「貴女も休憩してください」
私の要望を最大限にきいてくれたユーイン王子は、前回の馭者さんと共に辻馬車を使って我が家にいらっしゃった。
格好もちょっと裕福な子という感じ。カツラなのか、キラキラ金髪は今日は焦げ茶色のおかっぱになっていた。馭者さんは無精髭だろう、それだけでだいぶくたびれた感がある。しかし表情は晴れやかだ。……おのれ貴族め。
ここまで譲歩してくれたのだ。私も丁寧に教えよう。そしてさっさと覚えてもらって、さっさとお役ごめんになるの!
編み物に使う鈎針を仕事で余った刺繍糸にかけていく。毛糸と違って滑りやすいので苦労している。エラとソフィアも王子と一緒に手こずる。そんな中、ソフィアが一番にコツを掴んだ。
ちなみにお母様は自室で刺繍仕事をしている。
「見てるだけでも肩が凝りますね」
休憩用にお茶の準備をする私について来たのは馭者さん。
「ふふふ。作業をしていると熱中していますけど、終わると体が動かなくてびっくりします」
そう言うと馭者さんはあははと笑った。わりと軽い人だ。
「若いゾーイさんがそう言うなら、帰ったら殿下の肩を揉んであげなきゃならないなぁ」
「……すみません」
本当なら毛糸でする小物作りだ。だけど、現在我が家に毛糸はない。そして余った刺繍糸ならたくさんある。どうせ売り物にならないものにお金を掛ける余裕はない。
練習だけは付き合うが、どうせ王子は自作したいのだ。自分で作れるようになったら本来の優秀な材料で作ってくれ。
そう丁寧語で押し切った私への嫌味かと思い、謝る。こう言って怒らなかったのだから、王子の懐は大きいのかもしれない。一言「わかった!」とキラキラしただけだった。
馭者さんは、明らかにしまったという顔をした。結構表情が豊かな人だ。今日はラフな格好だから無精髭が生えてても若く見える。若くみても20代後半かと思っていたけど、もう少し若いのかもしれない。
「あー、無理を言っているのはこちらです。ゾーイさんには感謝しかありませんよ……?」
もっと横柄でいいのに。
ぼりぼりと頭をかきながら困っている姿はとても王子の護衛を任されているとは思えない。
でも。
その腰にある剣はいつも通り。剣で脅せばいいのにと思わなくもない。そんな事をされたら信頼はもうできないが、命令されれば私たちは何でもするだろう。
そういう意味では、私も馭者さんをはかっている。
どこまで信頼できるのか。
いや。
この付き合いは短期間になる。そんな信頼は要らない。
だけど。
ここで繋ぎを取っておかないと、エラが王子と幸せな結婚をする未来は遠のく。
……なんか……混乱してるなぁ……いかんいかん。
「いえ。失礼を申し上げてしまいました。でも、殿下へのマッサージはよろしくお願いいたしますね。とても真剣に作業されていらっしゃいますから、きっとお疲れになるでしょう」
頭を下げると、馭者さんはちょっとだけ苦笑して王子へのマッサージを請け負ってくれた。
お茶の準備が整うと、馭者さんがトレイを持ち上げる。あまりにスマートにトレイを取られたので慌ててしまった。
「そんな事させられません!」
「これぐらいできますよ。あと俺の名はリオです。名前だけは可愛いでしょ?」
突然の自己紹介にさらに混乱する私。
確かに可愛いけど、何で今!?
てか、家名の方を教えてもらえませんか!?
「リ、リオさま「リオさんでお願いしますね~。はーい、お茶の時間ですよ~、休憩しましょ~」
笑顔の圧に怯んだ隙にリオさんは茶器の音を全く立てずに持って行ってしまった。そしてスムーズに作業台に置き、あっという間にカップにお茶を注いだ。慣れてる!
「はい、ゾーイさん」
呆然としてた間にお母様も部屋から出て来ていて、皆とお茶を飲んでいた。目の前にはリオさんに差し出されたカップ。
「貴女も休憩してください」
家族以外に言われるとは……絆されそう。
そういう役目だから、そう行動しての、言葉。貴族なんて護衛なんてきっとそんなもの。
わかっていても嬉しいんだから、私もチョロい女だわ。まいっか、ちょっと甘えるくらい。
「ありがとうございます」
うん、美味しい。誰かに注いでもらえるだけでもより美味しい。
「お姉様、片付けは私がしますね」
エラが可愛い事を言う。それには遠慮なく甘えた。




