんだ餅のように高純度の魔石がこびりついたそれを片端から拾っていると、ガルナに見つかった。
「要るかなと思って」
「置いてけ」
「……しゃあない」
一番小さなものを一つ下に置いた。
「全部だ全部」
「えー……」
楽して稼げると思ったのに。
洞窟を埋め尽くす結晶はどんどん大きく、濃くなっていく。
さらに奥へと進んでいく。