もしや気付いていない?
「ソフィアお姉様がご無事で本当に本当に良かったですぅ!」
詰所にやってきたエラはすでに経緯をウォーレンさんに聞いたようで、ソフィアを見つけた途端に飛びついた。
「心配かけてごめんなさい、エラ」
「謝らないでくださいソフィアお姉様、悪いのは悪い奴です!」
なにそれ、ふふっ。
「私もお母様にもっと鍛えてもらって、お姉様たちをお守りします!ぎったんぎったんにしてやります!」
可憐な美少女がぎったんぎったんて。そもそも護身術って相手を叩きのめすものじゃないし、その細腕で無理なのでは?とは、鼻息荒くとも可愛いエラに言えなかった。
ただ癒やされる〜。
あの人拐いは胸の大きなソフィアを手籠めにしてから奴隷商に売りつけようとしたそうだ。仲間は四人。一番の力持ちがソフィアに倒されてあたふたしているところを捜索していた騎士と自警団員に見つかり全員捕まった。
「……潰してやりたい……」
ぎゃあ!エラがそんなこと言っちゃダメ!
そんな誘拐未遂事件があり、私とソフィアの商会お使いデビューは延期になり、ウォーレンさんの青空教室も当面の間中止。その分座学である。ウォーレンさんのスパルタが全開でないのがありがたい。
ネルとアンも私たちの近くで大人しく絵を描いていたりとお利口さんにしてくれている。青空教室にはネルとアンを連れて行けていなかったので、同じ部屋にいるのが安心するようだ。
うん。ネルとアンのおかげでウォーレンさんの指導も優しいんだと思う。絶対。ありがとう二人とも。
そんな日々を送る中、なぜかお母様に護身術を習いたいという女性が次々に現れた。
いつも行く商店街の奥さんたちがソフィアのことを聞きつけ、商店街としても留守番の多い女性たち、そして子どもの防犯に力を入れたいと言う。
お母様を王妃のお供以外で家から出したくないお義父様だったが、お母様の願いもあって了承してくれた。
だけどタスタット商会が再始動した今、家の中で他の人を招いての稽古は場所がない。基本的な技は外でもできるが、応用技となると砂まみれになる。どこの格闘家か。
そしてお試しで見学に来た奥さんたちは砂まみれになる技の方の習得をご所望される。そんなに強くなってどうするの?
ちなみにお試しでお母様に砂まみれにされるのは、その日時間に余裕があるタスタット商会の従業員だ。合掌。しかしみんな受け身が上手くなったので、今後何かあっても逃げられるだろう。たぶん。
で。
見学だけでもかなり人数が集まり盛り上がってしまった結果、王妃様の口利きもあり、商店街に近い騎士団詰所の訓練場の一角を借りることになった。
お母様とソフィアが指導、私は怪我の手当てなどのフォロー、ネルとアンは癒やし要員として参加。5人で週に二回、エラのお迎え前までの一時間程度、王妃様から詰所まで護衛を付けられての移動、指導代は我が家で作るクッキーを一袋ずつ買ってもらい、その代金を詰所の借り代とした。
やっぱ動いた後は小腹がすくし、留守番の子どもにお土産ができるのがいいよね。週末用のクッキーの試作も兼ねられるし。
のだが。いつしか借り代もクッキーそのものになり、詰所にセルジオス王太子、ビクトル王子がしれっと混ざるようになった。
暇なの?王子って暇なの?付き添いのリオさんに会えるのは素直に嬉しいけど、そんなに頻繁に城下に出てきていいの?カツラは共有なの?だから二人揃うことがないの?
「こうすればユーインのものと合わせて最低でも週に二度は食べられるから」
セルジオス殿下……庶民味をそんな頻度で食べたら王宮料理人が泣きますよ。でも真面目に奥さんたちの練習相手になってくれてるし、奥さんたちは目の保養になると喜ぶし、これはこれでいいのかな……
とまあ、我が家は王子全員と面識ができてしまい、微妙な時間なわけなのだが、なぜかソフィアはビクトル王子に必要以上に近寄らない。
あんなに素敵と言っていたのに。もしや気付いていない?
「いやだわお姉様、殿下だとわかってますよ。そもそも私では近づくことすら烏滸がましいですし、もともと手の届かない御方ですから知らないふりをしたほうが私の精神的にも安全と言いますか……」
なるほど。
「それに、先日抱えていただけたのでもう満足です」
両頬に手をあててはにかむソフィアを思わず抱きしめたらネルとアンもくっついてきた。
はあ、妹たちが可愛い!
商店街の奥さんたちが慣れてきた頃、今度は詰所勤務の平民の騎士さんの奥さんたちと自警団の奥さんたちが参加するようになった。
「夫婦喧嘩で旦那を投げ飛ばせるようになるって本当ですか!」
「やってませんっ!」
とんでもない理由をしょっぱなに言われたが、奥さんたちなりの冗談だった。あーびっくりした。
その頃にはソフィアの指導ぶりも板についてきて、騎士さんたちに感心されるようになった。
「無法者は、ここで相手をしてくださる騎士様のように礼を尽くしてはくれません。一人の時は対処しようとはせず、隙をついたらぜひ逃げてください。そしてご家族のもとに無事に帰ってください」
拐われかけたソフィアが言うからか、奥さんたちはしっかり頷く。
「ソフィアさん、よければ手合せ願いたいのだが」
その日の稽古が終わり、奥さんたちを見送った後にビクトル王子がソフィアにそんなことを言ってきた。
「え、と……いつも指導しているのが私の全力ですが」
困惑するソフィア。そりゃそうだ。稽古が終わってもお母様はまだ余力がありそうだけど、ソフィアは肩で息をしてることも多い。今日はそうでもないようだが、その相手としてビクトル王子も組んでいた。
私が見ても明らかな差があり、ソフィアが相手の怪我を心配せずに全力で技をかけられる一人である。その御方がなぜ素人娘と手合せ?
「ええ、その全力を測らせてもらえませんか」
憧れの王子からの取っ組み合いのお誘いって……
周りの私でも困惑よ。
するとお母様が動いた。不審オーラをまといながら。
「まずは私でもよろしいですか」
「あ、いえ、ローザさんは結構です。色々と」
色々って?
そこが一番大事なのではと顔にしっかり出してしまった私に、ビクトル王子は苦笑。
「もしよろしければ、ソフィアさんを王妃のメイドに推薦させていただけたらと」
はあ!?




