……ふええええっ!
お母様がまだ眠っているので、お義父様たちが移動してきてくれた。エルマーさんに支えられたままだが、お義父様の隈はさっきまでと比べてかなり薄くなっていた。口調もはっきりしている。
こんなに回復するんだ……なんて恐ろしい薬だろう。
「中毒に解毒薬はない。完治するにはとにかく原因から遠ざからなければならない。性行為が正しい解毒なら、エルマーの体調は完全に戻っているはずだ。そうでないのは食事が足りないのもあるとは思うが」
お義父様は言い切った。それでもこれだけ顔色が良くなったのだから、そうと思ってしまう。しかしエルマーさんはお義父様に同意した。
「まあそうだな。正気を保っていられる間隔は短くなっている」
「だろう。とにかくここから脱出しなければだが、ウォーレンがここを探し当てていないとは、意外とやるなあの子爵」
「交友関係が狭いのが良かったんだろ」
「小物らしく大した交友関係ではないくせにな」
実父ながら小物とこき下ろされても何も悔しくない。こんな状況で子爵を庇うなんて気持ちはこれっぽっちもない。
「それはそれとして、黒幕はともかく、薬の出どころはヴォレリア国だな」
「断定かよモーリス。でもまあそうだろうな。こと媚薬系ではヴォレリア国が独占だしな」
ヴォレリア国が独占。他国の可能性はないのだろうか。
お義父様とエルマーさんの会話は続く。
「媚薬もそうだが、この匂いだ。ヴォレリア国の高地にしかない花だな」
「……原料がわからんから媚薬だと言うのに……お前よく嗅ぎ分けられたな」
「俺は金の事なら鼻が利くと知ってるくせに、娘たちの前でわざわざ言うな。それはそうと高地の花はヴォレリア国が厳しく管理していて盗むのも難しいと聞いたぞ。試しに一輪分の金額を聞いたら商会の一年分の売上げが消えそうだった」
「嘘だろ!?」
「まあ当時の俺はまだ駆け出しだったしな、吹っ掛けられたとは思うが冗談ではない雰囲気だった」
「……どこでその匂いを覚えたのか気になるがまずはいい。となると、ますます子爵が手に入れた経緯が謎だ」
「そうだな。子爵が吐けば済むが、後妻もどこに繋がっているかだ」
「う〜ん、薬物ならポルン婆に聞けばいいんだが……」
「あの婆さん、エルマーにしか懐かないのは何なんだ」
「顔」
「クソが。ウォーレンだって男前だろうが」
「だよね〜。でも俺がウォーレンさんよりモテるのはポルン婆だけだよ、悔しいね~」
眉根を寄せるお義父様とは反対に、まったく悔しくなさそうに朗らかに笑うエルマーさん。
というか意外な人物の名前に驚く。
「あの、ポルンさんて乾物屋のお婆さんですよね?」
途端、二人がぽかんとした。しまった、お義父様たちの考察を遮ってしまった。ここで聞くとは思っていなかった知り合いの名前が出たからつい口にしちゃった。
「ゾーイ……ポルン婆を知ってるのか?」
恐る恐るとお義父様に聞かれると、知っていてはいけない人だったのかとビビる。
「え、と、はい。乾物屋さんでハーブの事を色々聞くうちにお婆さんが相手をしてくださるようになりました……よ?」
「ハーブ!?はあ!?俺が話しかけてもピクリとも動かない上にエルマーと行っても俺やウォーレンを完全無視なのに!ゾーイの相手!? はー!わからん!あのババアの気の引き方がさっぱりわからん!」
お義父様は両手でガシガシと頭を掻く。うわ、こんな時になんだけどフケがすごい。エルマーさんも思わずという感じで「うわ!」とお義父様から少し離れた。
しかし、お義父様にこんな風に言われるポルンさんはどんな人なんだろう。私には色んなハーブの使い方を教えてくれる優しいお婆ちゃんなんだけどな。いつも大きなスカーフを被っていて、小柄な体型も相まって見た目も可愛いし。
「すごいですねゾーイお嬢様。ポルン婆と会話が成立するなんて」
唸るお義父様を無視してエルマーさんが感心したように言った。
「えぇと……普通のお婆さんですよね? それとも私の人違いかも……」
「いえいえ合ってますよ。乾物屋の置き物と有名なポルン婆ですよ」
置き物って……まぁ確かに乾物屋に通うようになっても二週間は棚の陰に座っていることに全然気付かなくて、話しかけられた時に悲鳴をあげたっけ。
それを話すとエルマーさんは微笑んだ。口もとに人差し指を立てて。
「情報屋なんですよ、ポルン婆。薬物関連は特に詳しいんです」
……ふええええっ!




