……ありがたいなぁ
「よし!」
家のオーブンで!パンが!焼けたー!ロールパン!ロールパン!
うん、まあまあ柔らかい。あとは冷めてもこの柔らかさが残ってくれれば大大大成功。
問題があるとすれば、立派なオーブンだから一気にたくさん作れてしまうため、女四人分のパンを焼くにはスペースが余りまくりな事である。
「どうせ燃料は同じだけ使うわけだから、たくさん焼いた方が割安なのよね……でも保存がなぁ……ロールパンなら天板を余白無しで使えるけどさらに焼き時間が短いからやっぱりもったいない……倍量を焼いてもいいけど……うーん……」
多量に焼いていつもお世話になってる市場の誰かにあげるかとも考えたけど、今だって試食のおかげでウィンウィンだ。どうせなら収入になるようにしたい。だからといって火加減を教えてくれたパン屋の商売を邪魔したくはないし……
「いい香りをさせて何を悩んでいるの?」
声に振り返れば、キッチンの入り口にお母様とソフィアがいた。
「パンをうまく焼けたのですが、どうしたものかと思いまして……」
試食として二人にパンを渡しながら相談してみる。
「そうね……お世話になっておいて言いにくいだろうけれど、パン屋に聞くのが一番だと思うわ。こんな柔らかいパンが庶民に手が届く値段で売られていたら問題になるでしょうし」
それ。そうなのよお母様。前の父親の子爵家で出されていたパンには及ばないけれど、市井には出回っていない柔らかさだ。手間はかかるけど費用はそうでもないのにな。
「現物を見定めてもらうか、期間限定で店に置かせてもらって、その売上をみてから店にレシピを売るというのはどうかしら」
あ、その手があったか。
「うちで商売をするには準備資金がないですものね……」
それ。ソフィアがため息をつく。借金返済のために金目のものはあらかた売ってしまったし、今の状態でロールパンだけで商売を始めるのは無理。
何といっても私には経営手腕がない。勤めてはいたけど社員という雇われ人だったし。手足となって働くのは好きだけど、それをどう利益に結びつけられるかは自信がない。
細々したもので生計を立てるところから手探り中の現在、冒険はできない。お義父様が帰ってくるまでの間にエラを玉の輿に乗せるのが最終目標で、時間との勝負ではあるけれど、今以上に『タスタット商会』の名を貶める訳にはいかないのだ。
悶々と悩んでいると、いつの間にか立ち上がったお母様が私の肩に手を置いた。
「まずは修行の成果を見てもらってきなさいな。ついでに次の針仕事をもらって来てちょうだい」
ウインクするお母様なんて初めて見た。ソフィアもびっくり顔になっている。
「ふふ。さあ今日も頑張りましょう」
少し照れたお母様が可愛い。そういえば前世の私とそう変わらない年齢だ。そうか。お母様だけど、そう変わらないんだ……
うん、みんなで頑張ろう。
結果。
ロールパンはパン屋さんで採用され、さらにレシピをお買い上げいただいた。毎日うちの分も焼いてもらえればいいので無料でと頑張ったのだけど、それはそれと言われ、せめて売上をみてからと言えば絶対売れるしと店長夫妻に笑顔で押し切られた。
お世話になりっぱなし……ありがたいなぁ。




