エラから後光が!
「さて。お前たちは本気で借金を返す気があるのか?」
エラの想いを見届けるために何がなんでも商会にしがみつく気ではいたけれど、社長の眼力に早々に砕け散りそうである。
執務室に呼ばれたのは私とソフィアとお母様。
ウォーレンさんとエルマーさんを従え、執務机から私を目だけで見上げるお義父様。ひいぃ……
「も、もちろんです」
一応、家長代理はお母様だが仕切っているのは私である。階段落ちからの変化をウォーレンさんから伝えられていたお義父様は私を見つめたまま、大きく息を吐いた。
「これだけの技術があるならもっと稼げるはずだったのに、世間知らずは損するばかりだな」
んん?
「賃金以上の働きをするな。市場が荒れる」
あれ……苦笑?
「ロールパンも取引価格をもっと吹っかけられたんじゃないのか?」
んん?褒められているのかしら。
「で、でも、あまり高価にすると今度は庶民が買えません。現在の小売価格も庶民には毎日買うには高いですし、なにより売れ残りほど小売店にとって無駄なものはありません。貴族はそもそもこちらの商店街には行きませんし、それに元々はエラのお弁当用に作ったものなので……」
「べんとう?」
「はい。それに、タスタット商会の名前を使ったとしても、私たちではどこの商人も相手にしてはくれないでしょう」
「……まあ、そうか」
「ウォーレンさんが奔走してくださったから、私たちはここにとどまることができました。そして、商店街の皆さんの協力を得られたから生活できています」
エラのかわりに商店街に行くようになった頃は嫌な顔をされたけれど、それでも客として扱ってくれた。頭を下げれば、渋々でも助けてくれた。
それはエラのおかげだし、タスタット商会のおかげでもあるし、そして商人たちの心意気だ。
貴族の血の他に何も持っていない私たちが生活できているのは、みんなのおかげ。
「従業員の皆さんが戻られたならば、私は下働きをします。といっても今は掃除と簡単な炊事とお使い程度しかできませんが、皆さんが少しでも快適に仕事ができるように頑張ります。できることなら何でもします。どうぞ、このまま置いていただけますようお願い申し上げます」
「わ、私もお願い申し上げますっ」
私がお義父様に向かって腰を折ると、隣のソフィアも頭を下げた。お母様も「お願いいたします」と腰を折る。
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がったお義父様はそのままお母様の手を取り、私たちにも直るように促した。
……お義父様のお母様ファーストがすごい……ウォーレンさんとエルマーさんが呆れてるし……
「わかったわかった。エラと従業員への態度及び事業への手出しについての処遇は俺に一任でいいんだな、ゾーイ、ソフィア?」
「はい」
「は、はい」
「よし。エルマー、ウォーレン、聞いたな? ローザもいいな?」
ウォーレンさんとエルマーさんは軽く頷いたが、お母様は言いよどむ。お義父様は苦笑すると「娘たちに無体なことはしないよ」と言った。
しかしお母様はお義父様へ「私にも罰を」と見つめた。
「なし崩し的に許されたような雰囲気ですが、守られるべきはタスタット商会です」
「そうだ。が、ローザのおかげで商会は貴族とも関わりやすくなった」
「そんな吹けば飛ぶようなものは功績に成りえません。婚姻がなくともタスタット商会の勢いにはなんら関係のなかったことかと。……それなのに、エラを、従業員を不当に扱った、それは私も同じです」
お義父様はお母様を見つめ、ふと視線を上げた。その先にはドアの隙間から部屋を覗いていたエラが。
どうやらネルとアンも一緒に覗いていたらしく、ドタバタと音がした。あらま。
苦笑したお義父様が手招きすると、三人は手を繋いでおずおずと執務室に入ってきた。
「エラは何かあるか?」
どこから聞いていたかの確認はせずに、お義父様は答えだけをきく。エラは見つかったのが恥ずかしいのか、微かに頬を染めて私たちと目を合わせた後に、スッとお義父様へと姿勢を正した。
「お母様とお姉様たちに望むのは、ずっとこの先も私のお母様とお姉様でいてほしいことだけです」
エラから後光が!
「できるなら商会のみんなとも、ネルとアンとも、ずっと仲良く暮らしたいです」
うんうん、エラを嫁に出すまで一緒にいたい。なんならネルとアンの嫁入りも見届けたいし、もちろんソフィアのウエディングドレスの刺繍もしたい。
ああ、やりたいことばかりだ。
できることはやるし、できそうなこともできるようになる。
だから。
「うん、わかった。だから俺に一任してくれ。なんだよ、俺がいない間にすっかり仲良くなりやがって、妬くぞ」
お義父様は微笑むと、次の瞬間にはツンと唇を尖らせた。
「オッサンがしてもかわいくないぞー」
「まったく、いつまで子どものつもりですか」
エルマーさんとウォーレンさんが呆れたようにツッコむ。
「ふん。ウォーレン、今月中に全員呼び戻すように」
「畏まりました」
「エルマー、事業計画の練り直しだ」
「畏まりました」
二人に指示を出すとお義父様は私たちに両手を広げた。
「さあ、とりあえず今はお前たちが引き受けた仕事をきっちりと片付けてくれ。内職だろうとタスタット商会の名に恥じないようにな。何をやってもらうかはその後だ」
にやりとするお義父様にエラが抱きついた。
ああ、お義父様たちとこんな雰囲気になれるなんて。
ここに来たばかりの頃の私たちに教えてあげたい。




