1節10項 里の異変 その4
「オイラが知ったのは、全部終わった後だっタ」
ぽつぽつと語りだす。
「いつの間にか里に少女が来ていたらしい。そいつは里の魔物と話していたらしい。そして二人は消え、代わりに“これ”がここにあっタ。そうなった元凶は……」
ガルナは、重々しく告げた。
「スティルの中に、潜んでいた。……オイラが知ったのは、それらに気づいたのは、全部終わってからだっんダ」
なるほど、敵はスティルの中か。
「お前はスティルを人質に取られ、脅されて、俺らを襲おうとしてたってわけか」
「……正確には、“二人には何もするな、何も知らせるな”、ダ。そして……もしお前らが何か知った事を奴に知られたら……スティルの命はどうなるか分からなかっタ。だから、その前に……」
消えた言葉の先を引き継ぐ。
「その前に俺らを殺して、何も無かったことにしようと考えた」
ガルナは目を伏せる。色んな、どうしようもない感情がぶつかっているのだろう。
「そう落ち込まないでガルナ。大丈夫だった。きっとガルナは、土壇場になって手が止まったから。もし私たちを目の前にしてもね」
「……」
「だから、何の問題もない。これで私たちは仲直り。ね?」
「しずく……」
彼女は根拠もなくガルナを肯定するだけだ。今、思い直されて、何も分からないまま殺される可能性だってあるのに。
でもまぁ、
「たとえ襲われても勝っただろうしな、だから気にする——」
「それは嘘」
「何で?」
今ガルナ励ます段階なんじゃないの?
「ね?だから気にしないでガルナ。ガルナは、スティルさんを思って行動して、ちょっと間違った方に行きそうだっただけ」
「……」
ガルナは、長い間黙っていた。
「……すまない」
そして、その言葉をどうにか絞り出す。今にも泣きそうだった。ずっと無愛想なやつであったが、そう言った表情を見せるのは初めてだった。
謝られても、何も無かったのに起こることも無い。まぁ、とりあえずガルナについては何とかなったし、次は、
「じゃあ、その奴とやらを倒すのに協力してもらうぞ」
「……あぁ、もちろん」
その目に、少し光が戻った。
「色々話す前に、その奴ってのを放っておいて、こんなところで話してていいの?」
それはそうだ。
「その点は大丈夫だ。オイラの手下が常に見張ってる。奴が妙な動きをしたら、すぐに分かる」
「じゃあ、とりあえず一つずつ話していくか」
猶予は、どれだけあるかは分からない。
「さっきフウ君が言った、“おうき”って何?」
しずくが真っ先に聞く。
「黄色の鬼と書いて“黄鬼”。禍津鬼の種族の一種だな」
「……まがつきって何?」
知らない用語の説明に知らない用語を使ってしまった。これは悪い説明。しかし、それを知らないとなると……。
「また今度、説明する。今は“人を襲う化け物たち”、ぐらいに理解しておいたら十分かな」
「“禍津鬼”は、人を襲う生き物……?ガルナは“黄鬼”で“禍津鬼”……ガルナは、私たちを襲わないよ?」
「ガルナは少数派」
ガルナはどう反応していいか分からない様子だ。
「ふむ。それで、おうきとやらは何?」
「外見の特徴は、人型、肌に露出した黄色い鱗と細い瞳孔」
「え」
ガルナが初日にフードを脱いで見せてくれた奴だ。一応、あの時点ではまだ、魔物との区別は付いていなかったが。
「能力は死体操作。自身の血を流し込んだ死体を、腐らない自立人形に仕立て上げる」
「……えっ」
「地下室の扉から血の臭いがプンプンしていたが、ガルナ。あれは死体の保管庫だな?あそこで作った自立人形を、里に放して仕事をさせていたわけだ」
ガルナが頷く。
「え?え?じゃあ、あの、里の子たちって」
「ガルナとスティル以外はすべて死体の動くゾンビ。ガルナの操り人形だな」
正確には違うが、まぁゾンビが分かりやすいだろう。
そして里に人間二人のうち、ガルナは魔物ではなく禍津鬼である。この里に魔物はスティルしか居なかった。
何が“魔物の隠れ里”だバカ野郎。
「じゃあ……あの子たちと一緒に遊んだのって、ガルナと遊んでたってこと……?」
「お前は俺の知らないうちに何してんの?異形には関わるなって言われてただろ」
「フウ君はいつから気づいてたの!」
「いや全然気づかなかった。ガルナがフード脱いだ時に初めて」
「ほぼ最初じゃん!」
まぁ、見た目と言い、里にはびこる継ぎ接ぎの人形と言い、これだけヒントがあって知識があるなら、気づかない方がおかしい。
しずくには言ってなかったのは、敵味方が分からないうちに教えても混乱するだけだと思ったから。
今でさえ混乱してるようだし。
「……一応言うと、あいつらは自立してる。オイラが直接操って遊んでたわけじゃない」
「なんだ。なら良かった」
本当にそれでいいか?
「それで、スティルさんに潜んでるって言う、奴って何なの?フウ君は、この子を見て事情が分かったって言ったけど」
部屋の中央にある、白い女の子を見る。
「そいつもまた禍津鬼の一種。呪う鬼と書いて“呪鬼”。呪いを扱う禍津鬼だ。少女にかけられた方が“蚕の呪い”、百足の方は“百足の呪い”」
こちらも、知識があるなら一発でその原因は分かる。特に“蚕の呪い”の方は有名で、そっちは直接見た事さえある。“呪鬼”が好んでよく使う術だ。
「命に別状はない。まぁ術を掛けられた状態じゃ生きてるとは言い辛いけど」
「フウ、随分詳しいんダナ」
「禍津鬼に詳しい師匠が居てな。色々教えてもらってある」
ガルナの呪鬼の知識は、自身が禍津鬼なことに由来しているのだろう。同郷なら知っていてもおかしくない。
俺が状況を把握した流れとしては、大体以下のものである。
“蚕の呪い”に掛けられた人間がここに居るということは、この里にかつて呪鬼が居たということ。
勾玉がスティルの近くで反応していたから、それが多分呪鬼のものであろう。
呪鬼は非人型であり、呪鬼はスティル自身じゃなくその傍に潜んでいる。
そして、ガルナは俺たちに“スティルから遠ざかる”ように忠告した。ならばガルナは、呪鬼の存在を知っている。
なおかつ仄めかすだけに留めていたことから、ガルナの立場は“中立”や“不干渉”。
俺の知っているガルナなら、俺たちに詳細を話さなかったのには理由がある。
以上から、“スティルに呪鬼が憑りついていて、ガルナがそれに脅されているだろう”と察したというわけだ。
「……百足の方も、人間なんだ」
彼女は、呆然とそれを見つめている。まるで元の形を留めていない。
「一緒に居なくなったとかいう、もう一人の魔物だろうな」
発動条件が難しいから、おおよそ少女を人質にでもされたんだろうな。
「ノコン……。オイラの仲間だった……」
「大丈夫、なの?」
「治せさえすれば後遺症はない。術を掛けられた時点の姿に戻る」
「治す手段はあるの?」
「あの本」
「え?」
しずくの背中を見るが、今は持ってきていないようだ。
「“天の書”の呪文、“浄化の涙”。それならこの呪いも解ける」
「解けるのカ!?」
「あぁ」
「そうか……」
「で、でも!私はまだ……」
「いざとなったら俺が治す」
「え?」
「一応、俺も“天の書”は使える。今はまだ使わないが」
師匠が使っているのを見たことがある。試したことは無いが、多分出来る、はず。
「今治さないのはどうして?」
「事情があって、三回しか使えない。まぁ、どっちにしろ、一回使ったらぶっ倒れてしばらく起きないだろうし。治すのは、敵を倒してからだ」
敵を倒す前に、呪いを掛けられるたびに治していてはキリが無い。こっちは三回しか使えないのに、あっちの回数制限はほぼ無限だろう。
どうにもならなければ俺が治していたが、この人たちは呪鬼を倒した後、しずくがやってくれることを期待しよう。
今の今まで無事だったということは、すぐに状態が悪化することも無いだろう。
「じゃあ結局どうするんダ?“呪鬼”はスティルの中で、出てこないうちは手出しができない。スティルの命は……奴に握られてる。下手な手を打てば、スティルは殺される……」
と、ガルナは俺の顔を見て言葉を止めた。
「何か、手があるんダナ?」
「あぁ。俺に考えがある」