はあああっ!!??
翌日になると、アン(妹ちゃん)の意識もはっきりするようになり、ネルも安心できたのか色々喋るようになった。
そして、ネルたちの日常がわかるにつれ、何をどうしたらいいのかわからなくなる。
たぶん良くなる方法はある。けれど、今日明日から劇的に変わるような方法は思いつかない。日常を急に変えるって、入学、入社がそうだったなぁ。お金もかかったなぁ……
とりあえず、エラが学園を卒業するまでは引っ越ししない。なるべく借金を減らしながら、エラが王子様に見初められるのを待つ。サヨナラはそれからだ。
今のところの友人枠になった最有力候補のユーイン王子に期待しつつも、この間やって来た王太子でもいい。弟想いなところに信頼できそう。
あ、そういや王太子とエラはまだ会ってないや。第二王子はソフィアの憧れの人だからエラとは会えなくてもいいかな。
……そういやソフィア、第二王子に会いたいって言わないなぁ……
「え。だって、王子様って友人としてお付き合いするとしても大変そうじゃありません? 私は遠くからお顔を拝見できれば満足です。欲を言えば一度はお話がしたいですけど、きっと緊張して何も話せないと思います」
……ソフィアの中でユーイン王子は何枠に入ってるのだろうか?
ソフィアと第二王子が結ばれてくれても私は全然OKなんだけどなぁ。欲がないなぁ……あ、欲だらけだったから私らは物語では散々な結果だったんだっけ……危ない危ない。
でも可愛い妹のロマンスにはいつでも応援準備は万端だ。物的には応援しにくいのがアレだけど、心だけは込めるから!
一人で起き上がれるようになったアンにエラが食事の世話をする。エラがスプーンを差し出すと口を開けるアン。……かわいい……!!
ネルは一所懸命スプーンを使うけど、まだ慣れないのかよくこぼす。それを世話するのはソフィア。
はぁ……我が家の天使が増えた気がする……
は!イカン!
今日はエラを見送りながらお母様と職業斡旋所に行くんだ。鼻の下を伸ばしている場合じゃなかった。
ソフィアたちだけのお留守番にちょっと不安だけれど、戸締まりはするし見張りさんもいるから大丈夫とソフィアが言ってくれた。なるべく早く帰って来るからね。
ネルと目線を合わせる。
「ネルとアンには、元気になったら私たちのお手伝いをしてもらいます」
「おてつだい……? あ、食べられるものをひろってくるの、できる!」
それはしないでーっ!?
得意かもしれないけど、もうしないでーっ!!
「ふふ……私たちが頼んだ事をやってもらいたいの。その時はお願いね」
全力ツッコミをネルの得意気な顔にどうにか抑え、今後の事をお願いとして刷り込む。
この可愛さで私の精神は日々潤っているのだけれど、生活すれば物資は減る。推定6歳と3歳の子どもに何かをさせなきゃならないなんてなぁ……まずは家事から覚えてもらおう。
ネルとアンが心配で学園を休むと言うこともなく、エラはなぜか気合いを入れて馬車に乗った。なんで気合い?
「さっさと補習を終わらせて定時であがれるようにします」
定時!?
「ふふふ。あまり気張り過ぎないようになさいな」
お母様が思わずという感じで笑う。
……穏やかに笑うようになったなぁ。
エラも肩の力が抜けたようにへにゃりと笑う。
美少女万歳!!!
「そうよ。エラが一番忙しいのだから、頑張り過ぎには気をつけて」
美少女は疲れていたって美少女だけど、元気な美少女が一番だし、そんなエラが一番可愛い。勉強して家事もして、これからは子どもの世話もある。
……寮に入れてあげられれば良かったけど、家にエラがいるから助かっている事の方が断然多い。主に私のメンタルが。
エラの乗った馬車が無事に走って行って見えなくなると、遠くで「逃げろー!!」という声が。は?
お母様とキョロキョロすると、悲鳴やら怒号やらドカドカとした激しい音が近づいてきた。なに何ナニなに!?
そして建物の間からもの凄いスピードでドオーン!と現れる大きな影。
「暴れ馬だー!!」
その情報もっと早くー!!!
脳内ツッコミは通常だが、突然の恐ろしさに体が動かない。真っ黒な馬はどこかにぶつかってボロボロになった荷車を付けたまま、馬車乗り場を縦横無尽に駆け回る。
そう、駆け回る。
暴れ馬は駆け抜けて行かないで戻ってきた。
マジかよ!? 真っ直ぐ走って行ってよー!!
こっちに来る前に逃げないと!
「あらまぁ、傷だらけじゃないの」
困ったわねぇなんて井戸端会議のおばさんみたいな口調のお母様が暴れ馬に向かって走って行った。
……は??
首を振り回し涎を飛ばしながらメチャクチャ動き回る馬をものともせず、あっさり手綱を掴んだお母様はひらりと飛び乗った。
はあああっ!!??
振り落とそうとしてるのか、さらに跳ね暴れる馬のせいでお母様の体が何度も浮く。手綱は握ったまま、しかし乗馬用の鞍なんてないのに、お母様は馬の背に乗ったままだ。その顔に焦りはない。ように見える。
私の体は動かない。何が起きてるのか理解できない恐怖に、お母様が振り落とされないようにと思うしかできない。祈る余裕がない。声なんか出ない。
何人も何人も集まってきたのに、たくさんの人がいるのに、誰もお母様を助けてくれない。
私が何もできない。
目をそらすこともできずに立ち尽くしていると、徐々に馬の動きが小さくなってきた。ゴクリと聞こえたのは私か近くの誰かか。
そして、とうとう馬の動きが止まり、馬車乗り場に歓声が。
馬の首を大きく撫でるお母様。馬はすっかり大人しくなった。
持ち主なのか小太りの男性がひとり、お母様の方に寄って行く。ペコペコと何度も頭を下げる男性と何か話したお母様は、馬からひらりと降りた。そして男性に手綱を渡してこちらに真っ直ぐ戻ってくる。
「久しぶりだったけどうまくいって良かったわ。あー疲れた」
なんでも田舎育ちっていう理由で済むと思うなよおおおっ!?




