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それぞれの看病

「北川さん、なんで……?」

「心配してきた以外にないじゃない」

「っ!」


 呆れ、怒り、心配――

 大きなその瞳からはいくつもの感情が浮き彫りになり、いつもはない不機嫌さも感じ取れた。

 その熱い視線を受けながら、どうにか立ち上がる。


 手に持った買い物袋には、食材が入っているようで――

 それだけで何をしに来てくれたのか理解するには十分だった。


 ほんとに大変な時、助けが欲しいときに自然と傍にいてくれるなあ。

 北川さんを見ただけで、意地を張っていた自分の愚かさを少し、少しだけ悔いる。

 あの時以来、立場が逆転してしまった。


「今日何をしようとしてたのか、全部教えなさい。代わりにやってあげるから」

「……このベンチを組み立てて、向こうの壊れてるやつを修繕。それからアパート内の雑巾がけと水道の蛇口周りの修繕、お風呂の掃除」

「わかったわ。行人は今すぐに部屋に行って寝なさい」

「で、でも」

「寝なさい!」


 その有無を言わせぬ威圧感と北川さんへの信頼から――

 自然と反論でなく頷いてしまう。


「……じゃあ、少ないけどお手当出すからお願」


 その申し出を北川さんはすうと出した手で遮り、


「紅茶のシフォンケーキを一緒に食べに行く。それでどう? 言っておくけどパフェとは別だからね」

「それでいいなら」


 ニット帽を深々と被った西園が俺と北川さん顔を交互に見つめながら、やり取りを見ていた。


「……」



 北川さんの存在にどこか安心して、寸前のところでなんとか燃やしていたエネルギーは完全に切れた。

 全面的に任せることにして、部屋のベッドに寝転がる。


 少し開いた窓からは庭の様子が野球の実況中継のように耳に届いて――


「うわっ、おねえちゃんおっぱいでけえ」

「そこまで大きくないわよ」


 子供たちが北川さんの胸の大きさをからかう声。

 北川さんがそれをあしらう声。


「あなたたちも手伝えるなら手伝う? ベンチを作るわ」

「やる、やる」

「そう。なら……」


 子供たちにも協力させ、手際よく作業を行っているようだ。

 もともと心配はしていない。北川さん、脳内のスペックも見た目のスペックと同じくらいすごいし。

 勉強もバイト先でもかなりフォローしてもらっているからな。


 聴こえてくる声の様子から見て、西園はあまり役には立たなかったようで、あきらめたか?

 作業の様子をせっせとスケッチしているのか、そんなところだろう。



 目を閉じたら、なぜか小さいころ風邪で寝込んだ時のことをふと思い出した。

 家は両親が共働きで、父母共に朝は早く、夜は遅く帰ってくる生活。

 そんなだから、物心ついたころには家事全般を覚え、家族の食事は俺が作っていた。


 でも、あの時は、俺が風邪をひいて寝込んでしまったときは――


「お兄ちゃんの看病。それは――の仕事」


 あいつの声を思い出しただけで、目頭が熱くなりたまらずそこを抑えた。


 睡眠が体を欲しているようで、涙が流れながらも意識が遠のいていく。


 ぎいっとドアが静かに開いた気がした。


 誰かが傍にいる。薄れゆく意識の中でぼんやりと見つめると……

 妹が来たのかと思った。

 背格好やどことなく見た目の雰囲気も似ているから錯覚してしまう……


 西園がじっとこちらを見ていた。


「な、なんだよ?」

「……かぜ、だから」


 すうっと傍に来て正座し、さらにじいっと見つめる。


「……」

「傍にいる」

「……」


 あまりにその顔が真剣すぎて、口をぱくつかせてしまった。

 しかもそれを喉が渇いていると思ったようで、ペットボトルがすうと目の前に出てくる。


 さすがに拒絶するほどの気力はない。

 有難く受け取りのどを潤す。

 熱も高くなっていたようで、結構勢いよくがぶ飲みしてしまった。


 ついでに絵を見てくれと言い出すのかと思ったが、そんな計算をしていることはなく、本当にただただ何もないように監視している――


 そんな感じで、そこにはなんだか意志の強さが見て取れ、風邪で苦労した経験があるのかなと思った。


 ほんとによくわからない子だな。


「寝られないだろ!」


 などと悪態をつける雰囲気ではなかった。

 飴のお礼もなんとなく言いそびれてしまう。


 なるべくいないふうに思い目を閉じた――



 次に目を開けた時には庭の声は静かになっていた。

 


 こんなに気持ちよく寝たのは久しぶりというくらい熟睡できた。

 頭が重かったのが少し和らいでいる。

 台所に誰かいる気配がして、食欲をそそる匂いが鼻を刺激する。


 体を起こして見てみると、この事態を想定していたかのように、エプロンをまとった北川さんが何やら料理をしていた。


「ごめん、起こしちゃった?」

「いや、ちょうど起きたところ……」


 こっちを振り向くその顔は、楽しそうでなんだか嬉しそうな、口元がふにゃりとした絵になるいつもの表情だった。


「勝手に台所使わせてもらったけど?」

「お礼を言いたい。昨日の俺を見てきてくれたことに感謝。あと、もう一言いっても?」

「なによ?」

「嫁に来てくれませんか?」

「っ!? そんな冗談が言えるなら、だいぶ良くなってるわね」


 プイっと視線を逸らし、湯気の上がる料理を運んでくる。

 今朝は食欲がなかったが、寝て起きたのがよかったのかお腹がすいていた。

 生姜やネギ、梅干しまで入ったおうどんをゆっくりと食べ始める。


 ちょうどお昼時だったようで、北川さんもおんなじものを食べていた。


「実家にいた時思い出すなあ。弟と妹が風邪の時はついつい心配しすぎちゃって、世話焼いちゃって」

「北川さん、俺を完全に子ども扱いしてるでしょ……」

「子供よりたちが悪いわ、行人は……大丈夫、口に合った?」

「すごくおいしかった。ご馳走様」

「ちゃんと毎食このくらい食べるように」

「はい……」

「お腹すかせてるだろうし、これ以上心が荒んだりしたら目も当てられないなあと思ったからきたけど……まあ、わたしが来なくても看病してくれる人がいたみたいね」


 ちょうどお茶を飲んでいたので、思わず吐き出しそうになる。

 目を細め少し嫌味にも聴こえる感じだけど、北川さんこういうところ可愛いな。


「えっと、それは盛大なる勘違いだ……あいつは?」

「何か買い物があるって出掛けたわよ」


 買い物……なんだかそれだけ聞いただけで少し心配になる。


「そ、そう……」

「まっ、行人がだれと付き合おうが関係ないわよね。嫁に来てとかいうくせにだけど」

「ありがとう」

「なっ、なんでお礼を言うのよ!」


 心底慌てる北川さんは何かをごまかすように、もうちょっと寝てろと促される。






 次に目が覚めたときはすでに日が暮れているようだった。

 長時間寝られたことで、なんだか体が軽くなり頭もすっきりしていた。

 改めて食事と睡眠の大切さを知ら締められる。


 台所からはお昼の時と同じように人の気配がして、いい匂いが部屋中に充満していた。



「北川さん、まだいてくれたんだ……」



 んっ?



 てっきり居るのは北川さんとばかり思っていた。

 だから相手を見ずに言葉が出てしまったが――


「……すぐ、まってて」


 振り返ったのは、波をまいたようなセミロングの黒髪で猫目の西園涼華だった。

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