…………まじか!
全てを嘘で突き通すには私の頭が足りないし、本当の事を言ってもこの人たちにはたぶん理解できない。いや、理解はできるだろうけれど、スムーズに説明ができなければ説得力は下がる。
営業だったけどアドリブは苦手だった。
とにかく深呼吸!
そしてゆっくりと階段を指さす。
「……以前、あの階段を落ちました。その時に夢を見たのです」
王妃の視線に剣呑な気配が含まれた。しかし話は聞いてくれそう。あざーす!
「その夢で、イングリアス国ではない別な国、今とは別な時代の一人の女として一生を過ごしました」
王妃の眉間にシワが一本入った。ひいいいい!?
お母様や妹たちも不審そう。……ですよねー。
リオさんは特に変化はなかった。……信じられないよね、わかるよ、うん。
「海に囲まれた小さな国で、資源を輸入に頼ってはいましたが国民は高水準な暮らしができていました」
王妃の眉が微かに動いた。
「その国は王政ではなく民主制でした。私が生まれる何百年か前には王政に近い制度でしたが、戦争に負けて民主制に代わりました。王に代わるものとして総理大臣が上に立ち、それは国民の選挙によって選ばれます」
せんきょ……と王妃が呟いた。
「就任任期は決められていましたが、悪政をしいた時は、国民の判断で反乱を起こさずとも罷免できます。という仕組みを国民が知っています」
王妃がぎょっとする。
「国内の全ての子どもには一定期間の教育が課され、畑や商売の手伝いより優先されました。そこで、文字、計算、歴史、文学、芸術、動植物の生態、外国の事、世界で起きている事、様々な事を学びます」
「世界ですって?」
「はい。国ひとつ、大陸ひとつではありません。世界中です。世界地図は平民にも簡単に手に入れることができました」
これにはリオさんも驚いた。貴族とか豪商ですら世界地図なんて持っていない。お義父様の部屋で見つけた地図だって、周辺諸国だけだった。しかも大通りすら描かれていない所もある。
「情報はたくさん開示されていました。地図もそうですが、医療についてもそうです。もちろん、専門家しか理解できないものは秘匿されたりはしましたが、ほとんどの事柄は誰でも知りうる事ができました。こういう症状が出る時はこんな病気の恐れがある、すぐに治療しましょうと。高水準な暮らしができていようと、子どもがか弱いのはこの世界と同じです。そして、他国で流行する病気も知ることはできました」
王妃は真っ直ぐ私を見つめる。
「残念ながら、商家の雇われ下っ端だった私はその世界での医療については詳しくはありません。ですが、それでもこの程度の知識、といえるだけの情報を得ることができました」
情報、と小さく頷く王妃。
「ただ、世界が全く違うここで、孤児にその夢に見た知識が通用するかは賭けでしたが、その時そばにいらしたリオ様は否定されませんでした」
リオさんが頷く。
「夢の中の知識という説明が胡散臭いことは理解していますが、現在の私の身の回りにいる誰からも教わってはいません」
「恥ずかしながら、私もゾーイに教えられるだけの知識はありませんし、それを頼めるだけの知人もおりません」
王妃が考え込むような仕草をすると、隣のお母様が苦笑した。
「ただ、階段を落ちた日からゾーイは変わりました。それが今説明された夢のせいだとしても私は納得できます。一生分の時間を経験したから、こんなに落ち着いたのね」
おお……フォローありがとうお母様!
「本を読んでもいないのに、したこともなかった家事の手際がいいのはそういう事だったの……」
あは、ははは……!
お母様は改めて王妃に向き直ると、きっぱりと言った。
「もうひとつ補足しますと、娘たちは学園に行かなくなってからは、ずっと家の中におりました。王家主催の夜会以外には外出しておりませんし、どこの茶会にも参加しておりません。来客もドレスを作る時に仕立て屋が訪れた以外はありません。エラは買い出し等で外に出ましたが、いつも直ぐに帰ってまいりました。医療についてもですが、その他の事も学ぶ機会はないはずです」
王妃はじっとお母様を見つめた。そして、小さく息を吐く。
「……夢というのが一番説得力があるなんて……予想外だったわ……」
ですよね……でもそれを納得してくれるなんて、王妃は懐が大きい。
「政治の仕組みも詳しく聞きたいところだけれど、それは今度にしましょう」
ええ!? そこ突っ込まれるの!? ひいいいい!
「病気の症状について詳しかったのは、誰にも関わっておらず、不思議な夢を見た、という事で納得します。近くに平民にまで情報を開示するような国は知りませんし、民主制も近くに聞いたこともありませんし」
ん? 誰にも関わっておらず……?
いつ
どこで
誰に
学んだか
……確か、王妃はそう仰った。
んん?
なんだろう。何を疑われていたのだろうか?
私個人、なのか、タスタット商会が、なのか。
……なぜ?
「あの……我が家が関わっている、何かが、あるのでしょうか……?」
王妃はさっきよりも厳しい目をなさった。
う!? 王妃オーラすげえ!
でも。タスタット商会が疑われる何かをしていたのなら、私たちはそれを知らなければ。
王妃オーラにビビりながら見つめ返し続けると、ふと空気が弛んだ。王妃は圧を抑えて、淡々と仰った。
「妙な薬が、出回っています」
…………まじか!




