え、そんなの無理ですが
お母様がソフィアに寄り添い、私はソフィアとビクトル王子の間に入る。
「それは、命令でしょうか」
見上げるとビクトル王子はほんの少し眉間にシワを寄せた。
「いいえ。提案です」
提案。
「ならば、お断りいたします」
王子の眉間のシワが深くなった。
「なぜ、ソフィアさんではなく、あなたが断るので?」
私の眉間にもシワが寄った。
「天下の騎士が、怯える娘に何を提案なさるのでしょうか」
「え」
そこでビクトル王子は青くなったソフィアが震えていることに気づいた。
「あ!いや!本当に!ほんの提案で!」
慌てて両手をバタバタさせてワタワタするビクトル王子に、私たちの警戒がほどける。
「働く先を探しているなら私が推薦できるところはどうかと思っただけで、強制や要請ではないです……その、すみません!」
ガバッと腰を折ったビクトル王子に、今度はこちらが慌てる。急に王妃のメイドへなんて言うから暗殺者への盾要員かと思った。元貴族の平民をそんな大抜擢するなんて、使い捨てとしか思えない。
「こちらこそ、穿った見方をしてしまい申し訳ありません」
「いやでも、ソフィアさんに緊張を強いてしま「おい」」
いつの間にやって来たのか、リオさんが横からビクトル王子の下げた頭を片手でがしっと掴まえた。
「何をやらかして俺の大事な大事な恋人の大事な妹さんを怯えさせてんだ」
初めて聞く、ものすごく低いリオさんの声。
「いやっ、あのっ、リオ、ちょ、ちょっとした行き違いと言うか」
「ビリー」
「ソ、ソフィアさんを、お、王妃専属メイドにスカウト「そういうのはお前の仕事じゃない」は、はい」
長く息を吐いたリオさんは、そこでやっとビクトル王子の頭から手を離した。すかさず両手でカツラを整えるビクトル王子。うん、私もちょっとだけハラハラした。良かった外れなくて。
「成績に余裕があるからってこっちに連れて来てたけど、余計な事をするなら卒業まで学園に監禁するぞ」
「ええっ!いや!それだけはっ!」
あ。そういえばビクトル王子はまだ学園に在籍しているんだっけ。
詰所にはセルジオス王太子もやって来るし、週末は商会でユーイン王子に会うし、頻繁に王子たちに会うからどこか麻痺してたわ。いかんいかん。
王子とリオさんのやり取りを見たソフィアが持ち直したようだ。私に小さく頷いた。
「あの、リオさん。ビリーさんの謝罪は受け取りましたので、もういいですよ」
「まだソフィアちゃん震えてるし。ゾーイさん、一回ビリーを本気でぶん投げていいよ」
え、そんなの無理ですが。
「ソフィアちゃんも次の時は遠慮しないでやっちゃって」
ソフィアの目も丸くなった。
「ええ……不敬になりません?」
「平騎士が訓練で投げられたって何も起きないよ」
「……冗談と受け取っておきますね」
「……俺のゾーイさんの懐の深さよ、感謝で咽び泣けビリー」
「はい!すみませんでした!」
そこまでしなくていいですって。まあこの件はこれで終わり。ソフィアが一歩だけビクトル王子に近づいた。
「ビリーさん、過剰に驚いてしまい私の方こそすみませんでした。私、恥ずかしながら学園を中退しましたし、元貴族ですが社交も不得意で、王妃様にお仕えするには相応しくありません。尊敬する王妃様には高位の優秀な方々が必要です。なんの功績もない平民がそばに仕えては王妃様にご迷惑をおかけしてしまいます」
「ソフィアさん……」
「でも、お誘いくださってありがとうございました。家族以外に良く評価されることが少ないので嬉しいです。ふふ」
「……ソフィアさん……」
「私の今の目標はタスタット商会の一員として働くことです。いつかビリーさんにおすすめできる商品を見つけたいです」
「……はい。その時は購入させてください」
「ふふふ、お気に召されましたらぜひ。では、迎えの時間が迫ってきましたので失礼しますね」
「はい。……また次回」
「はい、おつかれさまでした。ごきげんよう」
そうして詰所勤務の皆さんに挨拶して外へ出ると、ソフィアがぎゅっと腕を組んできた。ネルとアンはお母様と手を繋ぐ。
「き、緊張した〜」
「あはは!そんな風には見えなかったわよ。上手にお断りできてたわ」
「ほんとですか?」
「本当よ。ですよね、お母様?」
「ええ、上出来だったわ。これでまだ誘ってくるなら本気で投げちゃいなさいな」
「えええ……さすがに憧れのひとを私情入りで投げるのは……」
「そうしたらこの先ビリーさんはソフィアを絶対に忘れないわね」
「え!……って、そんな思い出の残り方イヤです〜!」
あははうふふといつもより少しだけ姦しく歩いていると、ちょうどエラの乗り合い馬車がやってきた。
そしてエラと合流し、ビリーさんとの話を教えると「ソフィア姉様すごい!」と目を丸くした。ですよね〜。
「お母様は王妃様からお誘いがあって、ソフィア姉様は殿下からお誘いがあって……私の家族すごい……!」
「私のは断ったわよ〜」
「誘われたことがすごいです!」
おおぅ、エラのキラキラが半端ない。ネルとアンもエラと一緒にすごいすごいと盛り上がる。照れるソフィアも可愛いし、にぎやかな妹たちも可愛い。
癒やし効果の大売り出しか。全部買います。
「ほらほら、元気なのは良いけれど道ではしゃぐとはしたないわ。お家に帰ってからにしましょうね」
お母様の注意に我に返る私たち。慌ててすまし顔を作り姿勢良く歩きだす。
「……ふっ、ふふっ」
それがなんだかおかしくて、つい笑ってしまった。
みんな同じく思ったのか、ソフィア、エラと続き、お母様まで肩を震わせる。ネルとアンが不思議そうに見上げてきたので「今日も楽しかったね」と誤魔化した。
「うん!ネルはね、あっ、わたしは、ねーさまたちが笑ってるとうれしいよ!あっ、です!」
ネルはいま、ウォーレンさんの真似をしたがる時期のようで、丁寧な言葉遣いを練習中だ。訂正する様子にモエである。
「アンも〜」
ああもう!問答無用で可愛い!
「それにしても、リオさんはゾーイへの愛情を隠さないのね。安心だわ、ふふふ」
ぎゃあ!考えないようにしてたのに!まさかのお母様に弄られるなんてーっ!エラ!キラキラしないっ!
「きゃああっ!お母様!帰ったら詳しく教えてください!」
は、恥ずかしいぃぃ……




