ここに住みたい
彼女は一瞬心が沈んだかのように絵筆を握りしめ、そのまま額を軽く突いた。
「……上手くいかない……」
ため息を吐き、ゆっくりと沈んだ顔が持ち上がっていく。
目尻が少しつり気味の大きな瞳、その印象的な猫目がこちらに向いた。
今朝動画で目にした、西園涼華に間違いない。
無表情でカクテルドレス姿の彼女は、周囲ではしゃぐ子供とは対照的で余計に存在が目立って見える。
そんな非日常じみたシーンは1つの絵画じみていたこともあって、そのまま目が離せなくなりそうで……
思わず視線を逸らし、彼女が手にしているクロッキー帳に目をやる。
子供たちをスケッチしていたのだろうか?
だが描かれたその絵はイメージしていた物とは何か違う。
「おねえちゃん、へたくそだな」
「わたしのほうがうまくかけるよ」
「それかしてみ、なおしてやるよ」
たしかに素人の俺から見ても、手抜きと感じる落書きレベルの絵だった。
同じことを思った子供たちも、はしゃぎながらその絵を手直しするように筆を走らせる。
「……ほんと、あなたたちの方が上手」
ぽつりと呟くように彼女の口から出た言葉だった。
そこには悔しがっている様子はなく、ただただ子供たちを褒めて感服しているようにみえる。
「もっとほめていいぞ」
「ほめて、ほめて」
子供たちは嬉しそうにますますはしゃいだ顔になる。
西園涼華の方は直された絵にどこまでも真剣なまなざしを落としていた。
瞬きもせず、猫目がただ一点をみている。
口元は強く結ばれ表情は固くなっていて――
あまりにも真剣すぎて、なんだか怖いようにも感じる。
おっと、悠長にしている時間はない。
バイトの時間が迫っている。そろそろ出ないとか。
玄関に荷物を置いて、立ち去ろうとしたとき――
「……遊び場、ここ、子供たちの……?」
「そ、そうだけど、なんだよ急に?」
「……あなたは、かんりにん……」
「なんだよ?」
「……私、ここに住みたい……」
「……はっ!?」
背後から急に話しかけられたことにも戸惑ったが、西園涼華の表情は無表情のまま、だが発せられた言葉には不思議と熱を帯びていた。
なんだかわからないが嫌な予感がした。遠ざかろうにもぎゅっと袖を掴まれている。
彼女のどこか余裕のない言葉と行動に俺は後ずさる。
西園涼華の方はなぜかクロッキー帳を開き鉛筆を走らせている。
そのまま聞かなかったことにして、この隙にバイト先へと足を向けた。
「……あ、あの……」
「……」
慌てたよう訴えかけ、彼女の猫目が上目遣いに。
どういうつもりかはわからないが金持ちの道楽には構っていられない。
とにかくこの子の傍には居たくなかった。