「……あい」
ゆうべは危うく捕まりかけた……
出回っている薬の症状としては麻薬とほぼ同じだが、原料になる植物が違うこと、ドラマで覚えていた使用方法が違うことから私は見逃された。良かったマジで!
自宅で朝焼けを見られたことを強く何かに感謝する。
薬の話はしないように王妃から厳命された。でも王妃かリオさんが家にいる時は例外だそうだ。王妃はともかく……リオさんの役職って、馭者兼護衛じゃないのだろうか。なんとなく重要なポストに就いていそうな気がする。王子にも王妃にも物怖じしないし。でもそういう役職が思い当たらない。
だから性格なんだろうな、と結論。
それを許される信頼関係があるのだろう。私らがリオさんと同じように王族に接したらきっと罰せられる。無礼講の時間は間違えないようにしないと。
バシャバシャといつもよりちょっと乱暴に顔を洗って、今日の分の気合いを入れる。そのまま台所に向かおうとすると、部屋の扉を開けてアンが目をこすりながら立っていた。オシッコかと慌てて駆け寄ると、両手を伸ばしてきた。ぎゅっと抱き上げる。
「おはよう、アン。おトイレ行こうか?」
「ん」
まだ眠いのにオシッコに起きられて偉いね!
エラを見送ったあとに肉屋に向かう。
荷物を置きっぱなしにしてしまったのを今頃思い出した。安く買えたのにもったいない……食べられるところ残ってるかな……
「ゾーイちゃん!」
途中で八百屋の奥さんに抱きつかれた。ふくよかな奥さんの圧にどぎまぎしつつ、抱きしめられるって気持ちいいなぁと遠くを見る。
「昨日はありがとう! みんなが色んな物を持ってきてくれたよ。おかげで今日も仕事ができるよ」
私らが傷野菜を直接農家さんから買うにあたり、損しかないのは八百屋さんである。
なので、一緒に買いに行った奥さんたちには、購入した野菜の値段相当の自宅にあるものを、八百屋さんに分けてあげて欲しいと条件をつけた。ほとんどが商店街の奥さんたちだったから、自分たちにも同じ事が起こった時の仕組みになればと納得してくれた。
「一日店を開けられなくてもすぐにどうこうなる状態じゃなかったけど、助けてもらえたー!って感動した! 農家さんの方もありがとうね。今朝早くに隣の家の荷車を借りられたって野菜を持って来たんだ。借り物だから返すのにすぐ戻っちゃったけど、ゾーイちゃんによろしくって言ってたよ」
あぁ良かった。
「いつも通りに仕事ができるって、ほっとするよ……」
うちは代わりにあげられるものがないので、今日も普通に買い物をするのを八百屋の奥さんに約束。肉屋に寄ってから帰路についた。
「なぜ子供が……」
ネルとアンに玄関外の掃き掃除を教えていると男性の呟き声が聞こえ、振り返るとそこには呆然としたウォーレンさんがいた。
「ウォーレンさん! おはようございます!」
「おはよーござーます!」
「ごじゃーまー」
昨日の今日でやってくるとは! まさに噂をすれば影!
慌てて淑女にあるまじき勢いでお辞儀をしてしまったら、ネルとアンが同じくガバリと挨拶をした。朝の挨拶と言って私たちと一人ずつお辞儀をし合うのが楽しいらしい。朝の新しい癒し!
と、勢いをつけすぎたアンがよろめく。あ!と思った時にはウォーレンさんが受けとめてくれた。
「す!すみません!」
「アン!」
転びかけたアンと膝をついてしまったウォーレンさんに青くなる私と、驚いて青くなったネル。抱き止められたアンはぽかんとしていた。
「……ふふ、エラ様の小さい頃を思い出しますね」
おお!エラにしかしない穏やかな微笑み!
アンの両脇に手をいれて立たせるウォーレンさんは優しいお祖父ちゃんにしか見えない。
「痛いところはないですか?」
「……あい」
「それは良かった。お辞儀はゆっくりするのですよ」
「あい」
「ふふ。いい返事ですね」
……えええ、なにこのほのぼの……褒められて喜ぶアンがめっちゃ可愛いし、ウォーレンさんの穏やか笑顔とセットだともはや尊い……
「アンを助けてくれてありがとー」
ネルがお辞儀をすると、ウォーレンさんは目をさらに細め、アンはネルに抱きついた。
はーもーなんなの鼻血出そう……はっ!
「お助けいただき、ありがとうございました」
とたんに真顔に変わったのはショックだが、ウォーレンさんは膝の汚れを払いながら立ち上がると私をまじまじと見てきた。
「……やはり……変わりましたね」
見透かされるようでドキリとする。でも睨まれてはいないことに少しホッとした。
さあ。
エラが学園に行っている時間なのに来たということは、お義父様について何か掴んだのだろう。直ぐに教えに来てくれて感謝しかない。
玄関扉を開けて、ウォーレンさんを招き入れた。




