「いい香りね」
リーン……ゴーン……
この街ではお昼を知らせる鐘が鳴る。
「あらっ!もうお昼! ごめんねソフィア、今から準備をするから、お母様の様子を見てきてくれる?」
手元の道具を少し片して、ソフィアの返事を聞きながら厨房に駆け込む。あ、しまったはしたない。ソフィアが真似しませんように。
それよりもお昼ご飯! 卵と牛乳を使い切るために今日はフレンチトーストに。一昨日安く買ったフランスパンに似たバゲットはカッチコチになっていて、パン用ナイフを使うとゴリゴリという音がする……
だ、大丈夫!まだ食べられる!
前世と違ってサラダ油よりバターの方が安いのでバターはしっかり使う。おかげで砂糖をあまり使わずにすむ。素晴らしい。でもカロリーが恐い。食べ過ぎるほどの食材も買えないけどね!
熱したフライパンを隣のかまど穴に置く。コンロなんて無いから、薪の直火よ。かまど。
火加減の調整が下手だから、隣の穴に置いたりして使っている。
卵液にたっぷり浸したパンを、バターを溶かしたフライパンに載せていく。いい匂い~!
焦げつく前にひっくり返し、これまた残っていたキャベツのザワークラウトを棚から出す。一緒に皿を三枚出して、テーブルに並べる。
いい色がついたパンを一枚ずつ皿に乗せて、バターを足して二枚目を焼く。ちなみに卵の鮮度はあまりよろしくない。市場にある生鮮品はだいたいが朝採りとなっているけど、怪しい店もある。ザ・市場。フレンチトーストとはいえ、しっかりと火は通しておく。
「いい香りね」
少し寝癖をつけたスッピンお母様がつぎはぎワンピースに着替えて厨房に入って来た。その後ろからはソフィアが。そのままカトラリーの引き出しからフォークとナイフを取り出す。
「ありがとうソフィア。お母様、もうすぐ焼けますよ」
まだ少しぼんやりしてるお母様はそのまま厨房のテーブル席につく。テーブルなんて呼んでるけど作業台だ。そして丸椅子。
料理人たちはここで賄いを食べてたのだろう。
二枚目を皿に乗せるとソフィアが配膳してくれる。私はかまどの火に灰をかけて少し弱めてやかんを乗せる。食後のお茶用だ。フライパンは洗い場の桶に溜めておいた水につけ、へちまタワシで急いで洗う。もう一つ溜めていた桶の水で流し、ふきんでざっと拭いてやかんの隣に置く。鉄製フライパンなので火で乾かす。
乾くまでの間に食べちゃおう。
席に着いてお母様と共に祈りを捧げる。さあ、食べよう!
うん、あのゴリゴリパンがやわらかく出来た!やっぱバターが多いと美味しいね~!
「ふふっ、ゾーイは美味しそうに食べるわね」
お母様が微笑んだ。隣を見ればソフィアもにこやかだ。……ちょっと恥ずかしい。
「失礼しました。はしたないですね……」
「違うわ。食事が楽しくなると言いたかったの」
そしてお母様は笑顔のまま小さく切ったひと切れを口に入れる。
あの高飛車だったお母様が、私の作った余り物料理を美味しいと言って食べている。
あのヤキイレ、いやブチ切れ、いやいやお説教の日から少しずつ変わって来ている。お母様もソフィアも、エラに対してはまだまだまだまだぎこちないけれど、三人でいる間は感情が穏やかになってきた。
身分としては貴族ではなくなったし、商売を引き継ぐ才もない。
無駄な見栄を張る必要が無い。
先行きは不透明だけど、とにかく出来る事で収入を得なければならない。
そして、お義父様が生きて戻ってくる事を信じて、エラをしっかり育てるのだ。
足を切る事もなく、目をくり抜かれる事もなく、穏やかに、エラが王子様と結婚する姿を見る。
……あれ、この世界、魔法使いって存在するの?