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20歳の青春日記  作者: 宗谷雅近
1/1

前編

僕は恋愛が嫌いだ。結局、愛や恋なんていうものは夢にすぎない。母が離婚したときから僕はそう思っている。覚めてしまえばそこには何も残らない。もともとそんなものは無かったかのようにあっさりと一瞬で終わってしまうのだ。


僕の名前は小宮山裕二。現在32歳独身彼女なしで、中学校で教師をしている。3つ年上の兄、優一は2人の子持ちでお嫁さんとも仲良くやってるらしい。母は小宮山留美66歳。もちろんバツイチの独り身である。

僕は9月の3連休を利用して海辺の街に住む伯父の家へ兄家族と母と一緒に訪れることにした。亡き伯父のもとへ。

僕がこの街に来るのは12年ぶりだ。

1ヶ月前に母方の伯父が亡くなった。母の7つ年の離れた兄で、僕は20歳頃の1年間を伯父と共に過ごしていた。伯父は結婚はしておらず、当然子供もいなかった為、葬式は唯一の親族である母が喪主を務め兄の協力もあり滞りなく行われたらしい。僕は仕事の休みがとれず、葬式はもちろんのことこの1ヶ月間墓参りにも来ることができなかった。

伯父の家はこれから母が住むことになっている。その為、今は住人がいない家なのにまだ生活感が残っていた。

「いつ頃からここに住む予定なの?」

「そうねぇ、今月で今のアパートの契約が切れるから来月からかしらね。」

伯父の家は母にとっても実家なので母は既にこの家に溶け込んでいた。

しばらく僕と母がテレビを眺めていると、兄家族が到着した。

部屋に入ってくると、兄さんは僕の隣に座り話しかけてきた。

兄さんのお嫁さんの弥生さんと6歳の健太君と4歳の涼太君は僕に軽く挨拶をすると、母と楽しげに話し始めた。

「おおー久しぶりだなー裕二。元気にしてたか?」

「まぁ、それなりにかな。兄さんは元気そうだね。」

「そうだなぁ。子供がいると元気にもなるってもんよ。裕二も子供ができればわかると思うぞ。結婚とかはどうなんだ?」

「うーん、結婚は考えてないよ。彼女もいないし。それより健太君は小学校どうするの?」

僕は結婚の話などはあまりしたくなくて話を変えた。

「まぁ、さすがに私立とかに通わせられるほど余裕があるわけじゃないからな公立の学校に行かせるかな。お前が思うほど恋愛も結婚も悪いもんじゃないぞ。」

「俺ちょっと使ってた部屋片付けてくるよ。」

居心地が悪くなり、急いで2階にある自分の部屋に向かった。

12年前僕の使っていた部屋はあの頃のままだった。窓からはきれいに海が見える。全てがあの頃のままであるこの部屋はとても落ち着いた。ふと、机の引き出しに懐かしい日記を見つけた。これは、当時20歳の僕の日記だ。パラパラとめくるうちに当時のことが次々と頭に浮かんだ。忘れたくても決して忘れることができない苦しいけど大切な思い出。


20歳の僕は1年浪人してやっと入った大学で忙しい日々を送っていた。当時から教師を目指していた僕は教育系の大学に通っていた。1年間を浪人に使った分とにかく沢山のことが経験したくて、部活、アルバイト、サークル、勉強、全てをやった。1週間にほとんど休みは無かった。最初は楽しかった。すべてが新鮮で充実感に満ちていた。1限目から3限4限たまに5限まで授業を受けて、月曜水曜金曜の放課後は弓道部の活動、火曜はサークルで子供達の勉強や遊びの補助、木曜はファミレス、土曜は塾講師、日曜には部活の大会などがたまに入る。予定表がびっしりになっているのが嬉しかった。

しかし、いつの間にか崩れてしまっていた。9月頃から朝起きることが全然できなくなった。結果的に授業に出れず勉強が遅れ始めた。そして、授業について行けなくなった頃、部活の成績も落ち始めた。自主連をしても成果が出ず、やる気が落ちていくのが自分でも手に取るように分かった。サークルでも子供達とうまくコミュニケーションが取れなくなり、アルバイトでも失敗することが増えた。楽しかった日々が地獄のように苦しい日々に変わっていった。明日が来るのが怖かった。そして、お正月に母の勧めで伯父のもとを訪れた。

そのとき伯父は既に定年退職をしていたけれど、その前は中学校の教師をしていた。

「明けましておめでとうございます。小宮山裕二です。」

僕は玄関で伯父さんに深く頭を下げて挨拶をした。

「おっ、無事に来られたね。明けましておめでとう。久しぶりだねぇ、覚えてるかなぁ。まぁ上がりなさい寒いだろう。」

伯父さんは優しい笑顔で迎えてくれた。

そのまま居間のコタツに案内された。

「裕二君は教師を目指してるんだってな。勉強は大変かい?」

「はい。なんとか頑張ってます。でも、あんまりついて行けてなくて…正直教師にもむいてないのかなって思ってます。」

「そうか、なるほどね。おじさんも中学校で教師をやってたんだけどね。実はその前は出版社に勤めていてね。教育の為の勉強は大人になってから始めたんだ。だから、国立大学で教育の勉強を頑張ってるってだけで裕二君はすごいなぁと思うよ。」

「…いや、僕なんてたいしたことないですよ。もうなんで教師になりたいのかも分からなくなってきてしまって…」

「そうか、実は留美から聞いてるんだ。君が自信をなくしてしまってるみたいだって。伯父さんもそういう風になってしまった同僚を見てきたからね。心配なんだ。もし可能なら、今やってるものは全て辞めて休んだほうがいいと思うよ。」

「…」

「まぁそんなにすぐには決められないだろうから、とりあえずここにいる3日間は何も考えずに休もう。」

「…はい。」

「じゃあ、お腹も減ってるだろうからご飯にしようか。」

それから3日間はテレビを見たり、砂浜を散歩したりしていた。少しだけだけど、気持ちが楽になっていることに気が付いた。

「よし、準備できたかな?3日だけだったけど楽しかったよ。また遊びにおいで。」

「はい。休んで少し気持ちが楽になった気がします。ありがとうございました。」

「そうか、休むことの大切さは分かったかな。くれぐれも無理はしないこと。また連絡してね。何か相談に乗れることもあるかもしれないからね。」

伯父さんは笑顔で見送ってくれた。

それから僕はなんと学校に通い、次の年から休学をすることに決めた。母さんと、伯父さんに相談して、1年間伯父さんのところで過ごすことになった。休学することに不安はあったけれど、それまで乗っていた負担が全てなくなったことの安心の方が大きかった。

そして、春休みの間に荷物をまとめて3月の終わりには伯父さんのところにいた。

「また会えて嬉しいよ。しっかり休めばきっとまた教師になりたいと思えるよ。」

「はい。ありがとうございます。」

「ただ、一応病院には行ったほうがいいだろうから、今度一緒に行こうか。あと、何か趣味とか好きなことって何かあるかい?」

「ゲームとか好きです。テレビゲームだけじゃなく、ボードゲームも好きです。特にチェスはスマホでよくやってます。」

「そうか、じゃあ今度何かゲームを買いに行こうか。伯父さんもチェス好きだからね。今度一緒にやろうか。」

「はい。楽しみです。」

ふと、久しぶりに自分が自然と笑顔になれていることに気づいて、少し安心した。

2日後の昼過ぎに僕は伯父さんと病院に向かった。そこは総合病院で精神科だけでなく、内科などもあるようだった。

「よし、受付も終わったからあとは診察してもらうだけだけど、おじさんも一緒に行く方がいいかい?私がいると言いづらい事もあるだろうからね。」

「一緒に来てほしいです。精神科に来るのは初めてなので緊張しそうなので。」

「そうか、じゃあ私も一緒に行くことにしよう。」

診察が始まり、僕は全てのことを話した。伯父さんは隣で黙って僕と先生との会話を聞いていたけれど、僕が言い淀んでしまったときには助けてくれた。

結果的には僕は燃え尽き症候群と言われるもので、ややうつ病に近い状態と診断された。薬も処方はされたが時間が1年間もあるならば、なるべく薬に頼らずにきちんとした休息をとるのが良いということだった。とにかく無理はしないこと、何もしないことを不安に思わないことを守るように言われた。

「良かったな。薬を使わなくても治るみたいで。」

「はい。でも、何もしないことを不安に思わないというのは難しそうです。」

「そうか、まぁそんなに先の事を考えなくていいよ。明日のこととか今日のご飯のこととかそういうことを考えていこう。きっと先のことはそのときになればなんとかなるから。」

「そう…ですね」

「じゃあ、薬を貰ってくるからそこの待ち合いスペースで待っててな」

僕はソファーに座り、スマホでチェスをやりながら待っていた。

しばらくして、伯父さんが戻ってきた。

「お、もしかしてチェスやってたのか?そうだ、帰りにゲーム屋さんに行ってみようか。」

「はい。でも、僕お金持ってないです。」

「大丈夫だよ。おじさんが買ってあげるから。」

「いいんですか?ボードゲームでも結構高いですよ。」

「そうか、でも大丈夫だ。伯父さんは奥さんも子供もいないからな、お金はたくさん貯まってるんだよ。」

「ありがとうございます。本当に嬉しいです。」

ゲーム屋さんで、ボードゲームを2つと最新のゲーム機と二人で遊べるゲームソフトを買って帰った。

それから、ゲームで遊んだり砂浜を散歩しに行ったりした。伯父さんはどんなゲームでも本気で遊んでくれるので楽しかった。中でもチェスは本当に強くて全然勝てなかったが、いつも予想外の手を打ってきたりするのでなかなか勝てなくても飽きなかった。

海は暖かくなるにつれて優しくなっているようで、美しさを増していった。

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