あ ひげ
王家の馬車に乗るのは二度目。前世の自動車と比べると酔いそうにはなるが、一般的な乗り合い馬車より格段に快適である。
ゴムタイヤの開発をしてほしいところだが、車輪に使えるくらいの産業になると、色々と心配が先立つ。すでに鉄はあるし。鎧や武器はまあ歴史的に仕方ないとして、鍋とか調理道具のような生活必需品も鉄製だ。さすがに今さら土器で調理するのはキツイ。
きっとこのくらいのちょっとだけ便利な文化が地球には優しいんだろうな。
そんな不便な世界でも、ネルとアンは窓から見える景色に大騒ぎだ。裏路地か商店街しか知らない二人は貴族街のキラキラしさに興味津々。二人とも立つと危ないので、ネルは私の、アンは王妃の膝の上。
「汚れてもいいように乗馬用の服なのよ」
と言われてしまえば遠慮するのも失礼なので、私たちの精神安定のために見てみぬふりしかない。アン、靴を脱いでてもあまり立たないであげて。君の足は小さいから重みがピンポイントなのよ。油断するとめっちゃ痛いの。マジで。
一応お忍びらしいので比較的人通りの少ない道を選んでいるようだが、お城に続く道なんて人目がないわけがない。幼年組と反対側の窓は閉めたままだ。ソフィアとエラには申し訳ない。が、二人ともはしゃぐチビっ子に和んでいるようである。ほっ。
そんなこんなでハラハラ和みつつ、お城に到着。建物の巨大さに私たちは声も出ない。かつて通っていた学園よりデカい。あれだけはしゃいでいたネルとアンはすっかり大人しくなり、ネルは私の服をこっそり握っていた。よしよし、大丈夫よ。たぶん……
馬車は正門を通り、そのままお城にそって左側、おそらく西側を迂回し奥へと進む。途中に二度、門番付きの門を通り抜けると、お城の影が届かないぎりぎり日当たりのいい所に木造の平屋があった。
庭師の道具置き場にしては大きい。長屋のようにも見えるし、外作業をする人達の寮だろうか。
「ここは前国王夫妻の私的な場所よ。離宮というには簡素だけれど見た目のわりに部屋数は多いから、色々と時々使わせてもらっているの」
前国王夫妻の私的な場所を現王妃が使用する理由を知るのが怖いんですが。
そんな私の焦りなど気にされることもなく、馬車は停まってしまった。
いよいよ動悸が激しくなる。
あれこれと意識を逸らしてみたけれど、リオさんの具合はどうなんだろう。
平民の私に看病させようとしてるくらいだ、たいしたことない可能性は高い。ネルとアンも連れてきたし、空気感染するような病気ではないと思われる。
馬車のドアが開かれ、まずは私が護衛さんに手を借りつつ降りる。
馬車止めから平屋まで石畳が敷かれているが、そこ以外は土がそのままだ。庭には植木が何種類もあり、花壇は色んな花が咲き乱れている。そして花壇の向こうにはまさかの畑。なんだここ。お城の敷地内だよね?
混乱でさらに現実逃避をしそうになった時、平屋の扉が開いて誰かが出てきた。
「あれ……ゾーイさん」
扉の取手に手をかけたまま、いつもよりラフな格好の、それこそ休日の街の住人のような姿の、なぜか片手に小さなザルを持ったリオさんが呟いた。
ネルとアンが馬車を降りるのを手伝いもせず、リオさんのそばまで行き、まだ呆気にとられているような顔を見上げる。あ。ひげ。
「リオさん、熱があると聞きました、起きて大丈夫なんですか?」
リオさんがじっと見下ろしてくる。と、
「ん?……本物?」
「はい、ゾーイです」
「う、ぎゃあっ!?なんでゾーイさん!?」
「ご迷惑でしょうがお世話しに来ました」
「なんの!?いや俺こんな格好だし!嘘だろ!退却!」
あっという間に扉を閉められた。
想像していた真反対の状態のリオさんに安心しつつも明らかな拒絶に落ち込み、閉じられたまま動く気配のない扉に途方に暮れていると、隣に王妃が来てあっさりと開けた。
「ふむ、体は思っていたより回復したみたいね。でも頭はまだぼんやりしているようだわ。ネル、アン、この家の中からリオを探してきてちょうだい」
「リオさんかくれんぼ?」
「そうよ。リオを見つけて連れてきてね」
「わかった!いこ!アン!」
「あい!」
リオさんどこ〜?と手を繋いでテッテケ走っていく二人に、あとで家の中を走らないように注意しないと。
「ごめんなさいね。遅い思春期が来たみたいで、ふふふ」
思春期?
いやでもまあ病み上がりの寝起きなんて知り合いに見られるの嫌だよね……急に近寄ったのは失敗だったな……
それよりも。
「あの、リオさん、お元気そうでしたが……」
「みたいね。昨夜まで熱でうなされていたのに、若いってすごいわね」
ケロリとした王妃のあとについて、日当たりのいい部屋に入ると、すでにお茶の用意がされていた。先に座った王妃に促され私たちが席に着くと、侍女さんが一人、お湯を持って来て、そのまま手際よくお茶を淹れてくれた。
ていうか、王妃がリオさんのうなされている様子を見た?
「リオの熱はすっかり下がったの?」
王妃が侍女さんに聞くと侍女さんはカップを差し出しながら苦笑した。
「朝には微熱まで下がりました。食欲はまだ戻らないので寝てるように言ったのですが、少し体を動かしたいと言われて。仕方がないので卵を取りに行ってもらうところでした」
「あら、じゃあ私が代わりに行くわ」
「お客様がいらしているのに何をおっしゃいます。卵なんて散歩の口実ですよ」
「料理に使うのではないの?」
「全て準備済みです」
ずいぶんと王妃と気安い侍女さんだ。ベテランの風格を感じるが、二人の年齢は近そう。近い人と仲が良いならなによりだ。卵を取りに行こうとする王妃のことはスルー。規格外のことにツッコむ余裕がない。
「ネルとアンが戻って来てからと思ったけれど、先に紹介するわ。私の侍女でリオの母親よ」
ひゅっ、と喉が鳴った。
「はじめまして。いつもリオがお世話になっております」
「ふふふ」
ふふふて……
いやもう、王妃様の悪戯が私の命を脅かしまくりなんですが。




