ん?どした?
「ソフィアっ!」
「あ!お姉様っ!」
不安から心臓が胸を蹴破りそうだったが、その前にソフィアを見つけることができた。
ソフィアの声と周りの人々の視線の先を辿って行けばすぐだった。
地面にうつ伏せになっている男の腕を捻り上げながらその背に乗って押さえ込んでいるソフィアの姿を見て脱力。
「ソフィア〜」
「おねえさまー!怖かったですー!」
男を押さえたまま、私を見つけて目を潤ませるソフィア。
一緒に泣き出す前にと自分のスカートからベルトリボンを外し、よく見たら気絶してるらしい男の両手を後ろ手にがっつりと縛り、涙目で抱きついてきたソフィアを力いっぱい抱きしめる。
「良かったソフィア良かった……!」
「おねえさまぁぁぁっ」
間もなくウォーレンさんが二人の騎士を連れてきたので、私たちはようやくほっとできた。
こんなに震えて……ああ髪も乱れて……あああ怖かったああああ……!
「怪我は?」
「爪を少し痛めました……」
「大変!帰ったら手当てしないと!」
「ふふ、そこまででもないです、あ、そういえば仲間がいたようでした。この男を背負い投げた時に慌てる人影が二人見えました」
建物の間の薄暗い隙間の先を指し、そこに入って行ったとソフィアは言う。
「二人」
「見えた分だけなので断定は……すみません……」
「ううん、一人仕留めるなんてとってもすごいわソフィア。後は騎士さんたちに任せましょう」
「はい」
と、立ち上がろうとしたが下半身に全く力が入らない。
「……ソフィア、私、腰が抜けたようなんだけれど、あなたは立てる……?」
「えっ!……と、私もみたいです……ど、どうしましょう……」
参った。さすがにウォーレンさんに二人で寄りかかるのは申し訳なさすぎる。しかし地べたに座りっぱなしもいただけない。馬車は通れそうな道だけど、この状態で馬車に乗り込むのは大変そう。いやまあ立ち上がるのすらできないのだから、荷馬車の荷台だって大変だろうけれど。
ああ、ここがいつもの商店街なら奥さんたちに助けを求められるのに。何ごとかと集まった人垣に知り合いの顔はない。
「ゾーイさん!」
ウォーレンさんがとりあえず馬車の手配に動こうとした時、騎士服のリオさんが現れた。ええっ!
「り、リオさん?」
「はい俺だよ、今日はこっちの勤務だったんだ。ゾーイさんたちが巻き込まれたって聞いたよ、怪我は?」
目線を合わせるためかしゃがみ込んだリオさんに矢継ぎ早に言われ、会えた嬉しさよりもどこから状況の説明をしたものかと声を詰まらせたら、ウォーレンさんが話してくれた。
ソフィアが見たという仲間についてはすでに他の騎士が動いているらしく、リオさんは腰が抜けた私たちの前で大きく息を吐いた。
「私情が大半を占めてるけど、無事で良かった」
へにゃりと笑うリオさんに、私たちの緊張もほどける。が。
「これからエラちゃんのお迎えだろうけど、申し訳ない、詰所で調書を取らせてほしい。ウォーレンさん、騎士を一人付けますので、エラちゃんが馬車を降りたら一緒に詰所まで来てもらえますか。帰りは皆さんを家までお送りします」
「承知しました。お手数おかけします」
「いいえこちらこそ。ソフィアちゃんを危険な目に合わせてしまい申し訳ないです」
神妙なリオさんに対し、私たちは肯定も否定もできず苦笑いで誤魔化す。
騎士に防犯の全ての責任を負わせるのは無理がある。だって犯罪者はその隙間を狡猾に狙ってくるのだ。きっと四方を壁で囲ったとしてもするりとやってくる。
それでも私たちが街を歩けるのは、騎士や自警団がいるから。
なにより、今だって走ってきてくれて泣きそうなくらいに嬉しい。
間に合ったから。だからそう思えるのもわかっている。
怖い思いをしたけれど、無事だったから。
そもそも。悪いのはソフィアを拐おうとした奴らなのだ。
だから、何も言わないことしかできない。
「早く帰せなくてごめんね」
リオさん。
「あの……ソフィアが無事だとわかって腰が抜けて立てないのですが……」
「よっしゃ」
「え?」
「あ、いやいや。ソフィアちゃんも? そっかじゃあ馬車まで抱えさせて。ビリー!被害にあったお嬢さんたちを馬車に乗せるよ」
リオさんがそばに止まった馬車を指すと、若い騎士が一人やって来た。
「え、男を投げ飛ばすようなお嬢さんに見えない!」
ソフィアに驚いたビリーさんはリオさんに小突かれると「失礼しました」と謝りながらソフィアに手を差し出す。
まあね、ソフィアはぽっちゃりしてた時もそうだったけど、今だって見た目は大人しいし、私も含めてモブキャラだ。今はネルとアンのおかげもあり、ピリピリしなくなったら目付きも柔らかくなった。普通にか弱そうな娘である。
でもそんな可愛いソフィアはお母様の護身術講義を優秀な成績で受講中である。姉としては練習相手になってあげたいのだが、面倒をみてもらっているのはもっぱら私。
ソフィアって運動が得意だったのね。お母様に似たのかしら。……ほどほどに似てほしいわぁ……
と、ソフィアは手を差し出した騎士さんをガン見していた。ん?どした?
「……ビクトル……殿下……?」
ん?殿下?ん?びくとる……って第二王子?
ソフィアが呟くと、騎士さんはそっと自分の口元に人差し指を立てて苦笑。
えええ。
「ビリーですよ、お嬢さん」
「あ、あ、すみません、か、勘違い、しました」
「いいえ。では少し失礼しますね」
「え、あ!きゃあっ」
あっという間にソフィアを姫抱っこすると、騎士さんは馬車へと向かった。リオさんを見やると「俺もゾーイさんを抱えたいんだけど」と言われドキッとさせられた。
「だめ?」
「お……お願いします……」
「ふふっ。はーい、よろこんで〜」
そうして危なげなく運ばれてる間に「ビクトル殿下は街で巡回してる時はビリーという名前の平騎士なんだ」と教えてもらった。
「ああ、だから今日はこっちなんですね。付き添いおつかれさまです」
「ありがとう。はぁ……思い立ったら直ぐの性格なのはなんなんだろうね……」
「……親子、だからでしょうか……」
「……だよねー……」
王妃の高笑いが聞こえる気がした。
「あ、その髪型可愛いね。ゾーイさんが俺の色を着けてくれてるって優越感と満足感と幸福感で顔がゆるんじゃうなぁ」
うああああっ!
「あはは、照れてるゾーイさん可愛い」
反則ーっ!嬉し恥ずかし反則よおぉ……




