……そっか
「出禁を解除してもらえないだろうか」
兄弟が仲良くやってるのなら微笑ましい。
が。
「出入り禁止になった経緯はお聞きになりましたか」
「ああ。私たちがゾーイ殿お手製のクッキーを食べたのが原因なのだろう? 今後は食べないようにするからユーインを許してやってくれないか。夜間の間食として惜しいのだが……少し火で炙ると風味が増して気に入っていたのだが……」
「いつまでもグズグズと。弟のためにキッパリ諦めるのではなかったのですか」
お茶トレイを持ったリオさんが現れ、颯爽とお茶をカップに注ぐ。王太子の分は、前にユーイン王子にしたように先にリオさんが口を付け、飲み干したカップに注いだ。
「う、うん、まあ、そうだ。ユーインと打ち解けられたきっかけではあったし、とても感謝している。それに免じて欲しいというか……代わりに何か贈るからそれで手打ちにして欲しいのだが、どうだろうか。何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ」
お茶でホッとしたのもあり、つい笑ってしまった。お母様もソフィアも微笑んでいる。私らの様子に王太子はぽかん。
「セルジオス様、ひとつ勘違いをなさっておりますよ」
お母様が謎かけのように言った。
「え?」
「出入り禁止を言い渡したのはエラで、これはエラとユーイン様の喧嘩ですわ。ふふ」
確かにクッキー事件はびっくりして気絶もしたし腹も立ったが、一瞬である。仲良くなってからのいたずらなら可愛い部類に入る。
金銭的には何も問題ないし、問題というなら安全面だ。クッキーはリオさんも我が家で食べていたし、それを持ち帰りたいとユーイン王子が言った時も止めたりしなかった。
「しかし、それを食べた兄王子様方に異変があった場合、その責任はユーイン様にあり、もちろん我が家は問答無用で罰せられるでしょう。その危険性を軽視した事をエラが怒り、ユーイン様は自分が無事な事を担保に兄王子様方に差し出したので軽視した訳ではないと言い合いになりました」
私が気絶したから余計にエラは怒っているのだけど、ユーイン王子も身の安全をより深く考えるようになればいい。
「ああそうか……そういう喧嘩か……だから放っておけと言ったのか」
王太子は納得したようにリオさんを見た。
「そうですよ。ユーイン様は初めての喧嘩ですからね、落ち込みはひどいですけど今回の事は必要なものでもあります。エラちゃんも優しくて賢い子ですからちゃんと話せばわかってくれます」
のんびりお茶を飲みながらリオさんが答える。わ、よく見たら目の下の隈がひどい。リオさんはユーイン王子が学園内にいる時間が休憩時間と言っていたから、今のこの状況は残業なのだろう。
……まともに寝てないんだろうか……王太子に付き合わされるとかとんだとばっちり……
憐れんだのを気づいたのか、リオさんは小さく笑う。
「ここのところ毎週来てたから、一週間が長く感じるみたいだよ」
……そっか。
うちで屈託なく笑うようになった末王子。エラはともかくソフィアも緊張しなくなって普通に会話ができるようになった。家族以外の人との交流の時間は、私たちにも大事な時間。
「リオさん、練習用クッキーを試食しますか?」
意外に甘いもの好きなリオさんにねぎらいを込めてお伺い。エラを褒めてくれたし。
「道理で台所がいい匂いするわけだ」
リオさんは我が家でお茶の準備をするようになっても、キッチンにある他のものには絶対に触れない。クッキーは皿の上で布巾が掛かっているだけ。すぐにわかるだろうに。
王子付きだもん、下町寄りっぽくたって、本来は育ちがいいのだろう。
「今日は茶葉を練り込んでみました」
「「 え!なにそれ食べたい! 」」
王太子とリオさんの声が綺麗に被った。ソフィアとお母様が吹き出す。いい年の男がクッキー食べたいって、子供みたいに言う姿が面白い。
「お土産分はありませんよ。週末のお茶の時間に食べるための練習クッキーですから少ししか作ってません」
パンを焼くついでに作っているから少ないのだけど、試食だし。来るとわかっているならそれなりに作る。
オーブンは毎日使わないと逆に手入れが大変になることに気付き、パンを試作したり、グラタンもどきを作ったりしている。……せっかくパン屋から収入があるのに……なんだかな。
それもあってクッキーも試作してる。美味しそうに食べてくれるんだもん。そりゃ張り切るよね。
リオさんがゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとう」
「リオさんも、ですよ」
ユーイン王子が寛ぐ空間にはリオさんも必要だよ。
それが通じたのか、リオさんは鼻の頭をちょっと掻いた。
「その週末には持ち帰り分はあるのだろうか?」
諦めないんかい王太子。




