「はい。必ず」
薬物繋がりとしても国で追っている黒幕までわかるわけがない。子爵から微かな尻尾を掴みたい。あんな上から目線の態度なら、私たちにはポロッとなにかしらの情報をこぼすだろう。お母様も私もそう思っている。
「いい?ネルとアンはエラから離れないこと。そしてウォーレンさんがいいと言うまで声を出さないこと」
「はい!」
「あい!」
朝。いつもよりも一時間も早く朝食を取る。ウォーレンさんも早朝に来てくれて、一緒に食べられるとわかったネルとアン、エラは大喜びだ。
そして食べながら最終打ち合わせ。
とにかく食べて脳に糖分を与えて考えることを止めないようにしなければならない。
とは意気込んでいても、あっさりと商談が済むかもしれない。その場合でも、ウォーレンさんの目利きが終わるまでの時間稼ぎはしないとね。
そのためにいつもの作業台を改造。といっても天板に隙間を作っただけだけど。足元も見えないように板で囲む。ここにウォーレンさんに隠れてもらい、テーブルに乗せられた織物を確認してもらう。
織物は広げた状態での確認が通常らしいので、もし広げることを断ったらそれは偽物か、半分がひどい状態の詐欺になる、らしい。
少なくともここイングリアス国では室内での現物交渉が主流なので、外で交渉し始めたらもうアウト。よっぽどの長い付き合いで信用がなければ初物交渉で戸外はまずアウトらしい。
まあ、我が家に置く予定で持って来る物だし、室内には入れるだろう。だけど持って帰る可能性も高いので、後でじっくり見られない時のためにウォーレンさんに潜んでもらう。
で、偽物でも本物でも、帰りはリオさんたちが子爵を尾行することになっている。
どうやら子爵家は本当に織物の売買を始めていたそうだ。ただまだ規模は小さく、知人にすすめている程度らしい。
リオさんたちにも朝食をすすめたが断られた。
「ごめんね、本当はものすごく食べたいんだけど、こういう時は携帯食って決められているんだ」
ああそうか。任務中に食べ過ぎたり、うっかり食あたりなんか起こしたら大変だもんね。
尾行のために騎士服ではなく平民服のリオさんは指で自分の鼻先を指した。
「それにちょっと空腹くらいが匂いに敏感になれるんだよ」
なるほど。
リオさんたちには子爵からの匂いの確認もある。先日のお母様の告発から子爵家にも見張りがついているけど、子爵家ではまだ特に目立った動きはないそうだ。
気合いと不安ばかりで緊張が続くが、妹たちを守ることが第一だ。罪があればそれを暴くのはウォーレンさんとリオさんたちで、罰を判断するのはリオさんたちだ。
私たちは上手くできなくても構わない。大丈夫大丈夫。
でもよほどに不安な顔をしていたのだろう、護衛さんと打ち合わせをしていたリオさんが、目が合うとこちらに来た。
「緊張してる?」
「……とっても」
「じゃあ、今日を無事に過ごせたらみんなでケーキでも食べに行こうか。お兄さんが奢っちゃうよ」
「え」
いつものにこやかな顔でなんという誘惑を。みんなでと言われても無駄にときめいてしまう。奢りの部分にときめいたわけではないよね、私?
「他のものでもいいし行きたいお店があるならそこにしよう。奮発するからさ、」
す、とリオさんの目が真剣味を帯びた。
「もしもの時は俺を呼んでね、ゾーイさん」
それは一瞬で消え、また穏やかな空気が漂ったけれど。
リオさん。勘違いしてしまいそうだよ。リオさんから見た私は守るべき国民でただの保護対象。今日だって私たちの緊張は無駄になってあっさりと商談は終わるかもしれない。
もしもなんてきっと起こらない。緊張をほぐしてくれただけ。
わかってる。でも今日は。
「はい。必ず」
今日だけは。




