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お伽の国の集い②

 私が子供の頃に読み聞かされた、それはよくある類のお伽噺。その中に登場する伝説が目の前に二人。それだけで飲みかけた紅茶を吹き出してしまうくらいの驚きだけど、もう一人というのがまさか巨大な竜だったとは。

 開いた口が塞がらずに、喉がカラカラだよ。


「あ、あの、ロブラドールさんというのは竜だったのですね! こ、こんにちは……」


 大きな漆黒の瞳に見据えられて、私の声も自然震える。だが、そんな私の様子が可笑しいのか、レインさんが隣でキャハハと声をあげた。


「はは、これは愉快だね。いや、ノエルを笑ったんじゃないからね。おい、お前も早く挨拶したらどうだ、竜のロブラドールさん!」


 するとその問いに応えるように、頭上から低い声が響いて。


「これは失敬。苦しゅうない、余はロブラドール七十八世である! そこな娘、一つ間違いを正そう。余は竜に非ず、神皇である!」


「ギャハハ! この間は七十六世じゃなかったかい? いつの間に孫になったんだ? キャハハ」


「赤の。余は初めから七十八世である。相変わらず失礼な魔女よ。それに少し老けたのではな……」


 その言葉が言い終わらぬうちに、レインさんの大鉈が竜の頭に突き刺さる。いや、突き刺さったように見えたのは錯覚で、竜の頭上からすらりと伸びた影が受け止めたのだ。


「不敬である!」


 そう言って竜の頭からふわりと地上に降りる黒い影とレインさんの大鉈。やがて、フンとつまらなさそうにレインさんが大鉈を奪い取り、自らの肩に納めた。


 そして残ったのは黒のマントを羽織った金髪の男だった。闇を纏った金色の神皇ロブラドール。彼の名は……うん、知らない。


「ロブラドールさん、竜と勘違いしてしまいすみませんでした。私はノエルです。宜しくお願いします」


 変人の集いといってもマスターの知り合い達だ。きちんと挨拶くらいはしておかなければ。


「ほう。人の子の存在で余を前に怯えぬとは何という胆力。流石は栖川が連れてきただけのことはある。よかろう名乗ることを許す!」


 あれ、おかしいな。さっき名乗ったはずだけど……聞こえてなかったのかな、まあいいか。


「あの、ノエルです」


 そう私が二度目の自己紹介を済ますと、隣でクスクスと笑いを堪えていたレインさんが、ついに吹き出した。


「ぶふっ、あっは! 神皇陛下、この娘はノエル九十九世でございます! つまり陛下よりも上でございます! キャハハ」


「ぐぬっ、言い忘れておったが、余は百七十八世である!」


 そしてそんなやり取りの中、一人優雅に紅茶を口に運んでいたマスターがついに立ちあがった。


「ロブラドール! 旧交を温めあうのは結構ですが、遅いですよ。遅い、ほら、五分の遅刻です!」


 そう言って腕に巻いた時計を静かにとんとんと指で示すマスター。まずい、あれは本気で怒っている時の仕草だ。


「すまぬ」


 そのマスターの怒気を機敏に感じとったのか、素直に頭を下げる神皇。レインさんもいつの間にか私の後ろにまわり、触らぬ神に祟りなしという態度だ。


「ともかくこれで全員揃いました。積もる話は後にして、今日集まって頂いた用件をお話ししたいのですがよろしいですか?」


「うむ」


「キャハハ、いいよ」


「……はぃ」


 そうして三者が三様に頷き、マスターの話が始まった。


「我々が集まったということでだいたいのことは察しがついているかと思いますが、勇者が現れました。場所はここよりさらに南、ルジタニア教国」


「そやつは脅威になり得ると?」


「ええ、おそらく二十年も経てば。ですから今のうちにこの世界のルールを教えて差し上げようというわけです」


「キャハハ、それはあたしたち四人の力が必要な程なのかい?」


「いいえ、今はまだ私一人でも十分でしょう。ですが私一人が動いて痛くもない腹を探られるのも迷惑ですから」


 何やらややこしい話になってきたが、つまりこういうことだろう。勇者というのがどんな存在かはわからないけど、マスターが一人で行動すると、例えばその勇者を取り込んで良からぬことを考えている、と思われるかもしれないと。


「ですからこれは事前報告です。それにあなた方に勝手に動かれても困りますし。ただの小火が大火事になってしまう」


 そう言って、ふふっと笑うマスター。最後のところが本音なのかもしれない。


「はん、つまらんことを言うねぇ。大火事にならないんなら、あたしはパス。ロブはどうするんだい?」


「うむ、余は勇者よりもその娘に興味がある。だが今回はやめておこう。グロービスが同行したがっておる。あまり大勢で行く気にもなれぬよ」


 そういえば居たんだった、グロービスさん。全く会話に入ってこないと思っていたけど、もしかしたら小声で喋っていたのかもしれない。


「わかりました。私とノエル、それとビスさんで行くことにしましょう。ではこれで話はお仕舞いです。後はご自由にどうぞ」


 そう言うとマスターはそそくさと元居た場所でティーカップを手に取った。私はすかさずポットからおかわりを注ぐ。そして……


「マスター、この方々はマスターのお友達なのでしょうが……いったいどういったお人なのでしょう」


 赤の魔女ブラッドレイニー、聖騎士グロービス、それに神皇ロブラドール。神皇がなんなのかはわからないけど、皆が伝説級の存在であることは間違いない。そんな私の疑問にマスターは短く答えた。


「調停者です」


 調停者……争う者の間に入り、調停する者のことだろうか。ふと辺りを見渡すと、この砂漠の両側で魔法を撃ち合っていた兵士達は跡形もなく消え去っていた。


 ……マスターは砂漠の利権争いを止めさせるためにここを集合場所に選んだのかしら?


「大方、ロブさんが乗ってきた竜に怯えて、撤退したのでしょう。まあ結果的には争いが一つなくなりましたが……私たちが調停するのはこんな小競り合いではありません」


 マスターが遠くを眺めるように顔を少し上げ。


「キャハハ、世界が終わってしまうような脅威。それをあたしたちが取り除くのさ。理の外側にいる、あたしたちがね」


 いつの間に近くにいたのか、レインさんが言葉を引き継ぐ。見ると、残りの二人もマスターを囲むように集まっていた。


「余もそれを一杯所望する」


 そう言ってロブラドールさんが私を睨む。それ、とは紅茶のことだろうか。私がちらりと視線を送ると、マスターは微笑みながら小さく頷いた。


「ロブラドールさん、どうぞ」


 トポトポと琥珀色の液体を注ぐ。マスターのポットは時間が経っても冷めることがない。


「相変わらず物怖じせぬ娘だ」


「あんたの馬鹿っぷりに呆れたのよ、神皇陛下」


 確かにこれまでの皆のやり取りで安心したのもある。だけど落ち着いていられる一番の理由は実力の差が大きすぎることだった。

 彼らの魔力が、力が、常識の範囲での脅威なら、私も怯えていただろう。だけどマスターも含め、これだけ実力に差があれば、恐れを通り越して呆れてしまう。


「ロブラドールさんはどこかの王様なのですか? 私も陛下とお呼びしたほうがいいのでしょうか?」


「キャハハ、王様か、こりゃいいや。確かにロブは王様だよ、臣民は一人もいないけど。ね、陛下」


「余は一国の王に非ず。世界の王なり。余が世界の理である! ノエルといったか。すなわちそなたも余の臣民である。陛下と呼ぶことを許す!」


 なんだか満足そうに笑みを湛えるロブ……陛下。


「栖川、今日の紅茶はまた格別だな。青のが作ったのか?」


「ええ」


 青の……これはラベンダーさんからもらったお茶だけど……

 赤に対して青……


「なるほどな。うむ、栖川よ、このままルジタニアへ行くのであろう? 紅茶の礼だ、我が竜で送り届けてやろう」


「ではノエル、せっかくですからそうしましょうか。ビスさんもそれでかまいませんか?」


「……まわなぃ……」



 そうして、私は生まれて初めて、竜の背中に乗ったのだった。

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