1節13項 その涙の理由は その2
しんみりと、掘った穴を見下ろす。真っ白に覆われたその体を、穴の下へと、ゆっくりと降ろした。
「何をしてる?」
「……あ、ガルナ」
手は止めないまま、彼に土をかけていく。
「お墓を作ってるの」
「……」
「人形なのは聞いたよ。それでも何となく、ね。無駄かもしれないけど」
シズクと名付けられた人形は、私の盾となって身を投げ出した。呪いを受け止め切れはしなかったものも、一部を肩代わりしていたらしい。
再び見た時は、真っ白に覆われて、動かなくなっていた。
シズクと呼ばれた異形は、また、私たちがこの里に居る間中、私たちに危険が及ばないか、ずっと私たちを見守っていた子でもあった。
「よし、できた」
きっとこれは自己満足だ。
あとは、上に石を積み立てて、終わり。
「あいつらはナ」
ガルナが口を開く。
「部品は何でもいいんダ。それが肉の一部なら、なんでも、好きなようにくっつけられる」
「はぁ」
そんな情報聞きたくないんだが?
「でもナ、人形を作るには一つ条件がある」
「条件?」
「絶対に必要な部品があるのサ」
ガルナが横から入り、一番重い石を持ち上げ、動かしてくれた。
「脳ダ。あいつらは、脳が無いと動かない」
作るのを手伝ってくれるようだった。
「あいつらは、命令が無いと動かない人形だが、ある程度、脳によって個体差が出る。オイラも、あいつらが命も意思のない人形たちだと知ってる」
石は綺麗に積み上がって、それでお墓は完成。
「無駄じゃないサ。そいつはオイラの手下の一人だったんダ。オイラにも、拝ませてくれ」
「……うん」
お墓の前で、ただ彼の死を悼んだ。
*
「本当に、すみません……!」
大柄で羊顔の彼に縮こまられると、それはそれで怖い。
目を覚ましたスティルは、フウ君の言っていた通り、何も気づいていなかった。想像するだけで悪寒が走るが、呪鬼が彼を操っていた間の記憶は無く、不都合な時も体を乗っ取っていたのだろう。
ある意味一番幸せな人である。何も知らないままに事件は解決されたのだから。
「いえいえー、あなたに謝られても困りますし」
「本当に、何とお礼を言っていいか……!」
「助けられたのはお互い様ですよー」
面倒ごとに自分から首を突っ込みに来たのは私たちである。私たちは彼らに無条件に助けてもらって、私たちは彼らを助ける事に手を貸した。
「見せかけばかりの隠れ里ですが、里の代表として、心からお礼を申し上げます」
彼は、深く、深く、頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
*
「おはよう寝坊助さん」
「……何日寝てた?」
起き抜けに、開口一番に彼は聞く。
「丸三日」
風邪で寝込んだ直後に呪鬼退治、呪いで体力を消耗し、その上呪文発動の代償もあった。寝込むのも無理はない。元々彼はそこまで丈夫ではないのもある。
「俺の体が治ってる……ということはしずく、呪文は使えたのか」
「ふふん、まぁねー」
いやぁギリギリだったけど。
「マユちゃんとノコンさん……“蚕の呪い”と“百足の呪い”は、もう治してきたよ」
「そうか」
「フウ君と違って、呪文を使っても私は一発で倒れたりしなかったぜ」
「……俺はあんまり適正無いしな」
たとえ適正が在っても、彼が言うには彼には三回の使用制限もある。
危ない、彼が本を自由に使えていたら、ようやく手に入れた私のアイデンティティを奪われるところだった。
「フウ君」
守り通した日常に、笑みが浮かんでくる。
「おはよ」
「……あぁ、おはよう」
彼はふいと顔を逸らす。頬をほんのり朱色に染めていた。
*
「やだぁー!」
「マユ、キキナサイ……」
「やぁだぁー!」
マユとノコンの親子が、今日も仲良く言い合いをしている。拙く言葉を紡いでいる狼、ノコンの方が、やや劣勢のようである。
お前、百足から戻っても狼なのかよ。ノコンはスティルよりも竜脈の侵食が深く、人の輪郭を全く残さず狼へと変異したらしい。
見た目は喋る犬っころ。中途半端に混ざっていない分、受ける恐怖は薄い。
「オマエタチハ、カレラトイッショニカエルンダ」
「やぁー!お父さんといっしょにいるのー!」
「マユ、ココハアブナインダ。ソフボノトコロヘ、カエリナサイ」
この里の住民であるスティルとガルナが、ここが危ない場所と言われ微妙な顔をする。
一応補足しておくと、里の中に大した危険はない。しかし竜脈の真隣である。子どもの安全を第一に考えるなら、まぁここには置いておくべきではないだろう。
「やだー!」
「ソレニ、ココニハナニモナイ」
里の住民二人が微妙な顔で彼らを眺める。確かに、この里には竜脈とミミズ以外何もない。
「やだー!」
「コンナトコロジャ、リッパニソダテナイ」
里の住民たちが微妙な顔をする。
「やだー!」
「コンナ、サビレタバショニ、イルモンジャナイ」
里の住民以下略。ノコンが放った言葉がことごとく傍らの二人に突き刺さる。
「フウ君」
しずくがくいくいと袖を引っ張る。どうにかしろということらしい。
「えー……?」
面倒だなー。仕方ない、彼らに近づき、マユに目線を合わせる。
「マユちゃん」
「ん?なにー?お兄さん」
「マユちゃんにとって、一番大事なことは何?」
「お父さんと一緒に居る事!」
「らしいですよ、お父さん」
ノコンが、嬉しいような、困ったような、複雑な表情をする。狼のくせに分かりやすい人だ。
しずくの方へと戻ってくる。
「それだけー?」
「俺が止めなくたって、そのうち勝手に収まるだろ」
ぶつかって、余計な所はそぎ落とされて、でも大事な所だけは残るのだ。お互いに残った大事なモノが噛み合うのなら、それから残りを埋めていけばいい。
マユの思いは父親と一緒にいることで、ノコンの思いは娘の身が心配なこと。決して両立できない類のものではないだろう。
「私は、今止めてほしかったんだけどなぁ」
「別にいいだろ、あれくらい。ほっとけ」
夫婦喧嘩は犬も食わないというが、親子喧嘩はどうだろう。そもそも片側が犬っころである。きっとおいしくないのだろうな。
「ま、なるようになるさ」
*
「さよならー!」
「お気をつけて!」
「タッシャデナ」
「元気でナ」
口々に別れの言葉を言う。物言わぬ彼らも、後ろでたどたどしく手を振ってくれていた。
「じゃあねー!」
「じゃあな」
数週間とどまった里を後にして、歩き出した。
——そこは魔物の隠れ里。人寄せ付けぬ魔物たちの隠れ里。
竜の祝福を受け、生き残ることが出来た幸運な人間たちが、平穏で幸せな日々を送っているという。
もしあなたが人の姿を失ったときは、そこへ向かうといい。きっと彼らはあなたを歓迎するだろう。
そんな噂が、巷でまことしやかに流れている——
来た道をそのままに戻っていく。前に通ったのはほんの数週間前の事なのだが、酷く懐かしい。
「いい所だったねー」
「そうだな」
「結局、マユちゃんは残ったね」
「まぁ、あの調子じゃあな」
押しに弱いノコンと絶対に譲らないマユちゃんである。どうなるかは最初から見えていた。
「どうするんだろうねー」
「さぁな」
“ちゃんとしたところで子供を育てたい”というノコンの主張は、十分に理解できる。あの里には何も無いのだ。
と、驚くべきことに、向こうから、つまり里とは反対の方向から、歩く人影が見えた。どんどん近づいてくる。
「しずく、一応警戒を」
「大丈夫じゃない?」
その姿は、人のそれではなかった。
「もしもし、そこの方」
「……はい、なんでしょう」
「あぁいえ、怪しいものじゃありません。ただ道を聞きたかったのですが」
二人組。片方は蛇頭、片方は、これは兎……か?
それぞれが、体の一部を侵食された、魔物であった。
「はい、なんでしょう」
「この先に、魔物たちが隠れ住むという里があると聞いたのですが、本当ですか?」
しずくと顔を見合わせる。
「えぇ、はい。確かにありました」
「それは良かった!」
ついでに補足する。
「とっても良い所でしたよ。最初はまぁ、ちょっと驚くと思いますけど」
彼らは手放しに喜んでいる。
「えっと、あなたたちはなぜ隠れ里に?」
ほとんど人の行き来の無い里だったはずなのだが。
「実は、私たちの仲間がそこに居るらしいと聞いてですね」
「そう……なんですか」
居なくなったというガルナの仲間は、あと二人。そして彼らは魔物の二人組。
……まさかね。
「あなたの会いたい人に会えるといいですね」
「はい!では、ありがとうございました!」
「はい、お気をつけて!」
彼らは里の方へと歩いていく。
「ねぇフウ君」
「どうした?」
「いいこと思いついたんだけどさ」
「へぇ?」
「あの里に人が増えて、里の振興がうまくいったらさ、マユちゃんの問題も無くなるんじゃないかな」
「かもな」
まぁ地理は最低だけど。その案は、もしかしたら、難しい話じゃないかもしれない。
「特産品もあるしな」
「ミミズはいらない」
「違うわ。魔石だ魔石」
属性はその地ごとに異なるというし、独自性はあるだろう。“重力”自体、有用な魔法でもあった。“重力”の魔石は、きっと里の特産になれる。
「じゃあさ、里の噂を広めたらさ」
「あぁ」
「行き場のなかった人たちが集まって、あの里もさ」
「あぁ。大きくなるかもな」
「じゃあ、この世界を回るついでに、あの里の噂を広めて回るのも?」
「いいかもしれないな」
俺らが掛ける手間は大したことじゃないし。彼らは寂しいと言っていたし、勝手にやっても迷惑にはならんだろう。
気がかりが一つ減って、彼女はご機嫌な様子である。
「……あ、そういえばこの後、マユちゃんのお母さんに報告だったっけ?」
「あぁ」
マユの母親こそ、俺たちを魔物の隠れ里へといざなった元凶である。少女を探してきてくれと頼まれたのも、その母親。
と、丁字路に着いた。分岐路の真ん中で立ち尽くす。
「……」
「どうしたの?フウ君」
「……こんな丁字路、来るときに見たか?」
「え?……見てないんじゃない、かな」
俺たちは、里へと向かった道を戻ってきたはずだ。その母親が住む一軒家から隠れ里までは一本道で、だから迷うはずもなく隠れ里にたどり着いて、帰り道だって、迷いなくその一軒家を見つけるはずで。
「なぁ、見逃してはない、よな?俺たちが、初日に泊まった、あの家は?」
「……うん。見てない。あんな大きいもの、見逃すわけないし……」
「じゃあ、これはどういう……?」
この不可解な状況に、今まで引っかかっていた小さな違和感が、次々に浮きだす。
ノコンは、マユに向かって“祖父母の家に帰れ”と言っていなかったか?どうして母親の家じゃない?
なぜ森の一本道の途中なんかに母親の家だけがポツンとあった?母親は、里の場所を知りながらどうして自分で探しに行かなかった?
スティルは“周囲に人里は無い”と確かに言っていた、子どもの筈のマユは、どうやって隠れ里まで辿り着いた?
“里への道はろくに整備されてない”と言っていたのに、俺たちが今あるいて来た道は何だ?
目が眩んだ。押し寄せる疑問の答えを求めるかのように、振り返った。そして。
背後に伸びていたはずの道は消えていた。
——その噂には続きがある。
そこははぐれた魔物たちがための隠れ里。用のない人間には、決して見つけられないという。