……ですよね!
「……美味しいですね」
よし!
入手した情報が少ないからと玄関先で済ませようとしたウォーレンさんは、ネルとアンに手を引かれてしぶしぶ家に入った。
そして作業部屋と化した玄関ホールに愕然とし、チビッ子に誘導されて席に着くと同時に頭を抱えた。
ははは……
王妃にお出しするのと同等の緊張でお茶を淹れる。お義父様に誰よりも多くお茶を出していたのはウォーレンさんだったからね!ド緊張だよ!
そしてもらえた及第点。一気に汗が噴き出した。
お母様とソフィアもウォーレンさんに謝罪をし、とりあえず受けてもらえた。二人が土下座をしようとしたら止められたが。
「女性の土下座はもういいです」
どうやらトラウマになったようだ……すんません。
「では本題です。どうぞ席に着いてください」
ウォーレンさんの声音に何か感じたのか、アンはソフィアに手を伸ばし、ネルは私の傍に来た。それぞれに膝に乗せるとウォーレンさんの頬が少しゆるんだ。
「旦那様の情報はひとつしか入手できていません。オルスト国からパークタ国に抜ける山道で崖下に落ちていた馬車が見つかった事実は変わりませんが、どうやらパークタ国からトゥラン国に向かおうとしていたようです。オルスト国での商談で少しだけ話題になったそうです」
オルスト……パークタ……トゥラン……?
「確か、お義父様の出張先はオルスト国だけでしたよね……?」
「そうです」
「オルスト国とパークタ国には取引先がありましたけど、トゥラン国の商会との繋がりはありませんよね……?」
お母様も失敗したとはいえ経営に首を突っ込んだので、取引先は覚えている。私の発言に頷いてくれた。
ソフィアはぽかんとしているので、お義父様の部屋から地図を持ってこよう。ネルをお母様に預け、ウォーレンさんに断りを入れる。どうせすぐそこだけど。
エラ日記を探すついでに色々と探索したので、地図が収められていた棚はわかる。見つけた時にすぐに複写した。逃げ場所を探すためなのは言うまでもない。
周辺国までの地図だが、一番遠いトゥラン国も入っていたのでそのままテーブルに広げた。
怪訝なウォーレンさんの視線に微妙に汗が出る。
「あ、あの!執務室のものは何ひとつ売ったり捨てたりはしていませんので!……お気になるようでしたらご確認ください」
「では後程」
商会が休業して取引が凍結していても、見る人が見れば執務室は宝の山である。たぶん。そんなもの恐ろしくて売れないって!
私らが買い漁ったものをほとんど売ったのが良かったのか、執務室を狙った泥棒もない。今はたぶん見張りさんたちの睨みも効いているんだろうけど、もう何もないと思われているのだろう。
そこら辺はひとまず置いておいて、地図上で各国の位置、お義父様が予定していた、そして通っただろう道程をウォーレンさんがなぞる。名前の出た三カ国は我がイングリアス国より東にある。
「お義父様はトゥラン国にいるかもしれない……?」
「その可能性はなんとも言えません。ですが今トゥラン国内を調べています」
イングリアス国からトゥラン国に行くにはパークタ国を通るのが一番早い。
オルスト国からもトゥラン国へは行けるが、険しい山に隔てられている。それらに比べればなだらかな山道なので、トゥラン国に行くにはパークタ国を通るのが普通だ。そしてトゥラン国からさらに東に抜ける道はきれいに整備されている。
だからこそトゥラン国は領土が小さいながらも交易で栄えている。らしい。
全部ウォーレンさんが地図を指しながら説明してくれた。
「予定外の商談が持ち上がった……?……でもトゥランに行くならパークタで事足りる気がする……なら、直接行く気になるような商談か噂があった……お義父様がパークタを越えて取引しようとする何か……でも事故はオルストからパークタの間……」
「パークタ方面は商品として新たなものは出てきていません。オルストもですね」
私の疑問は口をついていたようで、ウォーレンさんが答えてくれたことに驚いてしまった。が、ウォーレンさんがさらに続けた言葉に私たちは固まった。
「表向きは」
思わずお母様とソフィアとアイコンタクトを取る。
それをウォーレンさんは不審に思ったのだろう。表情が険しくなった。
その情報は王妃が欲しいものかもしれない。
「ウォーレンさん、そのお話、今ここでしても問題はありませんか……?」
眉間にシワを刻んで、ウォーレンさんはネルとアンをちらりと見た。
「……世間話としても、子供には聞かせたくはないですね」
それは本当に申し訳ない!とんだイレギュラーですよね!二人の可愛さで許してください!
目が合ったからか、二人はウォーレンさんに笑いかけた。二人の小ささにエラの昔を思い出すと言ったウォーレンの目尻が下がる。
……ネルとアンがいて良かった。
「ウォーレンさん、そのお話について今週末にもお時間をください。お義父様に関わる事も大事なのですが、諸事情によりその他にも欲しい情報があります。ただ、私たちは週末以外にその話題を口にすることを禁じられているので、先程仰った表向きではない理由が私たちの欲しい情報かは今確認できません」
ウォーレンさんの眉間のシワが増えた。ううっ!
商人に「情報をくれ、でも後で。今その確認できないから」なんて私でも阿呆かと思う。そんなんで口説かれる商人がいるわけがない。だけど。
「これは、エラも同じです」
人質ではないけれど、ウォーレンさんにとってのジョーカーは私らの方にある。エラが私たちを望まなければこうはならなかったもの。
でもウォーレンさんはお義父様のために動いている。我が家に来たのも無理に捻出してくれた時間かもしれない。エラに会えない時間にわざわざ来てくれたのだから。
「週末にお忙しいのであれば、本日、もう少し時間をください。可能でしょうか?」
ちょっぱやでリオさんを呼んでもらっても、いつ来てもらえるかはわからない。王妃かリオさんがいる時と約束したからには他の人では駄目だ。どうしよう。
「……わかりました。本日は予定がありますので失礼しますが、来週までは情報待ちの状態です。元々は、旦那様はトゥラン国に行こうとしていた、というのを伝えに来ただけですし。週末に改めて参ります」
ゆっくり息を吐いたウォーレンさんは約束をしてくれた。
「ありがとうございます! エラも喜びます!」
微妙な顔をしたウォーレンさんはネルとアンにまた来る事を約束させられ、エラ日記だけがなくなった執務室を確認してから安心して帰っていった。
そうして週末。
エラとネルとアンとユーイン王子と王妃に出迎えられたウォーレンさんは、見ているこちらが可哀想になるほど驚いた。
……ですよね! 重ね重ねすみません!!




