もどかしい
「卒業式のダンスパーティーをどう思う?」
編みぐるみを作りながら、王妃が唐突に聞いてきた。
「ええと、確か卒業生とその家族も交えた、生徒としての最後の交流の場ですよね。在校生は参加できないので噂だけ聞いていますが、とてもきらびやかな催しだそうで、憧れていました」
「ふむ、ゾーイはそうなのね。ソフィアも?」
「はい、もちろんです」
「ふむ。エラは?」
「はい、憧れはありますが、私は平民ですので気後れします」
「ふふふ、正直ね〜」
「あと、卒業生だけではなく全学年参加になれば、お姉様たちと一緒にいられるのに、とも思いました」
ああ、はにかむエラが今日も可愛い。
そんなことになったら私とソフィアは完全に引き立て役だけど、でも三人揃ってのパーティーなんて楽しそう。
まあ、中退した身なので私たちはともかく、卒業式にエラを飾り付けるのがこれからの楽しみなのだ。
「あ、全学年参加になったら僕はエラと踊れるね」
ユーイン王子はいつの間にかエラへの思いを隠さなくなった。そう示した方がエラが赤くなって可愛さが倍の倍の倍になることに気づいたようである。
可愛い妹が照れるのを優しく見つめる王子様。マジ眼福。はよくっつけ。
と、願ったところで、こうして身分を取っぱらった時間を過ごしていても、王子と平民という事実は変わらない。
それでもユーイン王子は、エラが絆されてくれるのを待っている。
エラは、その後のことに躊躇して、ユーイン王子の腕の中に飛び込めないでいる。
もどかしい。
どうせフィクションでしょファンタジーでしょとも思う私がいるが、原作のシンデレラと変わってしまったし、目の前に王妃や王子がいるとドッキリ番組のような気がしてしまうのだが現実である。時間が経てばお腹がすくし、走れば疲れる。髪は伸びるし爪も伸びるし、ネルとアンもほんの少しずつだが大きくなっている。
まぎれもなく現実だ。
つま先や踵を切り落としたくなくて頑張ってみたが、エラの片思いはどうすれば叶うのだろう。
「ゾーイ?ずいぶんと難しそうな顔をしてるわね」
王妃が軽く聞いてきた。しまった。
「あ、いえ、失礼しました」
「復学したいなら学園長に口添えするわよ。姉妹でパーティーに参加してみたら?」
王妃様、それは職権乱用です……
「ありがたいお話ですが、ダンスなら街のお祭りでもできますので」
「あらそう?」
「そこでなら姉妹で組んで踊れますから」
「ふふ、あなたたちならそちらの方が楽しめそうね」
「えー、じゃあ僕もその祭りに参加したいな」
「警備が大変になるからユーインは我慢なさいな」
「えー!」
まるで庶民な母子のやり取りに思わず笑ってしまう。ネルとアンが来てから、ユーイン王子は意図してそうしてくれている。
家族には甘えていい。それがどの家庭でもそうだとネルとアンに見せてくれているのか、自分がそうしたいのかは謎だけど。
貴族はただ甘えることはできない。親子だろうと個として過ごさねばならない。それにだいたいは子育ては乳母任せなのだ、庶民とは生き方が違う。
と思っていたのだが、この王妃様が規格外なのか、私たちとさして変わらない感性なので気が抜けるったらない。
ネルとアンが王妃を近所のおばちゃんなのと誰かに紹介してしまうんじゃないかと、実は密かに恐れている。
そうなったら王妃が悪ノリするんじゃないかと、とても恐れている。
「あ!どうせ兄上の婚約者が決まっていないし、婚約者を選ぶって名目で貴族平民含めて国中の女の子を夜会に招待したら三人で参加できるんじゃ?」
ユーイン王子が言ったことに呼吸が止まった。
「なにをおバカなことを言ってるの」
「やっぱり無理ですか?」
「それができると思うならば予算を立ててみなさいな、来週までの宿題よ。それと、実現したとして、もしセルジオスがエラがいいなんて言ったらどうするの。そこで側妃に決定よ」
「わあ!駄目駄目駄目駄目!無し無し!」
呆れる王妃に慌てる王子。
ああ良かった……王妃が乗らなくて……
ユーイン王子はどのくらい本気で言ったんだろうか。さすがに夢見るお年頃だからとは思わないが、この王妃の実子である。どこで暴走するかわからない。
思わずリオさんを振り返る。エルマーさんと話していたリオさんがふわりと笑いながら来てくれた。
「何かあったら俺が絶対止めるからそんなに心配しないで。ユーインはここに来ると気がゆるむのか、普段より冗談が多いね」
「そうなんですか?」
「城でも学校でも、家族とエラちゃん以外にはツンとしてるよ」
「えっ」
「内緒ね」
人差し指を口にあてて微笑むリオさんと、そっとユーイン王子を見やる。
「殿下たちの中では一番人懐っこいと思っていました……」
「そだね、愛嬌があるしね。まああれよ、兄王子たちと比べられてきたおかげで処世術は早く身についたね」
「まあ……」
「ま、そういう家だし」
「そう、かもしれませんけど……」
「だからゾーイさんたちがユーインを構ってくれて嬉しい」
思わずリオさんを見つめると、また人差し指を口にあてて微笑んだ。
「末っ子って余計に可愛いよね。ついこないだまでアンちゃんより小さかったのにさ〜。おっと、これは本人には内緒にしといて」
いやいや、ふふ。
「可愛いと思っているのはご本人にバレてると思いますよ」
「え、そう?」
だってリオさん、お兄ちゃんだもん。
今回はここまでですm(_ _;)m




