や~ん楽しい!
「おねーちゃん、私も!やって、ください!」
ネルくらいの年頃の女の子が、赤の色紐を握った手をぐいっと突き出して、頬を赤くしながら声をかけてきた。
学園に向かうエラを見送って、さて帰ろうと乗り合い馬車乗り場を出たところである。
その子のお母さんと思われる女性が慌てて走ってきた。ん?雑貨屋の奥さんだ。
「おねーちゃんみたいに!してください!」
「こらまずは挨拶でしょ!おはよう、ごめんねゾーイちゃん、私髪を結うのは不器用すぎて、娘に上手く色紐を編み込んであげられなくて。今じゃなくて、時間がある時にコツを教えてくれない?」
「おはようございます。じゃあ今やっちゃいましょう」
リオさんにもらったリボンはもったいなくて、もっぱら色紐を使っている。もらっておいてなんなんだが、とにかく長い。いやまあ、平民が日常的に使うには長いというだけで、物としてはこれが普通サイズ。髪がほつれてこない程度に結べればいいのだが、どうしても紐を切ることにためらってしまい、結局髪と編み込むことにした。ちょっと手間はかかるが日常でのオシャレ感が出ていいんじゃなかろうか。夜会では派手に宝石とかも飾りつけたりしてたけど。
そしたら妹たちに力の限り褒められ、鼻の下が伸びた。
そこからみんなお揃いである。や~ん楽しい!
エラはそのまま学園へ通い、商店街の奥さんたちにも好評をいただき、週末にリオさんに披露するのが楽しみである。まあ、男の反応なんて「なんかいつもと違うな」って言ったお義父様みたいなものだろうけど。商会でちゃんと褒めてくれたのはウォーレンさんとエルマーさんだけだった。やはりモテる男は違う。
「はい、できた」
「!ありがとー!」
馬車乗り場のベンチに座って大人しくしていた女の子は結ばれたところを触ろうとし、また慌てた奥さんに止められていた。わかるわかる、編み込まれた部分がどうなってるか気になるよね、ネルとアンもそうだったもん。そしてたくさんお礼を言ってくれると早く帰って鏡を見たいと、奥さんをぐいぐい引っ張って帰っていった。手鏡持っておけば良かったな。
気に入ってくれるといいなあ。
営業を再開したタスタット商会での私の仕事だが、ソフィアと一緒に朝は掃除と朝食作りである。
家のすぐ隣には事務所のような建物があり、従業員たちはそちらで仕事。ウォーレンさんの教育のおかげか机の上の整理整頓は完璧だ。すごい。なので、床だけでなくそれぞれの机の上も拭ける。
だけど資料が入っている棚はぐちゃぐちゃだ。ウォーレンさんとエルマーさんは執務室の物は整頓するが、こちらはノータッチらしい。いつか整理させてもらおうっと。
それが終わったらシェフと朝食作り。オーブンに火を入れ、予め準備されている野菜を切って、卵を焼いて、昨日焼いたパンを温める。調理はシェフにお任せ。
従業員たちはそれぞれ家があるが、タスタット商会は朝食をみんなで食べながら一日の予定を確認する。へー。逆に頭に入らなそうな気がするが慣れだろうか。そしてそこでウォーレンさんとエルマーさんが全員の体調確認をする。ふむふむ。
遠出をする人は食後すぐに出て、時間に余裕がある人は事務所で書類確認やさらなる打ち合わせ。みんながキッチンを出たら私たちの朝ごはんだ。
エラとお母様がネルとアンを起こし、洗顔や着替えをさせてくれる。シェフと一緒にあれこれ喋りながら食べる。その後、エラは制服に着替え、お母様はネルとアンと商会正面の掃き掃除、私とソフィアはキッチンの片付けと昼食と明日のパンの下ごしらえ。
それが終われば休憩だ。
その休憩を使ってエラの見送り。
お義父様たちが戻ってからも、エラは変わらず乗り合い馬車で学園へ行く。
「お姉様との時間ですもん。卒業まで付き添ってくださいね」
ちょっと口を尖らせた後にはにかむエラにメロメロである。帰りもどうぞよろしくお迎えさせてください。
商会に戻るとお義父様たちにお茶を淹れる。シェフとウォーレンさん監督の下、改めてド緊張である。だって高級茶葉だもん!失敗したらもったいないじゃん!
王妃に庶民茶を出すより緊張することがあるとは……
でもまあお義父様始めみんな気がいいので、美味い不味いをはっきり言いながらも全部飲んでくれる。お客様にだけ美味い茶を出してくれればいい、って。
そしてその日その時間、仕事に余裕のある人が私とソフィアに色々と教えてくれる。来週から二人でのお使いも始まるらしい。貴族とは違う挨拶のし方に戸惑うが、覚えきれないことはない。
お茶の失敗が申し訳なくてお茶うけ用のクッキーもパンのついでに毎日焼いている。なぜかほとんどをシェフが食べてしまうが、一緒にお茶の時間を過ごすからかネルとアンも少し慣れてきた。
そんなシェフはマフィンが好きらしい。材料を商会の食費から融通するから作ってと頼まれた。そういえば、リオさんのお母さんのフィナンシェ美味しかったな。あれぐらいのを作れるようになったらパン屋の端っこに置いてもらえるかな。
そこからお昼の準備。基本的に従業員は情報収集も兼ねて外の食堂で済ませる、もしくは食べない。お義父様たちもそうだったらしいが、今は私たちと昼食を取る。おやつの時間もあるが、ネルとアンの体をしっかり作るために三食だ。ただし大人の分は軽め。午後のお茶の時間にも何かつまむしね。
ちなみに真の平民にはお茶の時間はない。タスタット商会って大手なんだなぁ。
「まあ、貴族はお茶好きだし、その習慣に俺らが慣れるようにするのと、定時報告を作っておかないとアイツらなかなか帰ってこないしな」とお義父様。
従業員たちは基本的に二人一組行動で、予定が変われば一人は報告に帰ってくる。それは彼らにはとても手間なのだが、社長が誘拐された前例があるので仕方ない。
治安が良くなればいいのだが、そこは今リオさんたち騎士さんが頑張っている。エラの送迎時に気づいたが、見回りの騎士さんが増え、あちこちを歩いていた。もしかしてユーイン王子がエラを心配しての配置かと思ったが、商店街でも見回り回数が増えたらしい。地域の自警団とも連携を取って動いているそうだ。おー。
騎士さんといえば、我が家へ常駐の護衛さんはいなくなった。社長も従業員も戻ってきたからだ。ウォーレンさんに言わせれば「頭数がいたところで戦力無し」らしいが、それでも女だけより安心だ。それに騎士さんが守るのは私たちだけではなく、もっとたくさんの人たちなのだ。
髪に編み込んだリオさんの目の色の紐に触れる。
私の刺繍があなたの守りになっていますように。
今回はここまでです。m(_ _)m
お読みいただきありがとうございます。




