はー、そーですかー、だ
見覚えのない厳つい使用人を馭者にして、幌馬車で子爵がやって来た。
……今日の衣装も残念ですねお父様。せっかくの服が……組み合わせが……あ、私の服のセンスってお父様が元だったんじゃないの?だってこのごちゃごちゃ感がさ。
「お待ちしておりました。どうぞお入りください」
お母様を先頭に私とソフィアも腰を折り、そしてすぐに玄関扉を観音開きにする。
「うむ。運んでくれ」
「へーい」
使用人服を少し着崩した馭者は幌馬車の後ろから巻かれた状態の大きな織物をひとつ担いで家に入った。
でかっ!
そのまま立てたらこの馭者より大きいだろう。私が想定してたよりずいぶんと大きい。てっきり玄関マットかリビングラグ程度だと思っていたのに。
扉を押さえながら見た感じでは絨毯のよう。触り心地は良さそうだ。広げてみないとなんとも言えないけど、品質は私には専門外だし、予定通り黙っておこう。
馭者は結局三つの織物を家に運びこんだ。
予定通りウォーレンさんの隠れた作業台に織物は置かれた。
子爵の無駄な自慢が始まりそうだったのを「広げていただいても?」とお母様がぶった切る。舌打ちをした子爵は馭者に広げさせ、その間に自慢を始めた。
それらを聞き流しながらお母様は広げられた織物を隅々まで見たり、一部を触ってみたり。
「裏も見せていただいても?」
また大きく舌打ちをした子爵の合図で馭者が織物を裏返す。作業台がひっくり返ったらウォーレンさんが見つかって大変なので、私とソフィアもそれを手伝う。
この時に馭者がにやりとソフィアを見た。
最近ソフィアは少しずつ痩せ始め、服も少しずつお直ししている。が、胸は残ったままである。
はいアウトー!やっぱりな!正直か!
馭者がソフィアに近づき過ぎないような位置取りをしつつ、巻いてよけて、次のを広げて裏返して。
……ウォーレンさん、見えたかな?
とにかくこれで品物チェックは終わり。
ソフィアがお茶を淹れに台所へ行き、子爵とお母様は別に用意したテーブルと椅子に向かい合って座り、私と馭者はそれぞれの主の後ろに立つ。
茶器を持ったソフィアが「失礼します」とテーブルに置き、そのまま目の前で子爵とお母様のカップに注ぐと、まず子爵の方へ差し出す。
その様子をじっとりと見つめるオッサンズ。
お前もか父よ。キモ。
「今日お持ちいただいた物は、我が家に置いていてもよろしいのでしょうか」
ソフィアが私の隣に落ち着くとお母様がカップに手を伸ばす。一口だけ含みカップを置くと、子爵もカップに手を伸ばした。
「ああ。中古物のなかでも良い物だからな。見本にもなるだろう」
中古。新品や上物を欲しい客は子爵に紹介しろってことね。
「ありがとうございます。先ほどのお話ではヴォレリア国の物と仰っていましたが、ヴォレリア国の産業は香水だけではなかったのですね。前に奥様から香水の事をお聞きしましたのでその印象しかありませんでしたわ」
「あ、ああ。香水の方が有名だが、織物にも力を入れたいそうだ」
ふうん。今の動揺は私の思い込みがそう見せたのだろうか。
「私と違い、奥様はずいぶんと頼りになりますわね。踊り子とばかり思っていましたが、どこかの大店と繋がりがありましたのね。もしやお嬢様でしたの?」
「いや、踊り子としての伝手だそうだ。美しいとはそれだけで有利だな」
嫌味ったらしくにやりとする子爵。
はー、そーですかー、だ。あんたの元妻はいま王妃のお供を仰せつかってますよー。
それを知らずにいるのか、知っていてここに来ているのか。まあ、どこかのお坊ちゃまが定期的に来ている、というのをご近所に隠してはいないので、私たちを足がかりにお坊ちゃまへ繋げたいのか。
「そういえばここの娘はどうした。姿が見えないようだが」
さっきからチラチラと動いていた視線はエラを探していたのか。
「あの娘には夕方までの用事を言い付けました。せっかくの私たちの親子水入らずの時間ですしね」
お母様が私たちに微笑み、私とソフィアも微笑み返す。そのまま子爵に視線を向ける。
「ははは、それもそうだな。巷では美しいと評判だったからな、どんなものかと思っただけだ」
なぜか機嫌が良くなった子爵は再びカップを持ち上げるとグビグビと飲んだ。うーわ。
と同時に、馭者が移動してきてソフィアを拘束。
は?
お母様が立ち上がった。
「おっと、それ以上動くな。娘の首が折れるぜ?」
真っ青なソフィアの首には馭者の太い腕がある。
「さあ、織物を広げて包まれろ。まずはローザ、お前からだ」
「これは……どういう事でしょう?」
お母様が震える声で子爵に訊ねると、子爵はニヤリと笑った。
「お前たちは織物以外の商品になる、それだけだ」
「ぐぅっ!」
「ソフィア!」
ソフィアの苦しげな声に足が震えだす。
「……人身売買も始められたのですか?」
「ヴォレリアでは普通の商売だ」
「……なるほど」
「さあ、怪我は少ない方がお互いにいいだろう?そのために良い方の織物を持ってきたのだからな」
冷静に会話をしているお母様の声も若干震えている。が、振り返ったお母様の目には力があった。
「ゾーイ、やりましょう」
「は、はい」
子爵の指示どおり、三枚の織り物を床に敷き、横になったお母様を巻いていく。そして私は子爵に巻かれ、すぐにソフィアも巻かれたようだった。
ううぅ、こんな状態であれだけど、ソフィアが変にいたずらされなくて良かった……!




