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2人の今の距離

 この日の午前中は炬燵に足を入れながら試験勉強にいそしんでいた。

 1月も後半に入り、大学も試験期間に突入し、それと同時に俺も一夜漬けモードに入っている。


「おせえぞ、おねえちゃん」

「……おはよう」


 試験勉強している俺のことなど全くかまわない子供たちは今日もいつも通り庭にやってきたようで――

 空気を入れ替えるためあけていた窓から隠れるように庭に目をやる。

 1階のこの部屋からはかえでの木がよく見えて、庭の様子がよく見えるんだ。


 西園の姿はベンチにあった。

 もはや居つき始めてしまったな。

 子供たちとすでに絵を描き始めているのがわかった。


「行人、居るんだろ。遊ぶぞ」

「おにいちゃん、出てこい」

「だぁ、うるせい。俺は明日から試験で遊んでる暇なんてないんだ。なるべく静かにしてろ」


 窓とカーテンを閉めて試験勉強へと戻る。

 わからないところを北川さんにメッセージで聞きながら、ただひたすら判例を覚える作業に没頭。

 いい感じに集中しかけた時だった。


 玄関が開く音がして、ドタバタ駆けてくる足音、直後強く部屋のドアを叩かれる。

 あまりにうるさいのでドアを開けてみると――


「行人、すげえの描けたんだ。見てくれ」

「わたしも、わたしも」

「俺は今忙しんだ。お姉ちゃんに見てもらえば十分だろ」

「……みて」


 はしゃいでいる子供たちとは対照的に、どこまでも真剣な表情で西園は描いた絵を俺の目の前に掲げた。


 そこにはかえでの木が描かれていた。

 見た瞬間に思わず声が出てしまうほどのもので必死に表情に出さないようにする。

 

 やはりすごいものを描く――

 だけどどこか寂しい。


「……忙しいといっただろ」


 その絵と同じように寂しそうな表情をする彼女を見て罪悪感にかられながらも静かにドアを閉めた。


 それでも、子供たちや西園は冷たい態度をとる俺に対して、毎日やって来てはポストに絵を投函したりしていた。



 1週間が経過し――



「こほっ、こほっ……」


 肌寒い風が頬をかすめる。

 ボロアパートの庭にあるベンチには、西園涼華が座ってまだ飽きもせず子供たちを描いていた。


 大学の後期試験も昨日無事に終わった。

 すべての履修科目を一夜漬けの勉強でこなし、春休みとなった今日はカフェのバイトをフルで入れてある。


「ゆきと、おまえ具合悪そうだぞ」

「お兄ちゃん、目の下が黒い」


 連日睡眠時間がいつもに増して短いためか、なんだか体がやたらと重く感じる。

 風邪をひいているかもしれないと思い、念のためマスクをして子供達には移さないよう、俺にあまり近づくなと指示を出していた。


「大丈夫だ……」


 こいつらの中に絵を描くという行為は、日々の遊びに組み込まれたようだ。

 相変わらず、彼女はどれだけ邪険にされようともこの場所に毎日必ず来てしまう。


 さすがに応えたのかカクテルドレスは最初だけで、コートにマフラー、ここ数日はニット帽子までかぶり着用フル装備だ。

それが、変装じみていて初見では西園とはわからない。


 来るものは立場上拒めないが、それでも出来るだけ関わらないようにしている。

 話も極力しない。

 そのため、子供たちに対してもさらに付き合いが悪くなっていると感じてはいた。


 鞄をかけなおし、バイトに出かけようとすると足元がふらついた。


「おい、無理するなよ、やすめって」

「そうだよ。寝てた方がいいよ」

「熱もないし、このくらい平気だって。それと近づくな。風邪ならうつりたくねえだろ」


 周りに集まろうとする子供たちを手で制し、アパートから離れていく。


 そういえば――


 管理人を引き継いだ頃あたりから1人2人と増えていって、いつの間にかアパートの庭はあいつらの遊び場になっていた。


 確かにそこそこの広さはあるし、車通りも少ないしボール遊びもできる。

 けど逆に言えば他に何も無いとも言える。


 大怪我しないように気をつけてなきゃならないし、絡んでくるあいつらの相手をするだけでも大変だってのに。


 自由に解放してるとはいえ、遊び場だったら他にもあるだろうに、なんだってわざわざこんな所に集まるのか。俺にはさっぱりわからない。


「ゆきとーっ、なんかベンチが変だぞ!」

「だったらそのままにしておいて使うな。明日直しておいてやる。それと呼び捨てはやめろ。さんづけな」

「さんきゅー、ゆきと。気をつけろよな」

「お前が気をつけろ……たくっ、これだから子供は」


 遠ざかっていく俺の背中に叫ぶ子供に、振り返って対応してバイト先へと向かった。



 ☆☆☆



「なによ風邪? ちゃんと食べてないし、寝てないんでしょ?」

「しょうがないだろ。テスト期間で一夜漬けだったんだ」


 カフェの制服に着替えていたら、すでに着替えを済ませている北川さんがやって来て、俺のマスク姿を見るなり、面白がるように絡まれる。


「いつも言ってるでしょ。食事と睡眠はとりなさいって」

「食事は切り詰めてるから、無理……」

「またそれ……まったくもう。こ、今度、家にいらっしゃい。好きなもの食べさせてあげるから」

「マジで」

「その代わり、紅茶パフェは奢ってね」

「うっ、覚えてた……はい、はい」


 今日はカウンター内での作業を多めに、出来るだけ接客は北川さんに任せた。

 この時期はインフルエンザが流行っているので、マスク姿での接客は嫌がられないけど、お客さんに移すわけにもいかない。


 ドリンクを作りながら店内の様子を眺める。

 ここ最近はお客さんの入りはかなり増加していた。

 SNSなどで、お昼のランチが話題になったりしているのが原因のようだ。


 やはり北川さんはスタイルがいいからなのか、ウエイトレス姿もよく似合っている。

 こう見るとフロア内でひときわ目を引く。

 健康的できめ細かな肌、黒髪ロングの髪を仕事中はポニーテールにしているのもいい。


 間違いなく美人だ。


 俺と話すときはだいたいふにゃりと口元が緩み、その大きな瞳で見つめてきてなんとも魅力的でわりとドキドキする。


 大学内でも人気者で、それはカフェにおいてはお客さん増加にもつながっているみたいだ。


「ほら、なに見とれてるのよ。アイスのカフェラテ2つにモンブランね」

「はい……」


 増加理由はまだあり……

 あれ以来、このカフェでモンブランブームはいまだ続いていた。

 店の外には、彼女が描いたであろうモンブランイラストが健在で、それがお客様にモンブラン欲求を与え続けていた。


 お昼の混雑を乗り切り、美味しい賄を食べ、モンブランパニックを経て客足が落ちてきて、時間は過ぎていく。


 そろそろ閉店時間というところで、清掃の準備、オーナーは明日の仕込みを始める。



 無事に本日のバイトシフトは終了。

 今日は業者さんから試供品でもらったというパスタ麺と紅茶の茶葉を分けてもらい、北川さんとお店を出る。


「行人大丈夫、ちゃんと帰れるの?」

「俺は子供じゃないぞ。熱も上がってなさそうだし大丈夫。心配ありがとう」


 遠回りではないので、北川さんを家まで送ってアパートまでの帰り道を歩く。



 かえで壮は先輩が一人入居していたが、卒業と同時に地元に就職するので先月で退去した。

 現在入居者は管理人の俺一人だけ。


 暗くなった夜道を誰もいないボロアパートに帰る。

 いつもは寂しいなんて思ったことはないけど、体調が少し悪化したのか――

 なんだか今日はふと寂しさがこみ上げてきた。


 管理人の仕事に学校にバイト。

 毎日時間に追われている。


 たぶんここで気持ちを切れば俺はこの先頑張れなくなる。


「あなた一人が何で背負うの?」

「そんなことをする必要、ないんだ」

「もっと自分を大切にしなさい」

「大丈夫、時間が経てばきっと――」


 両親、祖父母が俺に口癖のようにかける言葉が頭に浮かぶ。

 それを必死に打ち消しながら、ボロアパートにたどり着いた。

 さすがに西園はいない。あの日以来、ここで待ってたりはしない。


 なぜか俺に絵の意見を求めているようだが、何も言ってやっていない。

 最初に作品を気に入らないといわれて、奮起し没頭する変な奴としか俺には見えていなかった。


「んっ?」


 玄関のドアノブにはビニール袋がぶら下げてあった。


 誰がこんなもの置いていったんだと思った。

 だが中身を見て犯人はすぐにわかる。

 今まで書いたであろうスケッチが入っていて、他にも……


「あのやろう、こんなに舐められるかよ……」


 嫌味なのか、気持ちを込めたのか知らないが、そこには大量の飴の袋が入っていた。

 相当具合が悪いらしい、このくらいの気遣いで少しだけ苦手な彼女を見直してしまう。



 だけど、翌日思いもしない事態が俺を待っていた。

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