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お伽の国の集い①

 鮮やかな色彩に彩られた光の束が頭上を横切る。あれは水の魔法、灼熱の太陽がその存在感を主張するかの如く、乱反射が眩しい。


「……って! のんきに構えてる場合じゃないですよ、マスター! 早くここから逃げましょうよぅ」


「大丈夫ですよ、ノエル君。あれらの魔法は私たちを狙ったものじゃありませんから。当たるとしたら、よっぽど下手くそなんですね、あはは」


 あはは、じゃない! いや、マスターの言う通り、飛び交う魔法はことごとく私たちの頭上を通り過ぎていく。

 それにたとえそれらが私たちを狙ったものだとしても、マスターが展開するこの対魔法障壁が、あんなちっぽけな魔法に破られるはずはない。それはわかっている。わかっているのだが……


「だからって、なにもこんなところで待つ必要はないじゃないですか! これではうかうか紅茶も、うわっ!」


 ズドンッ、という爆音に思わず琥珀色の液体が溢れる。マスターの言う下手くそな魔法が直撃したのだ。


「だってしょうがないじゃないですか。ここが待ち合わせの場所なのですから」


 と、大袈裟に両手を開いて肩を竦めてみせるマスター。そうなのだ、私たちは今、待ち合わせをしている。よりにもよって、こんな戦場のど真ん中で、だ。


 ここはノースターテ王国から南に野を越え山を越え、辿り着いたは灼熱のカランコラン砂漠。こんな砂だらけの場所で、なんと砂漠の両側の国が戦争をしているではないか。

 なんでもマスターによると、地下に眠る貴重な鉱石資源が目当てで争っているとの事だけど、戦う兵士はたまったもんじゃないんだろうなぁ。


「あ! マスター、あれ」


 そんな思いで私が南方の兵士たちをぼんやりと眺めていると、突如その列が乱れた。


「ふむ、どうやら来たようですね、最初の一人が」


 詳しくは教えてくれなかったが、待ち合わせの相手は数人いるらしい。皆が揃うかどうかわからないから、と言っていたが、来るか来ないかわからない相手を待つなんて几帳面なマスターには珍しい。

 そしてこうも言っていた。同窓会のようなものだ、と。


「あ……あの人がマスターのお知り合い……で間違いないのですね……」


 こんな砂漠の、しかも戦場のど真ん中で同窓会なんておかしいと思ってはいたけど……

 やっぱり、そうだ。今こちらに向かって歩いてくる人を見ればわかる。これはおかしい人達の集まりだ!


「どうしたのです、ノエル君? そんな死んだ魚屋のような目をして」


 ああ、いつまでも呑気なマスター。魚屋さんがいつ死んだのかはわからないけど、歩みを進めるその女性は、肩に担いだ血濡れの大鉈に水着のような軽装。しかも露出の多い褐色の肌はところどころが真っ赤な鮮血に染まって。


「久しぶりですね、レインさん。お元気そうでなにより」


「キャハハ、栖川! 相変わらず硬いねぇ。笑えよ、ほぅらもっとぉ!」


 身体のあちこちに付着した血に負けず劣らずの赤い髪、美人が台無しになるくらいに口を横に開いたその女性が高らかに笑う。


「栖川ぁ、なぁにその娘は?」


「ふむ、こちらはノエル、うちの社員です。ノエル君、この赤いのはレイン。災厄の赤、血の雨(ブラッドレイニー)などと呼ばれている変人です」


 マスターの言葉を受けて、あんまりだねぇ、とレイン。キャハハと肩を竦めながらその歪んだ笑みが私に向かう。


「栖川の連れなんて珍しいじゃないか。キャハハ、ノエル、あんたも笑いな! あたしはレインだ、ほら何か言ってみな!」


 うう、突然話をふられても困る。まあ、マスターの知り合いだし、悪い人ではないのだろうが。


「あ、赤い髪が、綺麗ですね」


 と、とりあえず褒めてはみたのだか……


「……ぶ、ぶはははは! 何を言うかと思えば、この血に染まった髪が綺麗だって? うん、気に入った。ノエル、あたしのところに来い! 栖川んとこにいるくらいだから根性はあるんだろう? ノエル、あたしが面倒をみてやるよ」


 来い、と言われても。それにマスターが言ったブラッドレイニーというのはあの(・・)ブラッドレイニーなのかしら?


「あ、あのぅ……」


 私がそう口を開きかけた時だった。今度は北側の兵士がにわかにざわつき始めた。……いや、にわかになんてものじゃない。だって兵士の一団が吹き飛んでいるもの。


「キャハハ! まったく、派手なこった。グロービスの野郎だな」


「ビスさんはあれで暑くないんですかね」


 うわっ、ほんとだ。レインさんの軽装とはうってかわって、頭から足の先まで銀ピカの鎧にすっぽりと包まれている。灼熱の太陽に照らされて、これでもかといわんばかりに輝いている。


「……栖川さんに……レインさん……お待たせしました」


 う、豪奢な見た目とは裏腹に声が小さい! 顔をすっぽり包んだ兜のせいで聴こえづらいのだろうか。


「ノエル君、この銀ピカはグロービス。聖騎士グロービスです。それと声が小さいのは本人の資質ですから」


 恥ずかしがりやさんなんです、とマスター。いや、そんなことはどうだっていい。今マスターの口から出た聖騎士グロービス、その存在を私は知っている。いや、私だけじゃない。世界中の子供達がその冒険譚に心踊らせ、そして憧れる存在。それって……


 ……それって、お伽噺じゃないか!


「あの! グロービスさんてお伽噺に出てくるあの聖騎士グロービスなんですか! 聖剣の一振りで暗黒竜から世界を救ったっていう。私、小さい頃に何度も読みました! うわぁ、まさか本当にいたなんて」


「……う……です……んあっ」


 おそらくこの世界で彼の名を知らない者はいないだろう。私がそう言うと、当のグロービスさんは何やら聞き取れない呟きを残して、すっと転身してしまった。そして……


「うわっ! ちょ、ちょっと、何やってるんですか、グロービスさん!」


 遠くで隊列を整え始めた一軍に向かって、剣を振ったのだ。見えない刃が砂煙を巻き上げながら兵士達の群れに突き刺さり……

 やがて、ドカンッという爆発とともに大勢の兵士を吹き飛ばしたのだった。


「キャハハ、ノエル、そいつは恥ずかしがりやだと言っただろう。女の子に話し掛けられて舞い上がっちまったのさ」


 そんな……恥ずかしがりやさんにも程がある。そしてそれだけの理由で剣を振るって人を傷付けるなんて、聖人ではなく悪魔の所業。もはや聖の文字は取ったほうがいいだろう。


「声が小さいだけで、まともな人だと思ったのに……私の憧れを返してください……」


 と、思わず漏れた私の呟きが聞こえたのか、グロービスさんは頭を抱えて剣をもう一振り。こんどは反対側の兵士達が吹き飛んだ。

 ああ、もうやめて! 声が小さいくせに、他人の呟きはちゃんと聞き取るんだから! やっぱりこんな場所に集まるのは変人ばっかりだ。


 それにお伽噺で思い出したが、ブラッドレイニーという名もやはり知っている。目の前に聖騎士グロービスという伝説がいるんだからこちらも間違いない。彼女の歩いた後には血の雨が降る。ブラッドレイニー、赤の魔女……


「キャハハ、どうしたんだい、ノエル? ぽかんとしちゃってさ。栖川、そろそろ時間だろうに、これで全部か? 青とバカ帝は来ないのかい?」


 その赤の魔女、レインさんが愉快そうに問う。そう、赤と対に語られるもう一方の伝説の魔女。深き青(ディープブルー)


「ああ、彼女は来ませんよ。こういう争い事に関わる気はない、と。ロブラドールは……ほら、あそこ」


 何故かため息をつきつつ、マスターが呟いたその時だった。灼熱の太陽に照らされて煌々と熱気を放っていた大地に、突如巨大な影が差したのだ。

 皆が空を見上げる。そこには黒く大きな塊が目一杯に翼を広げ……


「あれは! 竜!?」


 そう、一匹の巨竜が、今まさに大地に降り立とうとしていた。


 



 

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