歪む世界のすぐそばで
ケーキの他にキッシュやサンドウィッチも追加され、甘いのしょっぱいのの交互無限ループに陥りすっかりお腹がいっぱいになったネルとアンはお昼寝に突入。
リオさんのお母さんと片付けをし、その後ソフィアとエラは王妃とリオさんのお母さんと刺繍の練習、私はというとリオさんと花壇の前にあるベンチに並んで座っている。ベンチの手すりは茶器セットを置けるように幅広い。
……なんで私ここなんだろ?
私たち二人の手には冷めたお茶が入った木製のコップ。ベンチには専用の、ビーチパラソルのような傘がリオさんによって装備された。日陰に入るのは私だけ。王妃が日焼けしたくないと作られたものらしく、だから日陰は一人分だそう。リオさんこそ入るべきと言ったらあっさりと断られた。
「まあ、俺や父やここに来る男は日焼けは気にしないし」
そっか。ご夫婦で並ぶことが多いベンチなんだ。
…………自分で恥ずかしい想像をしてしまった……リオさんと並んでいるからって……ないない。
そんなことより。
「あの、本当に体調は戻ったんですか?」
「もちろん。ただ久しぶりに寝すぎてぼんやりしてた。さっきはほんとごめんね」
「いいえ、病み上がりに押しかけたのは私ですし」
「いやいや、押しかけさせられたんでしょ。でも来てくれてありがとう」
ああ、いつもの笑顔だ。本当にもう大丈夫なんだろう。
少しだけ残念な気がするけれど。
「でも惜しかったなあ。ゾーイさんの看病受けてみたかったな」
「ええええええ、な、なにも特別なことはしませんよ」
「ふふっ、特別な看病って、たとえば?」
「ええっ……と、たとえば、そうですね、魔法でちょちょいのちょいって熱を下げます」
「ちょちょいのちょい!あははっ!魔法かいいね〜。じゃあ特別じゃない看病は?」
「それは熱が下がるまで付きっきりです」
当然でしょうと言い切ったら、リオさんは「そっか」と少しうつむき、中身を飲みきっていないコップを両手でもてあそびだした。
そんなリオさんに向かって少し居住まいを正す。
視線が、合う。
「リオさんにはいつもとてもお世話になっていますし、この間は危ないところを助けていただきました。そのお礼と日頃の感謝の分のお返しです」
リオさんはまた軽くうつむいて「お返しね」と呟いた。
その姿に、キュッと胃の辺りが締まった気がした。
なんだろう。何かを言わないといけない気がする。
何かってなにを?お礼と感謝は当たり前で……あ。
「それにリオさんの顔を見ないと、お、落ち着かない、です……」
得体のしれない圧に焦って今思うそのままを口に出したら、途中で恥ずかしくなった。
……こ、これはかなりストレートでは……?
いや!友だちだって普通に言う!むしろ友人だからこそ言うよ!
だから、こんなに顔を赤くすることはないのよ私。
コップにお茶が入っているせいで手を使えないことにかなり焦っていると、リオさんはゆっくりと顔を上げた。
さっきリオさんに居住まいを正したせいで、目が合うと逸らすことができない。やたらにドキドキする。せめて顔の赤みが引いてくれれば。
「俺も。ゾーイさんに会えないと落ち着かない」
リオさん。
はにかみながらそんなことを言わないで。
あなたを好きだと自覚してしまうから。
あなたとの今以上の未来を期待してしまうから。
あなたは騎士で、王族のお忍びの警護を担当していて、住まいは王城の敷地内。
私は平民で、義父の商会は大きいけれど休業に追い込み、学園は中退している。
あなたの事を何か知る度に、あなたに相応しくないと思い知る。
妹たちを幸せにしたい。
それだけを生きがいにして、見届けて、そしてひっそりと終わる人生のつもりだった。
だってあなたに、私は相応しくないから。
そしてあなたは、いつか、心から愛する誰かにその笑顔を向けるの。
苦しい。心臓が縮むようだ。
苦しい。それでも笑いかけてもらえるのが嬉しいなんて。
苦しい。手が届かないとわかっていたのに好きになるなんて。
「……どうしたの?」
突然涙を流しだした私の頬を指で撫でながら、穏やかな声で聞いてきたリオさん。
なにその声音めっちゃイイんですけど録音してずっと聞いていたいどれだけ翻弄してくるの。いや声だけで変態化するなんてブランクがあるとしても私の恋愛経験値低過ぎない?
こんなに近くにいるのに、涙で全てが歪んで見える。
そのせいなのか、リオさんの指の感触が気持ちいい。
「い、色々と、いたたまれない、気持ちが、わいて、しまって」
「いたたまれない?」
「は、い」
「俺が気持ち悪いとかじゃなく?」
「あり、ありえません」
「じゃあ、抱きしめてもいい?」
………………なんですと?
「……嫌?」
「い、いいえ」
相応しくなくても、混乱していても、それだけは即答する。
「リオさんを、嫌だなんて、ありえない」
歪む世界のすぐそばで。
息を呑む気配。衣擦れと、コップを置いた音。
「参るなぁ……ゾーイさんの殺し文句って凶悪だね」
耳もとで囁かれ、そうっと、抱きしめられた。




