表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧版 何処までも続け  作者: 藍染クロム
第一節 その涙の理由は
12/18

1節11項 里の異変 その5

 名前の勘違いを利用した“呪い返し”は作戦通りに行き、スティルから呪鬼を引きはがすことには成功した……のだが。


「フウ君!」


「出てくるなっ!」


 奴の体を蝕む白の呪いは、同時に俺の体をも覆っていた。


 しずくが、俺の制止も聞かず駆け寄ってくる。


「フウ君っ!!早く治して!ほら、本!」


「まだだ!呪鬼を倒すまで待て!」


「そんな……っ!」


 ガルナが、離れる俺と入れ替わるように、呪鬼へと向かっていった。その手には、俺の刀のもう片方を持っている。

 すぐさまガルナの猛攻が奴を襲い、一撃で仕留める事こそなかったものの、その身体を急速に散らしていく。


 ガルナ、流石は人型の禍津鬼というべきか、素の身体能力で圧倒できている。


 こうして見ている間にも、身体の色が失われていく。奴の、そして俺の持つ色が。穢れた白は、どんどん広がっていく。


「ガルナっ!早く!」


「おらぁあああああっ!!!」


 ガルナの剣が、ついに呪鬼の中心を捉えた。穢れたぼろ切れが真っ二つに裂けた。


 炎が消える直前に燃え上がるように、最後に白い霧が噴き出す。

 これは倒した……いや、違う!


「なっ!?クソがっ!!」

 それは呪いの発動の前兆。ガルナも気づき、残りの布切れをも細切れにしようと剣を振り回す。

白い霧に舞うはらはらと舞う灰の布切れは、しかし耳障りな声が言葉を紡ぎ続ける。


 鳥肌が立つ。


 俺の耳が確かなら、そこに、“しずく”という音が混じっていた。


「ィヒヒヒヒヒ!!イヒ、イヒヒ!イヒヒヒヒヒヒヒ!!!」


 嘲笑が鳴りやんだ。呪いの霧は、膨張し、そのまま拡散するように思えた。不発……ではない!


「しずくっ!!逃げろっ!!」


「盾になれ“シズク”っ!!」


 一匹の異形がしずくの前に飛び出した。それは、ガルナが“シズク”と名付けた異形の一体。もししずくが狙われたらと作られた、身代わりの人形。


 その場に広がった白い霧は、目の前で再び収束する。それは塊となり、迷いなくしずくへ向かって飛んでくる。

 異形の“シズク”にぶつかり……すりぬけた。前後で僅かに小さくなったものの、それは隣に呆然と立つ、彼女へと向かい、


「しずくっ!!!」


 成す術なく、霧は染み込む。穢れた白が急速に彼女を覆っていく。彼女は気を失い、その場に崩れ落ちる。地面にぶつかる前に、ままならない体に鞭打ち、抱き留めた。

 地面にゆっくりと降ろす。


 本……本はどこだっ!!あの本は!

 

 しずくが落としていた魔本を、ひったくるように掴む。いつか見たページを開く。


「我に仇名す災禍を前に!鎖を放て!鳳凰よ!」


 体を纏う不可視の(えん)()が、少しだけ緩んだ。そして、呪文を唱える。


「在るべき者を在るべき姿に!在らざりしは彼方に!“浄化の涙”!」


 身体から命の源が奪われ、抗いがたい疲労感に襲われる。


 そして、空中、世界に出来た狭間から湧き出すかのように、滴が実る。光溢れるその滴は、ゆっくりと落ちていき、しずくの身体に触れ、染み込んでいく。ぼんやりとした光が彼女を包み込み、穢れた白は剥がれ、溶けていく。


 それをどうにか見届けた。俺の意識は、無理やりに張り付けていたそれは、離れていく。

地面が目の前まで迫り、ぶつかる。

 痛みは感じなかった。


 

 *



「……あ、れ?」


 目を覚ますと、まだ外だ。意識が目覚める。……っそうだ、どうなった!?


 周りを見渡せば、駆け寄ってくるガルナの姿があり、呪鬼の姿はどこにも見当たらず、そして隣に倒れ伏す彼は、


「フウ君っ!!」


 身体のほとんどを、尽きかけの炭のように、穢れた白が覆っていた。何の反応も返さない。


 ……っあの、あの本は!あった!

 開かれっぱなしのその本を手繰り寄せ、教えられた通りの呪文を唱える。


「在るべき者を在るべき姿に!在らざりしは彼方に!“浄化の涙”!」


 けれど、いくら待っても、何の変化も起こさなかった。


「なんで……っ!!くぅ……っ!!」


 何度も繰り返す。



「在るべき者を在るべき姿に!在らざりしは彼方に!“浄化の涙”!」


「在るべき者を在るべき姿に!在らざりしは彼方に!“浄化の涙”!」


「在るべき者を在るべき姿に!在らざりしは彼方に!“浄化の涙”っ!!」



「どうしてっ!!」


「魔法は、ただ呪文を唱えれば発動するってわけじゃない」


 ガルナが声をかけてくる。


「呪文はあくまで補助ダ、使い方を知らなけりゃ、発動はしない」


「ガルナは、ガルナは分かるのっ!?」


「そんな魔法、見た事も聞いたことも無い。当然、スティルも知らない。……一応試してみるカ?」


 ガルナが呪文を唱える。結果は予想通り。


「じゃあ、どうすれば……!!」


「待つしかないダロ。フウが起きるのを。今はそいつしか使えないんだから。そいつが起きて、自分で使えばいい。……もっとも」


 彼が目覚めるまでに、彼が生きていればの話。

 呪いはすでに、体のほとんどを覆っている。これは、あの二人に掛けられたものとは違う、命を蝕む即死の呪い。


「ねぇフウ君起きて!もう一度、呪文を使うの!」


 彼の意識は、よほど深い所まで沈んでいるらしい。

 いくら揺すってもピクリとも反応しなかった。まるで、もう死んでいるかのように。

 心なしか、彼の体は既に、冷たいようで——。


「いやっ……ねぇ、フウ君、起きてよ……!置いて、いかないで……」


 その時。


「      」


「……え?」


「      」


「うぅっ……!」


 突然、頭が割れるように軋む。無理やり頭の中で何かが広がっているような、激痛が襲う。


「しずく、おい、どうしタ!」


 だが、そんな中でも、魔本から手を放してはいなかった。


「在るべき……ものをっ!在るべきっ!姿に!在らざりしは彼方にっ!力を貸せ!命の理!魂の教典!!」


 魔本が輝きを放つ。体から抜ける力の流れは、その本に集まっていく。


「“浄化の涙”っ!!」


 今度こそ、それは完全な形で発動した。世界に開けられた小さな穴から、一滴のしずくが零れ落ちる。

 光り輝くその水滴は、彼の、欠片のように残っていた、最後の肌色の皮膚へと落ちていった。


 途端、弾けるように呪いが掻き消える。

 彼の色が、戻った。


「フウ……君……」


 体の力が抜け、彼の胸元に倒れこむ。彼の温もりと、大好きな匂いを感じながら。


 意識は暗闇へと落ちていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『マシュマロ』:匿名のやつ
『ついった』:更新小ネタなど呟く
『小説家になろう 勝手にランキング』
:ワンクリック投票
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ