チョコすげえ
いやいやいやいや、リオさんと私はただの知り合い。
騎士様とその護衛対象のオマケである。知り合いというほどの関係すらないのだ、本来は。
なのになぜ、この国の最高権力者の片割れとお茶をしているのか。
そしてなぜ、リオさんのお母さんにそのお茶を準備させているのか。
夢なら今こそ覚める時よ私………………あぁ……お茶が美味しそう……よし。
人間、緊張が天元突破すると逆に落ち着くものである。私は立ち上がり、ソフィアとエラにも促した。
「はじめまして、ゾーイ・タスタットと申します。こちらは妹のソフィア、そしてエラです。リオ様にはいつも大変お世話になっております」
こういう時こそ礼の仕方を知っていると心強いものはない。だってこれさえできていれば、拙い挨拶でも誤魔化せるからね!
私に倣い、ソフィアとエラも腰を下げる。厳し過ぎると思っててごめんなさいお母様、ありがとうございます!
「あらまぁ……!ふふふ。さあ、どうぞ座って楽にしてちょうだい。私お菓子作りが趣味なんだけれど、旦那もリオも飽きたって言うのよ失礼しちゃうわよね。だから今日はお嬢さんたちを招待できて嬉しいわ。たくさん食べていってね、ふふふ」
あれ。急に庶民的。
王妃に視線を移すと「私的な場所なの、なあなあなの。ああローザも呼びたかったわぁ」とすでにお茶を飲んでいた。なあなあて、王妃がどこで覚えた。
「みんなは何が好き?今日のチョコケーキは最高傑作よ〜」
と言いながらリオさんのお母さんがキッチンと思われる方へ行ってしまった。
「お手伝いします!」
慌てて追いかける私たちに「ありがとう」と笑ってくれるお母さん。
あ、笑顔がリオさんと一緒だ。
「チョコケーキ……」
ソフィアが呟いた。チョコはやはりの高級食材なので、実父の子爵家でも極たまにしか食べられず、お城でのパーティーでは必ず出るのでものすごく楽しみにしていた。
ふふふ、ソフィアの目がハートになってる。
そういえばエラはどうなんだろう。タスタット商会でチョコは扱っていなかったけど、食べたことはあるっぽい。いつかクッキーにチョコチップを入れたいねって話した時には力強く頷いていたし。
キッチンに入ると甘い匂いに包まれた。
うはあ!この感覚久しぶり!なんという背徳空間!
そこにはデザートビュッフェと言っても過言ではない光景があった。
「うふふ、張り切っちゃった」
さまざまな焼き菓子に目を奪われていると、振り返ったお母さんの手にはホールのガトーショコラ。
素晴らしい!
お母さんが、三人揃って目がハートになっただろう私たちの手に種類の違うホールケーキを載せていく。
「大皿が少し重いのはごめんなさいね」
いえまったく問題ありません。そんな筋トレならば喜んで。
そうして何度か往復し、全て運び終え再び並んだ焼き菓子のその光景にまた感動していると、ネルとアンにそれぞれ左右の手を引かれながらリオさんがやって来た。
……休日の若いお父さんみたい。
「さっきはごめんねゾーイさん。寝間着はさすがに恥ずかしくて」
あ、さっきのはパジャマだったのか。我が家にユーイン王子と来る時の服になったリオさんは苦笑。「ひげも剃りたかったな~」とネルとアンを見下ろす。
「もう見つけたから!」
「ひげ〜!」
はいはいと笑顔でネルとアンを席へエスコートするリオさん。テーブルに並んだお菓子たちに、瞬時に二人の視線は釘付け。その可愛さに思わず顔面がゆるむ。
「はい、ゾーイさんも」
ほのぼのしたまま立っていたのは私だけになっていた。リオさんが椅子の背もたれに手を置きながら私を呼ぶ。少し慌ててその席に座ると、リオさんは隣の椅子へ。でも座らずにナイフを手にした。あれ?
「どれから切り分けますか?」
「もちろんマリッタ最高傑作のガトーショコラよ」
「あ、私が」
「いいのいいのゾーイさん、家にいる時は俺の担当なんだ」
「でも」
「そうよゾーイちゃん、リオにやらせておいて」
「リオは密談の時のお茶汲み小僧なの。練習させておかないとね」
「だから、ゾーイさんたちの前でそういう危ない単語を出さないでもらえます?」
「お茶汲み小僧のどこが危ないのかしら」
「この……!」
「オーっほほほほっ!この私に何を言うつもり?」
「くっ!公私混同!」
「公式職業お茶汲み小僧よ真実を認めなさいなオホホのホーッ!」
「ほんっと!もう!なんなのこの人!」
……仲良いなぁ……そして王妃も裏ではやっぱりただの人なんだなぁ……ちょっと圧が強いけど。
そんなやり取りをしながらもリオさんはガトーショコラを小さめに等分し一切れずつ取り分けてくれた。その手付きは王妃との会話の間も何もないかのようにスムーズで、目の前に来たガトーショコラに感動しているうちに他のケーキも切り終えていた。
「ケーキもお茶もお代わりは遠慮なくどうぞ。はい、召し上がれ〜」
リオさんのお母さんがポンと手を叩くと王妃とリオさんの言い合いが止まった。
「「「「「 いただきます!」」」」」
今回ネルは私の隣で一人で食べさせて見守り、アンは王妃の隣で手ずから食べさせてもらう。
その一口を食べた顔が……!
てっきり蕩けると思っていたのに、どこかのスナイパーの様にめっちゃキリッとした。二人とも。
それをしっかと見た私たちは全員手で口を押さえた。
リオさんの方から「ぶふっ」と聞こえ、口を開けてキリリと次を待っているアンにケーキを差し出す王妃の手は少々震え、リオさんのお母さんはすっかり後ろを向き、ネルが真剣な顔でフォークを使う姿にソフィアとエラと私は自分の分が食べられない。
なんという癒やし空間。
チョコすげえ。




