モンブランパニック
この日のバイトは何かがいつもとは違っていた。
「あの……モンブランを……」
「今日モンブランを食べないと、絶対後悔する……」
「モンブラン……まだありますよね……?」
「お会計は済んでしまったが、わしにもモンブランをもらえんかね?」
普段は常連客が多いカフェなのに、今日に限っては初来店のお客様が目立つ。
いつもは空席がある店内もほぼ満席な状態が続く。
ランチタイムを終え、俺がシフトに入ったとたん、なぜかモンブランにばかりが注文が集中する。
中には一度店を出たにも関わらず、慌てたように戻ってくるお客様までいた。
オーナー、そして俺とバイト仲間の北川さんは全員で首を傾げながらも接客を続けた。
「お待たせしました」
「ちょ、違う。それは3番テーブルのお客様」
モンブランのセットを運ぼうとして、後ろから注意、というか何度目かのフォローをされる。
「えっ、あっ……そっか。失礼しました」
殺人的な忙しさと、ただでさえ西園涼香の事で気分が滅入っていたこともあって、今日の接客はボロボロだった。
パティシエの資格も持っているオーナーが作るモンブランは確かに美味しい。
だが在庫がなくなるというのは今日が初めてだった。
それもわずか1時間足らずでとは恐れ入る。
「す、すごかったね」
「ああ、おかげで持ち帰れるはずのケーキが何もない」
「モンブランパニックもそうなんだけど、オーダーミスにドリンク零し、テーブル拭き忘れ。今日の行人は小さなミス多すぎだったよ」
「わ、悪い。フォロー助かったよ」
「お礼は紅茶パフェね」
「お金はないんだが、な、何とかそのくらいなら……」
「もう! それ口癖になってる」
閉店時間になり、俺は北川さんと店内の掃除を始めた。
オーナーは今日の繁盛が嬉しかったようで、口笛を吹いて明日の仕込みに取り掛かっている。
今日はいつになく忙しかったけど、それでもここが働きやすい環境には変わりない。
バイト仲間にも恵まれている。
おまけに賄は美味しいし、余りものまで持ち帰らせてくれて本当に助かっている。
ここでのバイトがあるからこそ、俺は普段ひもじい生活に耐えられていると言っても過言ではない。
「あっー、もしかしたらさ、西園涼華ちゃんの影響じゃない? ほら、モンブラン好きって言ってたじゃん」
「それだけであんなに混むかな……俺なら、ケーキ屋さんで買うけどな」
「そういわれればそうだね。今朝から、涼華ちゃんの記事ばっかり見てたからてっきりそうかなって」
各テーブルを壁際に動かしてから床にモップをかけ始める。
そこで思い出したかのように、また西園涼華の話題が上がった。
「大変だったみたいじゃないか、彼女。ああいうニュースを聞くと応援したくなるね」
「そうですよね。話題になるのわかる気がします」
「あの絵はほんと凄いよ。あそこまで人を泣かせられるのは、人の感情を素直に表現することが出来るからだと思う」
「たぶん、あたしたちには想像もつかないくらいのものを背負ってるんじゃないかな……」
カウンター内で作業をしながら珍しくオーナーまでも話に加わる。
2人ともあの絵を見て、ざわつかなかったのか……
「なあ、応援したくなるようなってどんな内容だったの?」
何となく気になり、動かしていた手を止め北川さんの言葉を待つ。
「涼華ちゃんに興味ないとかいいながら、可愛さにやられたんだ……あの子ね……」
耳に届く一語一語が、西園涼華に抱いていて印象を少し変化させていく。
北川さんの言葉を聞きながら、知らず知らずのうちに力が入りこぶしを握り締めていた。