魔法兵器攻略戦④
「……ノエル君、ノースターテ相手に随分とふっかけましたね」
騎士団陣営で役目を果たした私は、近くの街でマスターと落ち合っていた。その宿で私が一応の交渉成立を報告すると、マスターが驚いたように目を見開いたのだ。
「最後の最後で少し値切られてしまいました。すみません」
「何を言っているのですか。百点、いや百二十点の成果ですよ。第二騎士団の団長は確かヘルメスではなかったですか? 彼を相手に依頼を取り付けただけでも大したものです。これは迂闊にノエル君を敵にまわせませんね」
恐い恐いと笑うマスター。褒められるのは嬉しいが、こうも大袈裟だと少し照れくさい。
「それに鉱山の使用権を得たのも素晴らしい。ノエル君に交渉の才能があるとは思いませんでしたよ」
そう言って嬉しそうに微笑むマスターだったが、私がノースターテの騎士団相手に交渉している間、マスターはグルタニア共和国をはじめとした近隣諸国に同様の交渉を行っていたのだ。
本当に恐ろしいのは誰かというのは一目瞭然だろう。
「私の交渉相手はノースターテに比べて焦りがありましたからね。ヴェスパニアから遠く、直接の脅威ではないノースターテは、完全に撤退しても良かったのです。駄目で元々という事もあってノエル君にお願いしたのですから」
もしかしたらマスターはノースターテ王国に、いや私の友人でマスターの元教え子であるシーアの元に、格安で依頼を受けるつもりで私を遣わしたのかも知れない。なんて思うのは考えすぎかな。
「さあ、明日の作戦に備えて今日は早く休みましょう。一緒に夕食にしますか? それとも一人で食べるなら食事代は後で請求して下さい。経費ですから」
もちろん一緒にいただきます。そう言って私はマスターの腕に巻かれた時計をちらりと覗き見る。窓から射し込む夕陽に彩られたその針は、定時を示していた。
「それでは作戦開始。行きます!」
はるか前方に大きな魔力の揺らぎを感じる。間違いない、ヴェスパニア王国が誇る魔法兵器、短長距離全方位撃滅戦車『アシュラ』だ。
「はい!」
走り出すマスターに私も声を張る。それにしても……マスターの速さに付いていくのは厳しい。普段ならともかく魔力を使っていない今は尚更だった。
魔力を抑えてアシュラに近付く。それがマスターが立てた破壊作戦の第一幕。私はここに来るまでに聞いたマスターの言葉を思い出していた。
「ノエル君、その兵器はどうやって敵と味方を見分けていると思いますか?」
そうか、魔法兵器といっても人間のように意思があるわけではない。であれば何か敵を識別するための方法がある筈だ。ええと……何だろう?
「魔力です。ただの魔力の大小ではなく、不自然な魔力を敵として認識します。普段からそこで活動しているヴェスパニア兵士の魔力は自然なものとして捉えているのですね」
なるほど、という事は魔力を消して近付けば……
「それもいけません。その大小はありますが全ての人間は魔力を持っています。空気中にも魔力の元である魔素が存在します。そんな中、完全な魔力の空白は違和感として捉えられます。ですから」
溶け込むのです、とマスター。
「そうして近付いたところで私が付近一帯の魔力を無効化します」
なんでも魔素の無い状態を作り上げてしまうらしい。魔法兵器アシュラ、その無尽蔵ともいえる魔力は魔素を効率よく体内に取り込むスキームによって得られているという事だった。
「但し、そうなると私も魔法を使えなくなります。アシュラの外殻は硬い金属でできていますから、並みの攻撃では傷をつける事すら出来ません。そこで」
私の出番となるのだ。もっとも私にしたところで魔素の無い場所で魔法を使うとなると一発がせいぜい。だから失敗は許されない。
「あ、あれがアシュラ……」
陽の光を受けて虹色に輝く巨体が視界に映る。既にマスターの魔法によって辺りは魔素の無い空間となっている。あの金属の塊も、魔法が使えなくなった事をいぶかしんでいるのだろうか。
「危ない!」
思わず声を上げた私の前で、アシュラの六本のアームがマスターに迫る。魔法が使えなくなった時のために、この兵器は物理的な攻撃手段も備えているのだ。誰だ、こんなものを作ったのは!
……うちのマスターだ。
そんな事を思っている間にも、一本、また一本と軽い身のこなしでアームをかわすマスター。その無駄の無い動きに見惚れてしまう。
「っと、いけない。時間は限られているんだからね」
そう、余裕があるわけではない。マスターが無理矢理作った無魔素状態、時間が経てば当然元に戻ってしまう。その前に……
「今この場所で魔法が使えるのは私だけ。ノエルいきます!」
振り下ろされたアームがマスターの持つ剣先を滑る。軌道を変えられたその一本が別のアームに激突し。
――――隙が出来た!
アシュラの懐に滑り込む私。テリトリーに踏み込まれ、標的を私に定めたアームをマスターが払いのける。両手を鈍色のボディに押し当て。
「サンダーボルト!」
刹那、激しい閃光。電流がアシュラの体内を駆け巡るのがわかる。そして一度に大量の魔力を放出した私はガクリと膝をつき。
目の前に寸でのところまで迫った二本のアームは、空中でその動きを完全に止めた。
「ノエル君、お見事」
見上げるとそこには微笑みを湛えるマスターの顔。自然、私の顔にも笑みが溢れる。足はまだ動かない。息がきれて声も出ない。だけど私は精一杯の笑顔を返した。
どのくらいそうしていただろう。微かに疲れた様子を覗かせていたマスターもすっかりいつも通り。だけど何も言わず私の回復を待っていてくれた。
辺りはうっすらと陽が落ちて。おそらく仕事の時間は過ぎてしまっている。それでも……
――――それでも、マスターは待っていてくれた。
「マスター、帰りましょうか」
「うん? そうですね。もう大丈夫なのですか?」
はい、と私。
「では街に戻りましょう。今日はよく頑張ってくれましたね。街で一番の店で食事にしましょうか」
マスターが笑う。私はもう一度、はい、と大きく頷いた。
それからの顛末を私はある日マスターから聞いた。魔法兵器を失ったヴェスパニアはあっさりと連合軍に降伏したという。だがそれでもヴェスパニア王国が地図の上から消える事は無かった。
「ノエル君、すみませんね、せっかくの鉱山に関する権利を無駄にしてしまって」
「いいんですよ、マスター。私には必要無いものですから」
それにマスターは無駄にしてしまったわけではない。私達がノースターテ王国から得た鉱山の権利を交渉材料に、連合軍にヴェスパニアの存続を認めさせたのだ。
魔法兵器を失ったヴェスパニアに力はない。もちろん現国王にはきつく灸を据えたと言っていた。だからこれで良かったんだと思う。
「今日は新しい紅茶があります」
そう言って、マスターが私の前にカチャリとティーカップを置く。白い湯気とほのかな香りが私の鼻腔を擽った。
「ラベンダーが感謝していましたよ。この紅茶はその報酬です」
「ああ、美味しいですね」
誰も訪れない事務所で二人、私達は向かい合ってラベンダーさんからもらった紅茶を楽しんだのだった。




