何この反応……?
地味に筋肉痛な朝を迎え、ストレッチをしてから動き出した私たち。お母様まで筋肉痛になっていたのにはつい笑ってしまった。
そして今日はエラにお弁当を持たせた。といってもパンに目玉焼きと昨日の帰りに買ったベーコンを挟んだだけのもの。食堂の食事はとても美味しかったらしく、さらには無料で食べられるのだけど、エラは昼休みも補習に充てる気らしい。真面目か。真面目だった。
運動といえば女子はダンスレッスンしかないようなので、エラはそんなにお腹はすかないとか。
まあね、うちであれだけコキ使われていたしね……空腹には慣れたんだね…………ほんとごめん!
「つまめる程度のものでいいんです……」
早くオーブンの使い方をマスターして、パンも自作するからね!
ベーコンにするとやっぱり日持ちするので味付け用のハーブもやっぱり庭に畑を作ろう。ミントでお茶も作ろう。
持たせたサンドウィッチを大事に抱えたエラの乗った馬車を見送り、まっすぐ家に帰り、その旨をお母様とソフィアに相談。
OKをもらえたので、職業斡旋所に仕上がった分を提出しつつ市場にむかう。
顔見知りになったパン屋にオーブンの火加減を見せてもらえる事になった。それと、肉屋には作ったベーコンを置いてもらえるようにお願いしてみた。我が家で食べる分だけを。乾物屋でハーブと塩を買って、売れ残った牛肉に刷り込んでおく。これはただ焼いて夕方に試食してもらうもの。これが店主のお気に召せば冷蔵庫を使わせてもらえることに。
そう、冷蔵庫。半地下の日陰にあるだけでもだいぶ涼しいのだけど、このお店は氷も使っている肉屋さんなのだった。
うちにも冷蔵庫はあるけど今は使っていない。氷を買えないし、毎日買い物していればわりと使わないで済む。
他人ん家を使ってケチるって図々しいどころじゃないけど、試食が失敗なら別の方法を考えなきゃ。お弁当に使える物をいくつか用意しておけば、私たちのお昼も楽になる。でも保存食って初期投資がかかるのよね……仕方ないけど。
とにかくパンよパン。柔らかいロールパンは作りたい。発酵が勝負よね……
パンの固さを誤魔化すために弁当の分はなるべく小さく切ったけど、柔らかい方がいいもんね。
午前中はパン屋と肉屋で過ごし、お昼に帰って三人で昼食。家で教わったばかりの火加減の練習をしながらパンケーキを焼く。布巾をかけておけば明日の朝の分まで持つほど作ってしまい、お母様に呆れられた。
そして、夕方に肉屋に向かう。エラは補習で次の馬車で帰ってくる。それまでに味付けをした肉を試食してもらうのだ。あー、ドキドキする。
肉屋に行ってみたら店の前にレンガで作られた簡易竈があった。天辺には鉄板が乗っていて、もう火も焚かれていた。
何事?と店主に聞いたら、自宅では奥さんが夕食の準備をしていて台所が使えないと言う。
………………うっかりだ……そりゃそうだわ……私も現在主婦なのに、支度時間のことを忘れるなんて……
竈を準備してくれた店主に何度も頭を下げた。店主も忘れていたから気にするなと笑ってくれたけど……あーあ。
とにかくさっさと肉を焼いて奥さんにおかずを一品提供しよう!!
薄切りにしてから調味料を揉み込んでいたので、あとはもう焼くだけだ。熱された鉄板に牛脂を塗り、木製トングで肉を乗せていく。
ああもう、良い匂いがする~。ジューという音まで美味しそう!
やっぱり目の前で焼かれる肉は美味しそうなのか、店主が覗き込む。一回ひっくり返して裏も焼き、取り置き用の皿に焼けたものから乗せて行く。どうぞ食べてとそれを店主に渡して、また牛脂を塗り直して肉を並べる。
「ウマイ!」
「お、俺にもくれ!」
俺にも?と顔を上げたら市場仲間の人たちが集まっていた。フォークは店主の分一本しかないので、待ちきれない人は手掴みで皿から取る。
「あっちい!!」
ですよね!?
待ってたらいいのに!?
「この匂いを裏切らない味! うまーい!!」
あ、本当?
てか今叫んでくれたのは誰?
とにかくありがとう!
あれだよね、仕事終わりだし、みんな小腹がすいている時間だから余計だよね~。しかーし!ここは宣伝チャンス!
「下味に使ったハーブ類と塩は乾物屋さんのものでーす! 塊肉だと時間がかかりますが、薄切りにしておけば一晩でここまで馴染みます! 今日仕込んで明日の朝の分にいかがですか~! 今ならお肉もお安くなってまーす! ちょっと炙ったパンに挟んでも美味しいですよ~! あ!薄切りのピクルスと一緒に挟んでも美味しいで~す!」
結果。試食に参加してくれた人たちは肉とハーブとパンを買って行ったらしく、それぞれの店で我が家の買う予定のものが売り切れていた。
がっかり……奥さんへのおかずまで無くなっちゃったし……
まあ、冷蔵庫の一部を借りられる事になったからいいんだけど。
店舗の裏の水汲み場で鉄板を洗っていると、明日は別の肉でできないかと店主に聞かれた。この店で扱っているのは牛、羊、鶏、山鳩、兎、たまに豚と鹿と猪。今日は鶏肉が余ったというので、残っていたハーブと塩とすりおろしニンニクを漬け込んだ。今回は胡椒を多めに。皮がパリパリになると美味しいんだよね~。
「匂いに釣られて客が集まるとはなぁ。少し続けてもらっていいかい? 俺は捌くのは得意だが料理はからっきしでな。嫁は売り子をせにゃならんし、子供は小さいし……」
売れ残りお肉をさらに安くしてくれる事で了承した。奥さんは赤ちゃんを背負って頑張ってるし。私は食費が浮くなら万々歳!
内職の時間が短くなっちゃうけど、今はパンを焼く準備が優先。明日のお弁当、パンケーキでもいいかなぁ……あ、薄く焼いてクレープみたいにすればいいか。
クレープの中に入れる具材を考えながら待っていたら、すぐにエラの乗っただろう馬車が着いた。
あれ?エラが見えない。この時間が乗り合い馬車の最終便なんだけどな?
乗り遅れた?
え、その時どうするか決めてなかった!どうしよう!
と焦っていると、最後の最後にとぼとぼとエラが降りた。
エラが現れて足の力が抜けそうになったけど、エラの元気の無さに慌てて駆け寄る。俯くエラにお帰りと声を掛けるとビクリと肩を跳ねさせた。
何この反応……?
まさかと両手でエラの頬に触れて顔をあげさせる。泣き腫らした目。
最悪のケースかと頭の中が真っ白になった。
エラの首筋、襟を開けて鎖骨の辺り、袖をまくって腕を見る、屈んでスカートから出ている足を見る。
見える所はどこも綺麗だ。
それとも言葉でのいじめ?
エラをぎゅっと抱きしめる。おずおずと私の背に回る手。
「何があったの……?」
荒れ狂う脳内をどうにか押さえつけ、エラにはなるべく優しく聞こえるように囁く。
するとエラは嗚咽を漏らしながらも、ごめんなさいとはっきり言った。
今現在、私がエラに謝られる理由がない。
「お、お姉様の……猫を無くしてしまいました……!」
その意味を理解したときに腰が抜けた。




