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フラフラと彼女と彼女

「行人君、おはよう」

「おはようござ……ごほっ……」

「あら風邪、無理しちゃだめよ。最近寒いものね」

「はい、引いちゃいました。気を付けます」


 玄関先の掃除をしていると、よく近所の人から声を掛けられる。


 今日は珍しくバイトを入れていない。

 その代わりに午前から管理人の業務に勤しんでいた。


 かえで壮は建造されてから数えられないくらいの年数を経過している。

 故に痛みも目立ち、外観にも修繕の後が目に見えてわかる。

 自分でもここをボロアパートだと思う。


 それでも中も外も出来るだけ祖父は綺麗にしていた。

 俺もアパートの管理を引き継いだ以上、祖父のいた時と同じ位には綺麗にしておきたかった。

 代替わりして評判が落ちてしまっては面目もたたない。


 ボロいのと汚れてるのは違う。

 それはここにある思い出を汚してしまうようで、何だか我慢がならなかった。


 だからかもしれない。

 数ある管理人の業務の中で掃除は欠かすことのない重要な仕事の1つになっていた。

 

 少し悪化してしまった風邪のせいで動きがだいぶ鈍く、枯葉を箒で集めゴミ袋に入れるだけで眩暈がする。

 そのせいで普段よりも作業がだいぶ遅れてしまっている。


「あっ、行人。掃除なんてしてないで遊ぼうぜ」

「お兄ちゃん、おはよう。あそぼう、あそぼう」

「……どっかいけ、掃除の邪魔だ」


 ゴムボールを持ってやってきた子供たちをしっしと追い払う。

 ちぇーと寂しそうに庭の方へとぼとぼ歩いていくのを見送って、掃除を再開しようとすると行く手を阻むように影があった――


「ゆきと、眉間にしわ。でも口元上がってる」

「……は?」


 そこには西園涼華の難しい顔があった。

 さらに眉にしわがよっただろう。

本人と気づかれないためか、今日もニット帽を深々とかぶっていた。


 会ったら、あの大量の飴のお礼だけは言うつもりでいたんだ。

 けど、なかなか言葉が出てこない。


「……顔色、悪い……」

「昨日の……」


 最後までいう前にベンチのことが頭をよぎった。


 庭っ!


「あっ、待て、お前ら!」


 思うように体が動かない中、西園をその場に残し急いで庭に向かう。

 子供たちは案の定、壊れかけのベンチに座ろうとしている始末。


「ばっかやろう。そこはあぶねえから、まだ遊ぶんじゃねえ」


 自分の体調が悪いこともあり、ついつい大きな声を出してしまった。

 その声にびくっとし、怯えたような顔でこっちを見られると、なんとなくこちらの方がばつが悪い。


 ちょうどそこへ、ホームセンターの人がやってきた。


「にぎわってますね。これ注文いただいたものです」

「は、はい。ありがとうございます。ごほっ」


 注文していた新しいベンチが届く。

 懐的にはやや痛い出費だったけど、前々からもう一つ位あった方がいいとは思ってたので思いきって購入してみた。


「……べつにこいつ等のためじゃねえし……」


 一言だけ誰にともなく念を押して、壊れた方のベンチへと視線を移す。


「……こっちも直しとくか」


 材料を庭に並べていく。そのまま組み立てて、ドライバーで仕上げればいいだけのタイプで難しい工程はさほどない。修復する方がたぶん大変だ。


 早速作業を始めると――

 興味を持ったのか、子供たちが周りで騒ぎ出す。


「あー、うるせいな。ベンチを組み立ててるだけだ」


 額の汗をぬぐいながら、進めていくが、なんだかさらに視界がぼやけてきて思うように進まない。


「俺やれるぞ、このくらい」

「あたしもやる」

「これは俺の仕事だ」


 息を吐き、空を見て呼吸を整えているとなんだか妙な視線を感じる。

 振り返ると、少し離れたところで西園が中腰になり軽快に筆を動かしていた。

 独り言のようなつぶやきも聴こえてくる。



「ゆきと、仲良し? だから、笑う? ここは、すごい」



 いつからあそこにいたんだ、あいつは――


 

 作業を再開しようとしたとき、視界がさらにぐらつく。

 咄嗟に足に力を入れるが、膝が言うことを聞いてくれず前のめりに倒れてしまう。


「……大変!」


 だいぶ疲れがたまっているのも感じている。

 でも、弱音なんて吐いてはいられない。

 今日は管理人の仕事が山積みだ。


 しっかりしろ!


 自分にありったけの活を入れてなんとかあお向けになり、上体を起こした。


 周りには子供たちと西園の心配そうな顔があり、そのいくつもの目にさらされている今の自分の姿を思うと、無性に恥ずかしさがこみ上げてきた。


「はあ、はあ……」


 心配してだろうか、子供たちがかわりにやってやるという申し出をしてきたが、俺はそれを突き放す。

 こぶしに爪を食い込ませるように強く握って立ち上がろうとしたときだ。


「……わたし、やる……」


 絵を描くときと同じくらい真剣な目が、顔を上げた俺の前にあった。

 

「お、お前にもやらせない。こ、これは俺の仕事なんだ」

「……やる」


 子供たちと違い、西園涼華は一度で食い下がらなかった。

 もちろん心配から言ってくれてるのはわかっている。

 申し出を却下する俺をその純粋で輝いている目にはどう映っているのか――


 心の中には悲しい気持ちが淀みなく流れ込み、それを打ち消すように膝に力を入れる。

 それを拒むように視界は黒くなっていった。



 そのとき――



 芝生を力強く踏みしめ、誰かがこちらに近づいてくる。


「こんなことだろうと思ったわ。フラフラなのにどこまで意地張ってるのよ」


 うっすらと目を開けると、心底あきれ顔の北川さんが腰に手を当てて俺を見下ろしていた。

 珍しくその口元はふにゃりとしておらず、少しとがって結ばれていた。

夜にもう1話更新する予定です

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