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旧版 何処までも続け  作者: 藍染クロム
第一節 その涙の理由は
1/18

1節1項 魔物の隠れ里 その1

 そよ風に揺れるのは、彼女の淡い髪。


「ふんふーふふーん」


 波打つように掠れる木の葉の音。ざくざくと、周期的な足音は二人分。

 良く晴れた空から差し込む光の柱は、木々に遮られてまばらに、風に合わせてさらさら揺れる。

 爽やかな緑の匂いが、こびりついた疲労を和らげてくれる。 


 腰まで届いた彼女の髪が、歩くたびに左右に揺れる。


「ここまで歩き通しで、よく疲れないな」


 上機嫌に先を歩く彼女が、顔だけこちらを向けた。整った顔立ちに、浮かぶ笑みは眩しい。


「はー?疲れてるがー?おぶってよフウ君」


「重いから無理」


「んー?」


 無言の笑みが怖い。


「……お前が重いかは知らんが、人間は重いから無理」


「私はそんなに重くないしー」


 危ない、一瞬殺意が見えた。


 背中を押すように、涼しい風が吹き抜けていく。


「あとどれくらいで着くんだろね」


「さぁ。歩いて半日とかじゃ無かったか」


「まだ見えないねー」


 俺たちの目的地は二つ。


 一つは、かつての魔王城、今は魔人が治める絶海の孤島の海街。


 一つは、人界から切り離された、はぐれた魔物たちの隠れ里。


「あっ!あれじゃない?」


 しずくが指さした先、木々の切れ間から、その全貌が窺える。小さな集落だ。


「やったー!今日は屋根の下で寝れるー!」


「昨日も寝れただろ」


「普通は毎日寝るんだよ」


 それは切り立った岩山の麓、そして赤茶けた岩肌と森の隙間に、扇のように開かれた土地。

ぽつぽつと家屋が立ち、木の柵が囲んだ畑や家畜が見て取れる。

 人影……のようなものも、ちらほら見える。


 今回見つけたのはその後者。そこは魔物たちの隠れ里。

 そこには、現世(うつしよ)に行き場を失った魔物たちが、身を寄せ合い、ひっそりと暮らしているという。



 *



 森が切れると、申し訳程度の柵がある。開き、中に足を踏み入れた。


 そして、俺たちを出向かえたのは人……の形をした生き物。あからさまに人ではない。

 様々に切り取った生物のパーツを、継ぎ接ぎに、歪にも人型に仕立て上げられたようなそれらは、異形と言うより他にはない。

 大きさは人の子供ほど。


「……」


 いつも能天気な少女も、流石にこれには恐怖したか。言葉も出てこないようで——


「こんにちはー!」


 違ったわ。彼女が彼らに駆け寄り、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。バカは強いな。怯えられているのは俺らの方らしい。


「なんで逃げるのー!?」


 言葉は通じているはず、だが彼らからの返答は帰ってこない。逆だろと突っ込みたい絵面の追いかけっこが始まる。

 あれ?化け物が逃げ出すあの子の方がヤバいんじゃね?


「一匹しか捕まえられなかった……」


 異形を抱えて戻ってくるしずく。


「元の場所に返しなさい」


「えー?」


「えーじゃない」


 彼女は「折角捕まえたのに……」とぼやきながら、抱えたそれを優しく地面に降ろす。その子はパタパタと逃げていく。その仕草には愛嬌がある。仕草にはね。


 逃げていった彼らは、しかしこちらに興味はあるのか、物陰や家に隠れて様子を窺っている。


「まぁ、そのうち話の通じるやつが来るだろ。それまで待ってろ」


「分かったー」


 数分は経っただろうか。


「フウ君、来たよー」


 向こうから、今度はちゃんとした人間が来た。体を覆う外套の中身がどうなっているかまでは知らない。


「……フウ君?」


 しずくの前に出る。


「何者ダ?」


 だみ声に片言。現れたのは、彼か彼女か。


「道に迷いました」


「……ここでカ?」


 その人は、訝し気に目を顰める。


「遠くから来たもので地理がさっぱりなんです。ここがどこか見当もつきません」


 嘘ではない。


「フウ君?」


「しずくはちょっと静かにしてて」


 目深にかぶったフードから、蛇の様に睨まれ、見定められる。


 ふっと視線が逸れた。


「ふん、まぁいい。長の所へ連れていく。処遇はそこで聞ケ」


「お願いします」



 *



「しずくとフウを連れてきた」


 え……まぁいいか。


「フウです」


「しずくです」


 里の中で一番大きな屋敷だった。内装も整っている。


「フウ……?」


 彼の瞳が、一瞬黒く濁った。


「……どうかされましたか?」


「あぁ、いえ。何でも」


 彼は軽く咳払いをする。


「ご苦労様です、ガルナ。初めましてしずくさん、フウさん。私はスティルと言います。この里の長を務めております」


 出迎えたその人は、見上げるような大柄、声音からして男性だろうか。里長がスティル、案内人がガルナね。


「それで、どうしてこちらに?」


「道に迷いまして」


「ほう」


「その上、途中で、旅道具はおろかお金も一切失くしてしまいまして」 


 怪しいことこの上ない。


「それは……災難でしたね」


 しかし彼は人がいいのか、俺の言葉を信じ、本当に心配しているように見える。


「随分と不幸が重なったんダナ」


「旅は始めたばかりで」


「あぁ、不慣れだと色々失敗もありますよね」


「はい。本当に……」


 声音に実感がこもる。


「それで、しばらく宿を貸していただけないでしょうか。お礼も、出来ることで返しますので」


「そう……ですね」


 彼は思案する。


「宿をお貸しすること自体は問題ないのですが……えぇと、既に見られたかと思いますが、里の者たちは臆病な者ばかりで、泊まるとなると——」


「オイラの家でいい」


 と、黙って成り行きを見守っていたガルナが声を上げる。なんと。ガルナさん優しい!


「いいのですか?」


 スティルも驚き、聞き返している。


「衣食住は保証する。ついでに仕事もやる。必要な分だけ稼いでとっとと出ていけ」


 口調はぶっきらぼうなものの、正体不明の俺たちにとても親切である。


「旅人さんたち、それでよろしいですか?」


「はい、もちろん」


 文句が付けられる筈もない。しずくも答えた。


「お願いします」


「では、そのように。何もない里ですが、どうぞごゆるりと」


 終始紳士然とした彼の振る舞いには、いたって不審な所は見られなかった。

 落ち着いた物腰に静かな声、対応も丁寧だった。辛うじて読み取れる表情も、優しく穏やかで、その羊頭から受ける恐怖は大分和らいでいた。

 しずくは先程から俺の後ろを出てこない。

 “少女の行方が消えた里”と聞かされてはいたが、やはり片端から疑ってかかるのは良くないだろう。


 ただ、肌に触れる勾玉がじわりじわりと熱を放ち、気を緩める事を許さなかった。



 *


 

 乾いた風が吹き抜け、今日も終わったと帰っていく。隣にそびえる岩肌を茜色に夕陽が染めあげる。

 時は逢魔ヶ(おうまが)(どき)()(がれ)(どき)。茜と黒の激しい陰影が大地の凹凸を不気味に演出する。


 この道はガルナの家まで続いているらしい。家は里の外れにあるらしく、人気(ひとけ)のない方へとどんどん進んでいく。


「スティルはああ言ったガ」


 ここまで無口を貫いていたガルナが口を開いた。


「長居はするナ」


 淡白にガルナは言う。


「分かりました」


「堅苦しいのは好きじゃない。敬語じゃなくていい」


「分かった」


「ねぇ、あの人たちは喋らないの?」


 しずくが聞いた。


「あの人?……あぁ、あいつらカ。あいつらともあまり関わるナ」


「なんでー?」


「何ででも、ダ。あいつらの方も、オマエらと仲良くなろうとしない」


「えー?」


 しずくは不満げだ。


「人語を話せる人間は、ガルナとスティルだけか?」


「そうダ。……それから」


 ガルナは、一瞬ためらう素振りを見せた。


「スティルのやつにもだ。近づきすぎるナ」


「……どうして?」


「どうしてでも」


 スティルは他の臆病な住民たちとは違って、かなり友好的だったと思うが。


「ねぇねぇ、なんでフードしてるの?」


 目深にかぶったフードを、しずくがのぞきこんだ。


「これか?これは……まぁ、つい、癖でナ」


「癖?」


「こういうのを見ると、オマエラは怯えるだろうと思って」


 そう言って、ガルナはフードを外す。腕の裾をまくった。


 見えた肌には、腕の表面や頬の所々に、黄色い鱗が表出していた。こちらを無感情に眺めるその瞳孔は、その細さは人のものではない。


 これは——。


「カッコいいー!」


「カッコいい……カ?」


「正直、他の連中の印象が強すぎて気にならないけど」


 里長の羊頭を筆頭に、この里には異形が溢れる。ガルナは、見た中では一番人間の輪郭を保っていると言えるだろう。


「……それもそうダナ」


「触ってみていいー?」


「触ってどうする。楽しいカ?」


「おー、ざらざら。ホントに生えてる」


「これが飾りだとしたら、相当に趣味が悪い」


「人によるんじゃない?」


 しずくは、思いのほかガルナの異常性を気に入ったようだ。


「で、この里で俺たちは何をすればいいんだ?」


「何ができる?」


 即答で質問で返された。


「え、あー、うーん……」


 そういう質問は困る。


「力仕事は無理かなぁ」


 しずくが言う。彼女の細腕は、重いものを持つのに適していない。


「よく分からないオブジェが欲しいなら任せてくれ」


「要らんな。まぁ、旅人って言うならお前らは冒険者なんダロ。魔石でも取って来てもらうカ。里の仕事はあいつらで間に合ってるしナ」


「え?」


 無知なしずくが、冒険者や魔石と言った単語に疑問符を出す。


「そうそう俺たち冒険者」


「知らないなら知らないって言え」


「知らないです」


 冒険者に、魔石。聞き覚えが無いわけではないが、自分の知識と合致するかはまだ知らない。


「はぁ。必要な知識は後で説明する」


「お腹空いたー」


「家に着いたら作ってやるサ」


 ガルナお手製か。至れり尽くせりだな。


「手伝おうか?」


「要らん。今日はじっとしてロ」


 旅の疲れがあるだろうとの気遣いか、それとも信用してないか。

 何にせよありがたい。こっちは歩き通しで疲れているのだ。


 扇状の円周上の隅、岩山と森が狭まり、細く続いた道の先に、しっかりとした一軒家を見つける。

 案外としっかりした作りだ。このような里の外れにあるのは気になる。ただでさえ人気の無かったこの里で、俺たち三人以外の気配はピタリとやんでいる。


「さぁ、入れ。ここがオイラの家だ」


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