うん
緊張が切れた私は大泣き。
それでもお母様を注意し、暴れ馬の対処をしに駆けつけた騎士隊に遅いと文句を言い、止まらない涙をそのままに商店街を歩き、職業斡旋所で涙声でお母様に使用方法を説明。
選び切れずに刺繍を受けて斡旋所を出る頃には、女性が暴れ馬を抑えた噂は商店街の隅々まで浸透したようで、お母様はたくさん褒め称えられた。
なんでみんなお母様を間違えずに声を掛けられるの?と不思議だったけど、泣いている私の隣にいるからと気づくとやるせなくなった。16歳にもなって外で大泣きって……明日からっていうか、エラの迎えの時にどんな顔をすればと少しだけ後悔した。
ぐしゃぐしゃの顔で帰った私に驚いたソフィアは、その原因を聞いてよろめいた。
「泣き顔を商店街で……!?」
あれ?そこ?
ネルを抱っこすると頭を撫でられた。
「よしよし」
ネル~~!
この王都で女性が高給取りになるには侍女や家庭教師など、どこかのお屋敷で働くしかないようだ。暴れ馬を鎮めるのが得意なんて特記事項はどこにもなかった。
同じ侍女でももちろんお城には貴族の紹介がなければならず、お母様も貴族ではあるのだけどツテがない。
学園を卒業していれば紹介の可能性は残っていたが、お母様は早くに結婚が決まったこともあり、学園は中退だ。
……おのれ実父め……
お父様のことは普通に尊敬していた。お義父様のように圧を感じたこともないし、あまり構ってもらえなかったけど、一応は育ててもらった恩はあった。お父様の浮気が発覚するまでは。
それが原因で離縁。浮気相手がすっごい美人な踊り子さんだったからお祖父様まで離縁に賛成してしまった。お祖母様がご存命だったらまた違ったろうとは思うが、踊り子を正妻にした子爵家の男たちには金輪際関わりたくない。
なので男爵家に戻った時に恩は踏み倒した。私は。
貴族なのに離縁され、実家のためにと再婚も決められ、ふと冷静になるとお母様が不憫でならない。
だがしかし!お母様孝行はエラを玉の輿に乗せてから!
なのにその前に死にそうな目に遭うなんて。お母様本人がなんともないのがアレだけど。
人生なんてままならないと思っていたのに油断した。ほんと泣くしかできなかったことが情けない。
たぶんこの先もお母様と一緒にいると思うけど、私が大人になっても元気でいて。
「よしよし……よしよし?」
……ネル~~!
そして夕方、何にもなかったように商店街に足を踏み入れると、顔見知りのみんなが帰りに寄って行ってと声をかけてくれた。わざわざ肉屋さん前までやって来てくれたり。
……うん、我ながら派手に泣いたもんな……逆によく声を掛けてもらえたよ……
恥ずかしいのはもうどうしようもないので今日も試食の準備を始めようとすると、赤ちゃんを寝かしつけたらしい肉屋の奥さんが慌てたようにやって来た。
「お母さんもだけど、ゾーイちゃんにも怪我はなかったの!?」
そう言いながら私の肩や腕に触れる奥さん。
「……ぅ……」
肉屋の店長夫婦が揃って心配してくれたことが嬉しくて涙が滲む。それが痛みのせいかと勘違いした奥さんが慌てるけれど、首を横に振って否定する。お母様は擦り傷だけでした。私は涙腺がゆるんでるだけです。
「暴れ馬を止めたのがゾーイちゃんたちだって聞いた時には腰が抜けそうになったわ」
奥さんはそっと抱きしめてくれた。
「大きな怪我がなくて本当に良かった」
堪えていた涙が溢れる。お母様が生きてて良かった。
頭を撫でられた感触に目線を上げれば、店長が微笑んでいた。
「あんなに泣いているゾーイちゃんを見て、俺たちも子どものために気をつけようと思ったよ」
うん。ぜひとも気をつけて。具体的にどうすればいいかは上手く言えないけど。
「今日は試食はいいから、エラちゃんの迎えまでゆっくりしてな」
店長~~!!




