よしよし
「ですがお姉様たちのお世話が!」
うん、確かに手の掛かる私たちだけど、人間、自分でできることはたくさんあるって。
約二時間に及ぶお説教でお母様と妹ソフィアをフラフラにして寝かしつけ、戻ってエラの今後の生活計画を話し出したら絶賛反抗期に突入。なぜ?
「まあ、落ち着きなさいって」
反抗期というより、ただ学園に行きたくなくて必死なのかな?
イヤイヤ期のエラって新鮮だわー。元執事さんに見せたいわー。
「私たちはお馬鹿で末端貴族だから婚約の打診も全く無かったの。一応休学扱いになってはいるけど、そういう意味で戻っても益はないし、そろそろ退学処理されているでしょう」
休学の基本期間は半年だから、更新無しの1年はさすがに待ってくれないでしょう。休学中も何割か授業料を納めなければならないけど、未納だし。
特に仲の良い友達もいなかったし、教師たちの受けも良くないし、そんな所に戻るってなかなかなメンタルじゃない?
「ではせめてソフィアお姉様と一緒に通わせて、」
「エラ。あなたが学園に通う蓄えはあるけれど、私たちの分は私たちがすっかりと使ってしまったの」
「じゃあ!私が通う理由は、」
「あります」
エラの眉間にシワが寄る。シワが寄っても美人ね~。
「お義父様の思いよ」
エラが息を飲んだ。そして、ゆるゆると椅子に腰を下ろした。
「お義父様は現在行方不明でこの間会った元執事さんにも決定的な情報はまだ入っていない」
なんてひどい現実だろう。それでもエラは取り乱す素振りも見せない。私たちを頼りにしているのなら、私たちはエラをきちんと育てなければ。
そしてなにより、
「お義父様はエラをとても大事にしているわ。だって私たち、その事にも嫉妬したもの」
エラはのろのろと俯いていた顔を上げると、呆然と見つめてきた。
おやおや。
「気づいていなかった?」
「……はい……お父様は……いつも……仕事で……」
今だから私も分かったけれど、お義父様はエラに不自由させないために仕事をしていたせいで、エラを構う時間がほとんど無かった。
やっぱり元執事さんに聞いた事だけど、お義父様の部屋の机の引き出しにはエラのお絵かき、小さい時に好きだった本、学園の成績表、使用人たちが日誌として毎日持ち回りで書いていた『エラ日記』が入っているという。
愛だね~。
お義父様が帰って来たら私ら殺されるかもね。ははは……
それまでに手に職をつけて逃げよう!
「学園で教育を受けたからと、それが必ずしも全て役立つとは限らない。けれど、エラは学んだ事を充分に活かせるわ。少なくとも私はそう思っている」
お義父様の部屋からこっそり拝借してきた『エラ日記 その1』をそっと出す。
戸惑うエラに微笑みで見てごらんと促す。
そして1ページ目を読んだエラは、静かに涙を流した。
2ページ目、3ページ目とめくるにつれ、嗚咽がもれる。
B5サイズ程度の革張りの日誌には、その使用人によって書き方はまちまちだが、その日のエラが何をしたかわりと細かく書いてある。日誌の1ページの上半分が使用人の書き込み欄で、下半分がお義父様のコメント欄。
ページの下半分にはびっっっしりと、エラへの称賛が書いてある。チラ見しただけで引くレベル。
ここまで毎日書く時間があるならエラと遊べよと思わなくもないが、それがお義父様の仕事なのである。気の毒に思わなくもない。社長大変。
でまあ、何かある度にエラの将来が楽しみだと書いてあるわけで。
……逃亡計画を確実なものにしなくては……!!
じゃなくて。
「ほら。お義父様がエラをこんなに信じているのだもの」
少しだけ、羨ましいと気持ちを込めて言うと、ちゃんと伝わったのかエラは泣き笑いになった。そして号泣。
抱き締めるとしがみつかれ、エラはしばらく大きな声で泣き続けた。
よしよし。