「ふーん?」
「きれーな服のおじさんがおかあさんにこむぎこをあげてたの。もっともっとたくさんあったら、クッキー作れたのになぁ……」
私の膝の上に座るネルはクッキーを楽しく作れたようだ。
だからこそ『母親が持っていた白っぽい粉』を思い出したのだろう。
ネルに『こむぎこ』の量をたずねると、ネルの手のひらくらいに折り畳まれた紙に入る程度のようだった。
「おなかがへっても、お母さんはこむぎこをくれなかったよ。でもどこかに行って、かえってくると、ネルにパンをくれたの。このくらいの!」
ネルの小さな両手に乗る程度の小さなパンをひとつ。私を振り返えって嬉しそうに話すネルに涙が込み上げてくる。
「だれかといっしょにパンを作ってたのかな。ネルもてつだったのになぁ」
母を思い出したのか微かにうつむくネル。
そりゃそうだ。遠い昔の話じゃない。最近のことだ。
いたたまれなくなって、そっと抱きしめる。するとネルはくすぐったそうに笑いながら体をよじる。眠くなった時以外に抱きしめられることにまだ慣れない。
「ふふ……ネルには、これからたくさん私たちを手伝ってもらうからね?」
「うん!」
その男は何度かネルたちの前に現れたようだ。数がわからないネルは正確な回数を答えられない。来る度に段々と母が弱っていくので男が嫌いになったという。
「あさになってもお母さんがかえってこないから、さがしに行ったけど、どこにもいなかったの」
元々行き先を知らなかったネルは、母を見つけられず途方にくれた。
「でもねアンがいたんだ! ちいさくてかわいいし、お母さんがかえってくればパンが食べられるから、いっしょにかえったの!」
でも母は帰って来なかった。
お腹がすいたからお店のゴミ箱を漁って食べ物をアンと分けっこした。
何日も続いた。
それでも母は帰って来なかった。
ある日、アンの元気がなくなった。食べ物をほんの少ししか受け付けない。
きれいな食べ物を探したが、そんなものは落ちていなかった。
それでも探していると、市場からいい匂いがした。
「ししょくです」と手にしたそれは、とてもあたたかい。
これならアンも食べられると持って帰ったが、帰りつくまでに冷めてしまった。
でもアンはいつもより少し多く食べた。ネルは残った分を食べた。
いつも拾ってくるものよりずっとずっと柔らかかった。
だから、ぺろりと食べきって困ってしまった。アンが食べられるものだったのに、もうない。
「すみません、ちょっと、お手洗いに……」
家にいる全員でネルの話を聞いていたが、ソフィアが目もとを押さえながら奥に行ってしまった。
「お、お茶のおかわりをお持ちしますね……」
エラが台所に向かうと、僕もとユーイン王子が追いかけた。
王妃、リオさん、ウォーレンさんの眉間にはしわが。
お母様は抱っこしているアンを撫でている。
また振り返ったネルは不思議そうに見上げてきた。
「どうしてゾーイねーさまは泣いてるの?」
「それはね、ネルがとても頑張っていたからよ」
「ふーん?」
この後はユーイン王子が台所から持ってきてくれたクッキーをみんなで食べた。
王妃やウォーレンさんが、手ずからネルとアンにクッキーを食べさせてくれたり、逆に食べてくれたり。
大人たちがやたらに構うのがくすぐったそうな二人。
可愛くて、泣きたくなる。




