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魔法兵器攻略戦②

「ノエル君、おはようございます」


「……」


「あれ? 今朝の紅茶は少し薄いようですが」


「……」


「どうしましたか? どこか体調でも悪いのでしょうか」


 無言の私にマスターが心配そうな顔を向ける。


「悪くありません」


 そう、体調は悪くない。機嫌はすこぶる悪いのだけど。これというのも全部マスターのせいだ。いや、マスターが悪いというのもちょっと違うのだけど、昨日綺麗な女性と逢っているのを目撃してからイライラが止まらない。

 うん、やっぱりマスターが悪い。


「どうしたのでしょう? 血色は……良いですね。あ、食べ過ぎですか、それとも二日酔い?」


「違います!」


 ガチャリ、と乱暴な音を立ててティーカップを片付ける。その仕草にマスターは困った顔を見せた。


「何か悩み事があるなら言って下さい。今日から数日間、私は仕事で店を空けなければなりません。その間、ノエル君に任せようと思っていたのですが……」


 ちょっと心配になってきました、とマスター。ぐぬぬ、仕事と言いながら、またあの女性と逢うのだろう。


「仕事、ですか? 数日間って、旅行にでも行くんじゃないのですか? 素敵な女性が傍にいて良いですね、マスター」


 ふん、仕事だったら私にも教えてくれたっていいのに。そんな私の言葉にマスターはキョトンとした表情を見せ。


「素敵な女性……何の事でしょう? 確かに今度の仕事は、半分は私情のようなもので、だからノエルを巻き込むのも気が引けていたのですが……」


 この期に及んでしらばっくれようと? うん、これは益々怪しい。


「昨日、私は見たのです! たまたま。そう、たまたま通りかかった路地でマスターが、黒い髪の綺麗な女性と楽しそうにお喋りをしているのを。ええ、別に構いませんよ、マスターが誰と逢っていても。でも仕事だと言ってこそこそ逢いに行かなくてもいいじゃないですか」


 全く、ぷんすかだよ。


「……」


 そんな私の態度に、顎に手をやり首を捻るマスター。あれ? 本当に心当たりが無い? でもそんな筈は……


「ああ! そういう事ですか。女性というから……いえ、確かにそうですね、これは私がうっかりしていました。なるほど、わかりました、ノエル君には事情を説明しましょう。いや、実際に会って頂いた方が早いですね」


 直ぐに準備を、とマスター。


「少し危険な仕事ですが、今のノエル君なら大丈夫でしょう。私はノエル君の実力を疑っていたわけではないのですよ。先程も言った通り、私個人の事情が絡むので気が引けていたのです。でもその事でノエル君を怒らせてしまったようですね」


 うん、まあそういうわけではないのだけど。でもその女性がただの依頼人だったら、何もこそこそする必要はないのに。



 そうして遠出の支度を手早く済ませた私は、マスターと共に昨日の路地裏へ。

 途中マスターは、残業分は出張手当として支給するとかなんとか私の給金を随分気にしていたけど、聞いてもわからなかったし、それにマスターにはいつも十分な給金を貰っているので構わなかった。

 しかし私がそう言うと、マスターは真剣な眼差しで諭すように口を開いた。


「ノエル君、それはいけませんよ。給金を貰う事は正当な権利です。それに現状に満足していてはいけません。もちろんお金が全てではないですが、一つの物差しではあります。ノエル君はもっと欲を出していかなければなりませんね」


 はあ、欲といっても、もっと強くなりたいとか役に立ちたいとは思うけど……そういう事なのだろうか。何か違う気がする。


「マスター、私は……」


 だが私がその後の言葉を口にする事は無かった。目的の場所に着いたからだ。

 そこには昨日見た、黒髪の女性が一人佇んでおり。


「ふむ、早くから待っていたのかい? すまないね」


「何言ってるのよ、あなたの来る気配を感じたから出てきたんじゃない。でもあなたが女の子を連れてくるなんて珍しいわね」


 女はそう言うと、私に向かってにこりと微笑む。その笑顔は美人には違いないが、近くで見ると血が通っていないかと思う程の白さだ。それに……

 胸が大きい。くそぅ。


「彼女はノエル君といって、うちの社員だ。是非とも君を紹介して欲しいと言われてね」


「ふぅん、なるほどねぇ」


 そう言って女はにやりと目を細める。ついでにそのふくよかな胸を揺らして。


「ノエルちゃんって言ったかしら。気を付けてなさいよ、栖川ちゃんはこう見えて結構鈍いんだから」


 ハスキーな声が耳に響く。マスターを栖川ちゃん呼ばわりとは一体何者だろう。随分仲良しじゃないか。


「ノエル君、彼はラベンダーといってね、まあ昔からの馴染みです」


 ぐぬぬ、やっぱり前からの知り合いか。マスターにこんな美人の知人がいたなんて。ラベンダー、とは珍しい名前……

 え!? ちょっと待って! マスターは今、彼って言ったような……


「うん? ああ、そうだよ。ラベンダーは男だよ、ノエル君」


「ちょっと、やめてよ、そんな身も蓋もない言い方。性別なんてどうだっていいじゃない。ねぇ、ノエルちゃん」


 言って、ポカンと口を開けたままの私にパチリと片目を閉じてみせるラベンダーさん。いや、ねぇと言われても困る。


「あ、あの……ラベンダーさんは、本当に男、なんですか?」


「ええ、男よ」


「その格好は……」


「女装ね」


 うう、何だか軽い。女性の格好をする事は、そんなに大した事ではないのだろうか。


「ええと、ラベンダーさんは女性になりたいのですか?」


「ん? なりたくないわよ。あっは、女装は趣味よ」


 ……そうか、趣味か。


「私はもう慣れてるが、ノエル君がすっかり女性だと勘違いしてしまってね。ノエル君、これでわかっただろう、こいつは女装が好きなだけの変な男だ」


 うん、混乱してきた私は一つ小さく頷く。まあ、深く考えるのは止そう。ラベンダーさんは男、と。


「それで、マスターはどうしてラベンダーさんと会っていたのですか? やっぱり仕事の依頼ですか?」


「ああ、その通り、本題に入りましょう。ラベンダーはこう見えて一流の薬師でね。私の農園で育てているハーブの数々も、彼から貰ったものです」


 マスターが言うには、ラベンダーさんから種をもらい、代わりに育てたハーブのいくつかを渡しているという事だった。

 手軽に紅茶を飲む事が出来るのも彼のおかげらしい。そう考えると、マスターが一流と呼ぶのも頷ける。


「今回はその彼からの緊急の依頼でね、だから断る事が出来ません」


「何言ってるのよ、元々はあなたが撒いた種でしょ。そのせいで私は困っているんだから」


 依頼の内容はこう。ここからはるか北にあるヴェスパニア王国、かの国が有する魔法兵器を破壊してくれというものだ。


「ノエル君も聞いた事はありませんか? 最近世間を騒がせているヴェスパニア王国。強力な魔法兵器をもって次々に他国を侵略しているそうです」


 ああ! どこかで聞いた事がある名だと思ったら、つい最近シーアが討伐に向かった国だ。


「私は昔ヴェスパニアに居た事がありまして。その時に先代国王と馴染みになったのです。最近、その国王が退位したと噂には聞いていたのですが……」


 後を継いだのはとんだ馬鹿息子だったようだ。即位が済むなり、隣国に侵攻を開始した。しかもその魔法兵器というのが……


「ええ、私が作ったものです。元々は鉱山があるだけの小さな国で、その鉱山を狙った侵略に脅かされていました。ですので先代国王にプレゼントしたのですが」


 鉱山防衛の為の兵器、それを少し改良して侵攻しているのではないか、というのがマスターの見立てだった。

 ……って、それはちょっとまずいんじゃないかしら。


「あの、その兵器はどのくらい強力なのですか? 王国騎士団なら止める事は?」


「出来ないですね。防衛上、対多数を想定しましたから。もっとも対個でもそれなりに力は発揮します。伝説の四大竜に襲われても撃退出来る程度には強化しました」


 そう言ってちょっと誇らしげに胸を張るマスター。いや、それなりにとかいう代物じゃないでしょ、それ。

 私は先日の地龍討伐を思い出す。


「いえね、防衛用ですから機動力をなくしておいたのですが、どうやら動かす術を見つけてしまったようですね」


 元々は鉱山しかないような国だ。それほど強力な兵器があれば侵略してくるのも頷ける。まるっきりマスターのせいじゃないか!


「マスター! 実は……」


 私は慌てて王国騎士団が出兵した事を告げる。ふぅむ、と考え込むマスター。そして……


「なるほど、騎士団がここを出たのが四日前。今から急いだとしてもヴェスパニアまでは三日。その頃には騎士団は壊滅していますね」


 連合軍でも駄目ですか? と問う私に、マスターは首を振る。


「数がいくらいても同じです。対多数を想定している、と言いましたよね」


「なら早く行きましょう! シーアを助けなければ!」


 焦る気持ちを抑えきれずに叫ぶ。その今にも飛び出さんばかりの私を、マスターがゆっくりと制した。


「落ち着きなさい。今から急いでも間に合いません。なに、壊滅と言いましたが騎士団も馬鹿ではないのですから、勝てないとわかれば一旦は兵を退く筈。私達は予定通り進みましょう」


 焦りは禁物、魚は銀むつです、とマスター。はて? 魚はどこから出てきたのだろう。


「そうよ、ノエルちゃん。こういう時は落ち着いて。きっとお友達は無事よ」


 そう言ってラベンダーさんは微笑んだのだった。


 

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