なん!にも!ありません!
ポルンさんの正体にかなり驚いた。乾物屋の前々主としても辣腕をふるったらしいが、情報屋としてもかなりベテランらしい。
「出張前後にはいつもポルン婆から情報を買うんだが、新しい情報は無かったんだ」
だから出先で子爵の名前が出たのがやたらと気になったと言うお義父様とエルマーさん。
「外務が動いているのをポルン婆が知らんわけがない。とうとう耄碌したか……?」
「おいモーリスめったな事を言うな。情報を買えなくなったらどうするんだ。俺はポルン婆の地獄耳の検証をする気はないぞ」
「いや俺もしない。絶対しない。今のなし」
お義父様とエルマーさんのポルンさんへの信頼の仕方が悪ガキみたい。なんだか和むなぁ。
と、ソフィアがちょんちょんと袖を引いてきた。
「お姉様、薬物はお義父様の今回の出張後に国内に出回ったのでしょうか」
ランプの方をちらりと見ながらソフィアが言う。確かにそれだとしてもネルの話との時差は少ない気もする。
「そうね……そうなのかもしれない。イングリアス国でどの程度広がっているのか教えてもらえなかったけど、西の国々で見つかっていないって言ってたし」
お義父様とエルマーさんはそれぞれ腕を組んで考え込む姿勢になった。
「反勢力……」
「いやモーリス、今イングリアス国を乱そうとする貴族はいないし、タスタット商会以上の若手商会の台頭もなかった。俺たちが拐われている間に急成長した商会の話がお嬢様たちから出なかったということは、ウォーレンさんがその線はないと判断したからだ」
「わかっている。それでもだ。子爵だって大人しくしていればそれなりに自領を統治できていたんだ。唆した、又は引き入れたのは誰だ……外国か?」
「うーん……周辺国のどこかなら薬が出回る前に何か動きがあったはずだ。それなら商人が動かないわけがない」
「それにだいたいの国がまだ婚約者がいないうちの王太子を狙って娘を揃えている。その足の引っ張り合いでイングリアス国に影響を出す理由もない。ああクソ、今ここにウォーレンがいればなぁ」
「じゃあやっぱりここから出ないと、だな」
とりあえず、私たちの誘拐をリオさんたちは確認したはずなので大人しく待っていても助けは来るとお義父様たちは言ってくれた。
……このままリオさん恋人説も流してくれ……
「んで、ゾーイの話はどこまで進んでるんだったっけ?」
「なん!にも!ありません!」
「またまた〜」
「お姉様ったら〜」
思っただけでもヤブヘビかよ!?
このやり取りまだ続くの!?
「にしても、娘の恋人に初めて会うのがこの格好ってのがなあ」
「まあそれは諦めろ」
「大丈夫ですわお義父様。お姉様もリオさんもお互いしか見てませんから」
「……それはそれで少し腹立たしい」
「お前は文句しかないのか。面倒な父親だな」
「うるさい」
「お義父様、お姉様の結婚式用のドレスには私も刺繍してもよろしいですか?」
は!?なんの話なのソフィア!?
「お、なんだソフィア、刺繍なんてしてたのか?」
「はい。今、お母様とお姉様にエラと共に習っているところです。まだ拙いですけれど、お姉様のウェディングドレスには絶対刺繍をさせて欲しいです!」
「ソフィアお嬢様、なんだか変わりましたね〜」
「ははは、ずいぶんと意欲的になったな。そうか、エラも一緒か。いいぞ、最高級の糸を用意しよう」
「あ……とりあえずまだ普通の糸で……」
「いい、いい。そういうのは早くから良いものに触れて慣れた方がいいんだよソフィア。エラも戸惑うだろうが一緒にやってくれ」
「慣れるのは本当ですよソフィアお嬢様。遠慮なさらず」
「そうなのですね……もったいないですが、ありがとうございます! お姉様、早く刺繍が上達するように頑張りますね!」
うん……だからさ……私の話を聞いてよ……頼むよ……
やけっぱちな気分で三人の和気あいあいとした会話を流していると、お母様が目覚めた。
声をかける間もなく上半身を起こしたお母様は、私とソフィアをお義父様たちの方へ押し、自身も私たちの方へ少し下がり、そしてドアを見据えた。
何ごとかとドキドキしてると、ドアの向こうから足音が近づいて来るのが聞こえた。
お母様とお義父様たちの背中を見ながら、さらにソフィアを背後に庇う。ソフィアは守る。
私の緊張が高まるなか、解錠音の後になんの躊躇いもなくドアが開き、ランプを持った子爵と馭者が現れた。
その余裕の表情からリオさんたちはまだ来ていないと予想。お義父様もそう思ったのだろう、舌打ちが聞こえた。
「最後の家族団らんは終わったか?」
にたりと子爵が笑う。
ああ、なんて醜悪な表情だろう。
こんな奴の血を受け継いでいるかと思うとゾッとするが、ふと、エラをいじめていた私の顔もきっとこうだったのだろうと気づいた。
ああ、エラ。
あなたに、どうやって、何を、償えるのだろう。




