魔法兵器攻略戦③
一路ヴェスパニアへと向かう私とマスター。馬車に乗り、いくつかの国を越える。
「そういえばマスター、ラベンダーさんはどうして今回の依頼をなさったのですか? そりゃマスターの作った強力な兵器が暴れているのは放っておけないですけど」
どこかの国が依頼してきたというなら話はわかる。でもラベンダーさんみたいな個人がというのはどうにも気にかかる。
「彼は薬師と言いましたでしょ。その材料がヴェスパニアの鉱山で採れるのですよ。戦争になっては鉱山に入る事が出来なくなる、というわけです」
ふむ、それでマスターに依頼を。それほど大切な材料がその鉱山にはあるという事か。
「彼には蒐集癖がありますからね。そんなに欲しいなら自分で何とかすればいいのに」
愚痴を溢すように呟いたマスターだったが、自分で、というのはそりゃ無理だろう。あんなか弱い女性に……いや、男だったか。たとえそうだったとしても騎士団を壊滅させる事が出来る兵器に一般人が叶う筈はない。
……一般人じゃ、ないのか? うん、マスターの知り合いみたいだからあり得る。
そんな怪訝な表情を浮かべる私にマスターが応える。
「彼は戦う事が嫌いなのですよ。魔力だけなら私以上なのに」
……やっぱり。マスターはさらりと言ってのけたけど、私の言う一般人じゃなかった。
そんな話をしながら迎えた三日目の朝。ヴェスパニア王国に近付くにつれ、街では戦場の話題をよく耳にするようになる。
ヴェスパニア軍が諸国連合を撃破したとか、直ぐにこの街も争いに巻き込まれるとか。
「マスター、やっぱり騎士団は太刀打ち出来なかったようですね」
「ええ、ですが壊滅したわけでもないようですよ。ここより北に陣を敷いているようです」
街での情報収集。その中で得た朗報だった。
「そうですねぇ、まずは騎士団の陣に向かいましょう。ノエル君のお友達の無事を確かめなくてはいけません」
そう言って微笑むマスター。その心遣いが嬉しい。
「ありがとうございます!」
私が感謝の眼差しを向けると、一つ頷いたマスターが続ける。
「ついでにその伝手で騎士団と交渉して下さい。ヴェスパニア軍撃退の依頼を受けてくるのです」
ぐぬぬ、抜け目のないマスター。既にヴェスパニア軍攻略は決まっているにも関わらず、騎士団からも報酬を得ようというわけだ。私はすっかり忘れてたけど、これは仕事だったのよね。
そんなわけで一時マスターと別れ、私はノースターテ王国騎士団の陣営を訪ねていた。
突然の来訪に驚きを隠せないシーアだったが、幸いな事に大した怪我もなく、私に向かって元気な様子を見せた。
「驚いたわよ。まさかヴェスパニアの兵器があれほど強力だなんて。一騎当千なんてもんじゃなかったわよ。先発したグルタニアの部隊があっという間に壊滅したんだから」
強力な魔法で部隊が灰塵に帰すなんて事は戦場ではよくある。だからこそどの部隊も大規模魔法対策には余念がない。
それでも一瞬で壊滅してしまったのだから、マスターの作った兵器の力は本物なのだろう。
「それでシーア、ノースターテは兵を退くの?」
「いいえ、ここまで来て直ぐに撤退は出来ないわ。今も将軍たちがヴェスパニア攻略を思案しているところよ。もっともあの魔法兵器をどうにかしないと、なんともならないと思うけど」
ふむ、まだ攻略は諦めていない、か。それなら、と私も話を続ける。
「騎士団の大将は誰? ちょっと話がしたいのだけど、シーアから紹介してくれないかしら」
「大将は私が所属する王国第二騎士団のヘルメス団長。北部辺境軍と旅団を編成して臨んでいるわ。でも私が気軽に話せる相手ではないけど……」
そう言いながらも何かを考えているような素振りを見せるシーア。そして、はっ! としたように声をあげた。
「もしかして教官も来ているの! そうよね、ノエル一人でこんなところにいる筈ないものね。話っていうのはその事? 教官ならあの化物に勝てるかも知れない。……いいわ、ちょっと掛け合ってみる」
そう言って勢いよくどこかに駆けてゆくシーア。一つ間違いを訂正したかったのだけど、そんな暇も無かった。
――――勝てるかも、じゃないわよ。マスターは絶対に勝つ。
やがて、嬉しそうに戻った彼女に連れられて、私は大本営の一室に通される。
そこに居たのは私達の他は三人で。そのうちの一人、私も知る顔が緊張する私に声をかけた。
「おお! 君だったか、久しいな。覚えているかな? 私は君なら立派な騎士になれると思っておったんだが、残念だったよ」
もちろん覚えている。私が見習い時代に配属した、北部辺境軍のグリンウェル大将。すると隣に座る眼光鋭い男がヘルメス団長か。
「ご無沙汰しております、グリンウェル大将閣下。お元気そうで何よりです」
「なに、元気なものか。今もこうしてヘルメス大将とともに頭を悩ませとる。それでサゴマイザー君も来ておるのかね? 彼が協力してくれるというのは本当か?」
なるほどグリンウェル大将はマスターの元上官、その実力は知っているというわけだ。
「はい、マスター、いえサゴマイザー栖川は私と一緒にこの地に来ています。そこで偶然にも、王国騎士団の皆様が困っていると耳にしました」
私の言葉を受けて、大将の顔に安堵の色が浮かぶ。さあ、ここから交渉だ。
「それで休暇中にもかかわらず、要望があれば仕事のご依頼をお受けしてもいいと」
仕事という部分を些か強調して、私はにこりと笑みを向ける。所謂、営業スマイルだ。
「い、依頼という事は金を取るのか!? 王国民として、この戦に協力してくれるのではないのか?」
「おや? 騎士団の皆さんはいつもタダ働きをなさっているのですか? おかしいなぁ、私が見習いの時でさえ、給金は貰えていたんだけどなぁ」
そう言って首を捻る私に、グリンウェル大将は一瞬唖然とした表情を見せた。そして何か言おうと口を開いた彼を、ヘルメス団長が制して。
「待て、グリンウェル。確かにその娘の言う通りだ」
鋭く尖ったその声に氷点下の冷たさを感じる。会うのはもちろん初めてだが噂には聞いた事があった。ノースターテ王国第二騎士団団長、氷のヘルメス。
なるほど、その二つ名も頷ける。私の隣では、シーアがすっかり青い顔をして震えていた。
「私もサゴマイザー殿の噂は聞き及んでいる。共に戦ってくれるのであれば報酬は惜しまないつもりだ。それで、どのくらいの金を用意すればサゴマイザー殿は満足するのかね」
うん、ここまでは順調。さあ、第二ラウンドだ。
「はい、ヴェスパニアの魔法兵器を私達が一手に引き受けます。報酬はこのくらいで如何でしょうか」
特別価格ですよ。そう言って私は契約内容をしたためた用紙を提示する。
「ふむ、一日の日当、これが二人分。なるほど、これは妥当だな。それと魔法兵器を破壊した際の成功報酬が……なっ!? 何だ、この金額は! 今回の遠征費以上じゃないか……」
冷静に見えたヘルメス団長の顔がみるみる変わってゆく。あらら、せっかくの氷が溶けちゃうよ。
「ふざけるな! なんだこの金額は!」
「なんだ、と言われましても。ノースターテ王国、グルタニア共和国、その他名だたる国々が集まって結成された連合軍をあっさり撃ち破った相手ですよ。その強力な兵器を破壊しようというのですから安いものでしょう? それとも連合軍の価値はその金額にも満たないと?」
「なっ……」
どうやら私の言葉の持つ意味がヘルメス団長にも伝わったようで、怒りを通り越してすっかり固まってしまっている。よし、仕上げといこう。
「ですがヘルメス閣下にとって私達は必要無かったようですね。手伝ってあげたかったけど、ごめんねシーア。それでは私はこれで失礼します」
くるりと踵を返す私。当然これは演技なのだが……
「待て!」
ヘルメス団長が声を張る。私はとぼけたフリで小首を傾げながら振り向いた。
「サゴマイザー殿が確実に勝てるという保証はないではないか。万が一魔法兵器の破壊に失敗すれば我々は再び窮地に陥る」
「保証なんてありませんよ、閣下。ですがサゴマイザー栖川はこれまで契約を違えた事はありません。もっとも無理強いをするわけではありませんので……」
「待って下さい、閣下!」
私の言葉を遮るように大声をあげたのは団長の隣に控えた青年で。
「サゴマイザー殿の実力は間違いございません。彼に不可能ならばそれは我が王国の誰にも成し得ないという事を意味します。ここは彼女の申し出をお受け下さい」
はて? 彼はマスターの事を知っているのだろうか。そういえばどこかで見たことのあるような顔だけど……
「パラライヤ参謀長は彼を知っているのか?」
「はい、以前に。サゴマイザー殿でしたら魔法兵器を破壊して下さるでしょう。このまま軍を撤退させ、再び遠征軍を組織する費用を考えますと、この報酬額は妥当です」
ふむ、この青年が参謀長か。若いのに大したものだ。誰だか知らないけど……いいぞ、もっと言ってやれ。
「拠出については私が騎士団本部に持ち帰り、話を通します。よろしいでしょうか、ヘルメス団長閣下」
元々ヘルメス団長もこの窮状をどうにかしたいという思いで私の言葉に耳を傾けていたのだ。参謀長の言葉に戸惑いながらも、あっさりと首を縦に振る。
「では閣下、交渉は私にお任せ下さい。申し訳ありませんがノエルさん、お話の続きを伺ってもよろしいですか?」
ええ、もちろん、と私。私の名前を知っているところをみると、やっぱりどこかで会った事があるようだ。特徴のない顔だから思い出せないけど。
「それではノエルさん、金額については了承しました。お支払は騎士団の帰還後という事でよろしいですか? 依頼は魔法兵器の破壊、ええと、契約期間は作戦開始から日没まで。これはその時までに作戦を終了して頂けるという事ですね。仕事が速くて助かります」
うん、マスターは残業したくないだけなのだけど、概ね合っている。
「それで、この最後の部分はどういう事でしょう? ヴェスパニア王国領内にある鉱山の出入り、及び採集採掘権を認める。とありますが」
「ああ、それはですね……」
ヴェスパニア王国が存続するのであれば問題ない。これまでもラベンダーさんは鉱山に出入りしていたようだから。
だが連合軍がヴェスパニア領内まで侵攻し、鉱山が接収などされた場合、封鎖といった可能性もある。そのため、もう一人の依頼主であるラベンダーさんに配慮したのだ。
「というわけで、遠く離れているノースターテがその所有権を主張する事はないでしょうが、連合軍の一員として使用権を主張するくらいは出来る筈です。それを私達がそのまま頂きます」
「なるほど、そういう事でしたか。ヴェスパニアの隣国は元々鉱山を欲しがっていましたから、いずれかの国がそれを接収する事は十分有り得ますね」
ふむふむと頷く参謀長。しかしその瞳の奥がキラリと光ったのを私は見逃していた。
「鉱山の件は了承しました。……そこでその相談なのですが、我々が使用権を他国に主張するためにも多少の費用が掛かります。それを今回の報酬から差し引いて頂いて……このくらいの金額でいかがでしょうか?」
ううっ、完全に交渉は成功したと思っていた私はすっかり油断していた。まさかこのタイミングで値切ってくるなんて!
「……わかりました。それでお引き受けしましょう」
だってここまでの成果と失敗するリスクを天秤にかけたら頷くしかないじゃい! 平凡な顔だがこの参謀長、侮れない。
「交渉成立、という事ですね」
「ええ、ありがとうございます」
私は差し出された手を握り返す。少し力を込めると、参謀長はその平凡な顔を痛そうに歪めたのだった。