9 魔物の血
残念ながら、日が暮れるより前には、何の問題もなく我が家まで到着してしまった。
しきりに周囲へ視線を巡らせている美青年の感情を慮ることなく、私はさっさと戸を開けて室内へと移動する。
「懐かしいな」
「はぁ」
追って、小屋に入るなり、彼は目を細めてそう呟いた。
それを生返事で流して、朝に残してきた食器をテーブルから下げる。
「とりあえず、適当にお掛けください」
「あぁ、ありがとう」
着席を勧めれば、かつて少年を座らせていた椅子に、迷いなく美青年が腰かけた。
「ふむ、記憶と比べ、何もかもが小さく感じられるな……」
「成長具合が著しいですから、まぁ、そんな所感にもなるでしょうね」
ダベりに付き合ってやりつつ、サクサクと洗い物を終わらせ、湯冷ましをカップに注ぐ。
間もなく、二つのカップをテーブル上に設置して、私も彼の向かい側にどっしりと尻を落ち着けた。
すると、これまで背に浴びていた無駄に熱量の高い眼差しを真正面から受けることとなり、そのあまりの強さに軽く怯まされる。
「貴女のことも、もっと、精神的にも肉体的にも成熟した女性のように思っていた。
しかし、今となっては、ただ可愛らしい人にしか見えないな」
「目ん玉腐ってんのか貴様」
「めん……?」
実の両親に捨てられるレベルの醜女を前に、絶世の美男子が惚け顔で有り得ないセリフを零すものだから、反射的に悪態を吐いてしまった。
いけない、いけない。
いくら野生児でも、人として最低限のマナーぐらいは守らないとね。
しっかし、どんな分厚い恋フィルターがかかってるんだか。
ゲレンデマジックみたいに、日常に帰ったら冷めるタイプのものなら良かったのに。
「あのぉ……この際、はっきり言わせていただきますけど。
私が過去の貴方に優しかったとするなら、それはまだ少年であったからで……とどのつまり、大人として子どもを守らなければ、という義務感でしかなかったわけでしてね。
成年を越えた今の貴方が、昔と同じように接してもらおうと考えているなら、それはお門違いですよ」
入院中、若い看護師に優しく面倒見てもらったからって、プライベートでもそうだと勘違いして惚れるような人間と似たようなパターンじゃないかと思うわけですよ、お姉さんは。
実際に告って付き合ったとして、夢と現実の乖離に耐えられなくて短期間で別れちゃうみたいなヤツ。
「それでも、貴女は僕の知る誰より慈悲深い女性だ。
その義務感すら持たない大人に囲まれて生きてきた身からすれば、森での日々は十分に奇跡だった。
態度の変化については、むしろ、歓迎しよう。
それは、貴女が今の僕を一人前の男であると認めるからこそ発生するものだろう?」
おげぇ、墓穴。
変なトコでポジティブだな、コイツ。
やたらキラキラしやがって、本当に人間か。
「大人……そういえば、ドドモバさんは?」
「……死んだ。二年前に。毒を盛られて」
「えぇ?」
知ってたけど、ホント穏やかじゃないな、君の家庭環境。
「僕を守ろうと傍に侍っていたから、目を付けられたんだろう。
不吉の子を処分したい人間は、いくらでもいたからな」
「えぇー……」
こっわ。
味方が死んだ事実をフラットに語れるようになっちゃう美青年の凄惨な人生こっわ。
もう何か言葉も出ないわ。
「そういえば、そもそもなぜ僕が疎まれているか、語ったことはなかったか?」
そりゃ、わざわざリリース予定の少年の事情を深く聞くつもりもなかったからね。
あと、興味を惹かれるような楽しい内容でもなさそうだったし。
「心無い血縁者よりの情報で、どこまで正しいのかは分からないが……どうも、僕の一族の先祖は、非常に賢く凶悪な魔物との間に子を成したらしい」
「へーえ」
おいおい、ちょっと面白そうじゃん。
そういう話、お姉さん好きよ。
「かつて、大陸は群雄割拠の大戦争時代を迎えており、魔物と人との間に産まれた男は、獅子奮迅の大活躍。
その功績から、やがては英雄となり、数多の人間を従える貴い位に就いたそうだ」
「ほほう」
まぁ、突出した強者がやれ旗印だの希望だのと祭り上げられるのは、戦国の世の常だよねぇ。
求心力にして、味方を増やすのに必要っていうか。
「さて、彼の血を引く我ら一族だが、基本的には普通の人間と何も変わらなかった。
ただ、極稀に先祖返りと呼ばれる、魔の気の強い赤子が産まれること以外は」
隔世遺伝か。
いつの時代も、厄介なもんだわな。
やってもない浮気を疑われたりとかさぁ。
「先祖返りは、常人よりも強靭な肉体を持つが、同時に心の欠けた者も多くいて、成長後は性質の悪い殺戮者と化すことも少なくなかった。
それでも、紛争止まぬ荒れきった世情の続く内は、祝福の子と呼ばれ大事に育てられたらしい」
「ふーん」
はい、読めた。
これもう先が読めましたね。
マルっと全部お見通しですね。
「だが、比較的平和な時代となっては扱いも逆転し、先祖返りは一変して不吉の子と呼ばれるようになってしまった」
ほらぁーーーっ。
やっぱり、そう来ると思ったわ!
「とはいえ、争いの火種はいつどこにでも転がっているし、今の王は野心家だ。
だから、僕はどれだけ多くに疎まれながらも、表立って命を狙われることはなかった」
「あー……」
なるほど。
王様が先祖返りの力に期待してるから、有象無象は手出しできなかったわけか。
ま、あくまで表では、って話みたいだけど。
「実際のところ、魔物混じりの人間もどきなど国に不要、と考える輩はいくらでもいた」
「ははぁ」
一般的な心理としては、そりゃ、そうなるよね。
人間って種族は、とにかく差別が大好きだもんね。
「実の父は、僕をいつか来たる戦争のための道具としてしか見ていなかったし、先祖返りの化け物を怖れた母は、後に産まれた正常な弟を可愛がるあまり、一部家臣団と共に跡継ぎの僕を暗殺しようと目論む有り様だ。
従者や侍女たちは、一応下された命令には従うが……そうでない時、彼らからは明白に距離を置かれていた。
幼少時代、僕が大人という存在にまともに可愛がられた記憶は皆無だ」
……Oh。
とんだ胸クソ案件じゃないの。
その上でアレでしょ、地位目当ての貴族とかが群がってきてたんでしょ。
改めて、よくあんな気遣い出来る子に育ったもんだよ。
世の中を憎んではいたようだけれども。
私だけでも優しくしてやれたってんなら、悪くなかったのかなぁ。
と思ったけど、そのせいで今こんなことになってるなら、もっと冷たくすればよかった。
……いや、未来にこうなるって知ってても、結局、見捨てられなかったかも。
だって、あんまり可哀想すぎるんだもん。
あと、美少年だったから、憂い顔が様になりすぎて母性も増し増しってね。
あぁ、でも、そっか。
その先祖返りってヤツだから、彼は少年ながら、あんな森の奥深くまで到達できたのか。
傷だらけで死にかけてた割に、素人治療でもしぶとく生き残ったし。
骨に達するレベルの怪我があったにしては回復早いなぁとは思ってたんだよね、実は。
もしかしてだけど、醜女の私に惚れたのも、美しさより強さに魅力を感じる魔物側の心理が働いたのかも?
ちょっと優しくされたぐらいで好きになりましたって言うには、私は顔も体も歪みすぎているからね。
元より普通の男性とは価値観がズレてたっていうなら、いかにも納得っていうか。
ヤンデレになりかけてるのも、魔物の本能が強く出ちゃってるなら仕方ないことなのかなーとも思えなくもない、みたいな?
たった三年でここまで成長したのも、自分から積極的に鍛えるようになったことで、備わってた才能が開花した感じなのかね。
冗談だけど、得た強さに応じて心の闇も濃くなる、なぁんて体質あったらヤダなぁ。
ん。ちょっと、待てよ。
趣味がアレとなると、世界には私よりイイ女がいくらでもいるよー、って方向で説得するのは無理になるんじゃあ?
気立てがいいとか、美人とか、そういう条件なら確実に大丈夫だろうけど、物理で私より強い女子って、この世にどれだけいるの?
あっ、ヤバい。
私、今、とても嫌な真実にたどり着いてしまったのかもしれない。
「……やはり、貴女でも不快に思うか?」
「えっ?
スミマセン、何の話?」
いけねっ、考えに没頭して目の前の男のこと放置してたわ。
とりま、主語プリーズ。
って、なんだぁ?
妙に落ち込んだような表情しちゃって。
えーっと、貴方の周囲の大人達に関してなら、すこぶる不愉快に思ってますが?
ん、違う?
「魔物の血の流れる僕が、気持ち悪いか、と」
「あ、そっちか」
はいはいはい。
オーケー、把握。
「ないです、ないです。
そういうアレは。
感想としては、精々、珍しいこともあるもんだなぁ……ってぐらいですよ」
そもそも、私、魔物という生物に対して厭う感情を持ってないからね。
もちろん、配下たちだって大事にしてますとも、ええ。
常にギブアンドテイクの精神は忘れないよ。
自分は会ったことないけど、本当に人間並みに賢い個体がいるってぇのなら、偶にはそういう異種間カップルも出ておかしくないんじゃないの?
いや、知らんけど。
……はぁ。
なんか一気にアレコレ考え事し過ぎて疲れたわ。
水飲もう、水。
ウホーっ、うめぇうめぇ。
五臓六腑に染み渡るぅ。
「今、とても貴女を抱きしめたい」
「はあ!? 何ですか急にっ?」
ホントに突然だな!?
ビックリして、危うく含んだばっかの水分噴出するところだったんだが!?
タイミング考えてくれる!?
「愛しいんだ、すごく」
また直球で言いおるなぁ。
その形のいい唇から飛び出すだけで、随分凶器じみてるわ。
てか、類い希な美貌で、発情した雌みたいな顔するの止めて欲しい。
イケナイものを見たような気になってしまう。
すっごいソワソワする。
「私ゃ知りませんよ、そんなこと。
我慢して下さい」
「……そうか、残念だ」
求婚はしつこいくせに、こういうトコ素直なんだな……。
コイツの思考回路はマジに分からん。
はぁ。
もう少年じゃないんだから、不用意に接触なんてしないよう気を付けないと。
優しくして、婿入りオッケーと勘違いされたら怖いからね。
しっかし、本当にどうしたらいいんだ。
成長した自分を見ろってことだから、彼も今すぐ私をどうこうする気はないんだろうけど。
だからって、ご近所さんになられても困る。
野生の醜女として、知られても見られてもマズいアレコレのオンパレードだもん。
以前のような短期間ならまだしも、長丁場になったら絶対無理だ。
ただ、実質、森は誰のものでもないし、勝手に住み着かれたとして、私も文句を言える立場にはないんだよね。
一応、縄張りのボスとして余所者を排除するってのは有りとはいえ、それって基本、獣とかモンスターが相手の場合だし。
無害と分かってる存在を一方的な理屈で攻撃しちゃうのって、なんか人としてあまりに野蛮じゃん?
そりゃ普段、敵・即・殺がモットーだけどさ。
この場合の敵ってのは、性格が悪人か否かは問題じゃなくて、森や両親の害になりそうかどうかって辺りが基準ね。
んー、そうだなぁ。
いきなり攻撃するとかじゃなくて、聞くだけ聞いてみるか?
郷に入っては郷に従えってことで。
他に説得できそうな案もないし。
「ちなみに、『この森で暮らしたかったら、まず私と戦い、勝ってからにしてもらおうか』って言ったら、どうします?」
試しに、格闘ゲームのお邪魔モブ臭い質問を繰り出してみれば、美青年はスッと表情を曇らせた。
それから間もなく、彼は恥ずかしげもなく、こんな答えを返してくる。
「勝敗以前に、まず、愛する女性に暴行を加えるなど考えられないな」
「ひぇっ」
し、紳士か貴様っ。
…………よ、よぉし、落ち着けマイハート、落ち着けぇ?
ここは深呼吸だ。
すぅ、はぁ、すぅー………………うん。
ほっらもぉーっ、これだから人間は!
野生の掟なんか、全っ然通用しないんだから!
マジ厄介だなッ!?
美男子め。
あぁ、もう、くそぅ、あぁ、くそぅ。
本気でどうする、どうしたらいい?
うぬー、誰か助けて。
絵にも描けない美しき男が、二目と見られぬ醜い女の私を、惚れたはれたと真正面から口説き落とそうとしてくるよぅ。
……なんか、改めてまとめると、自意識過剰乙って多方面から殴られそうな立場じゃない、私!?
ガチ泣きしそう。
「あーっと、そう、えぇ、その、アレですよ。
私、子供相手でしたから、随分と猫を被っておりましてね?
本来はもっと、がさつで野蛮で残酷な、ホントどうしようもない女なんですよ。
幻滅して、キレイな思い出が汚される前に、スッパリ帰っちゃった方が貴方のためなんじゃないかなぁーと、愚考する次第なんですがね」
十中八九無駄に終わると理解しつつも、ヘラヘラ半笑いで足掻いてみるなどする。
対する美貌の青年は真顔だ。
「幻滅などしない、と貴女を知りきらぬ内に断ずるのは違うのだろうな。
だが、きっと後悔はしない。
僕は、貴女という女性の本当の姿を、この目で見たいと思う。
互いに互いを理解し、認め合った上で、心からの伴侶となりたいのだ。
だから、どうかしばらく、この森で……貴女の傍で、僕が暮らすことを許して欲しい」
はい、案の定、ダメ!
むしろ、更に追い詰められる結果になりましたー!
イエーイ、ちくしょう!
ヤンデレ予備軍のくせに、やたら誠実だな!
中も外もメチャクチャいい男に育ちやがって、バーカバーカうんこ!
別に私だって、穏便に諦めてもらいたいだけで、彼の純粋な好意を踏みにじりたいわけじゃないんだよ。
この美青年のこと、憎んでもなきゃ嫌いでもないんだから。
むしろ、ちゃんと大きくなれたんだねぇ良かったねぇ、って感慨深くすら思ってるよ。
恋心こじらせたままなのが想定外だっただけでさぁ。
ホントなんで三年もあって、まだこんな醜女のこと愛しちゃってんの、キミ?
十代ってもっと、フラフラしてるもんじゃないの?
うーん、うーん。
うー……うぅん?
あれ?
そもそも私、なんでこんなクソほど必死になってまで彼を帰らせなきゃいけないんだっけ。
もう、なんかさ、いいんじゃないかな、自己責任で。
極論、何見せたって、軽率に言いふらすタイプの人間でもなければ、それをする相手ももうどこにもいない孤独な男なワケじゃん?
あんまり強引に断ったら死んじゃうかも、なんて、そんな罪悪感を背負わされるぐらいなら、恥を忍んで己を晒して、勝手に幻滅されて、それで彼に自分からどっか行ってもらう方が精神衛生上なんぼか優しいんじゃないの?
ねえ?
……うん、もういいや、ソレで。
疲れた、すごく。
「はぁ、まったく……負けましたよ、貴方には」
「え?」
「分かりました。
そうすることで納得がいくなら、近くに住むなり何なり、ご自由にされて下さい。
ただし、貴方が慣れない森暮らしで危険な目にあっても、私は助けませんからね」
「……っあ、ああ!
十分だ、ありがとう!」
おーおー、満面の笑み浮かべおってからに。
そんなに嬉しいもんかね。
にしても、本当にウソみたいに造形が美しい男だな。
気を抜くと芸術品なんかと同じ感覚で見惚れそうになる。
少年の頃はもうちょっと人間みが強かったように記憶してるが、コレも魔物の血とやらが関係してるんだろうか?
「そうだ。
そうと決まれば、一つ尋ねたいのだが」
「はいはい、何ですか?」
「そのだな、あ、貴女の名前を教えて欲しい。
前回は互いの立場もあり諦めたが、これから隣人となる身としては、許されるものではないかと思うのだ」
「あー」
そんなキラキラ期待した目を向けられても、元からないものは教えようがないんだけども。
えー、どうしよ。
今、即興で作るってのもなぁ。
ずっとソレで呼ばれるとなると、下手なモノには出来ないし。
もう率直にないって言ってやった方が楽かな。
「そちらで好きに呼んでください。
名前なんて誰からも貰った経験ありませんし、森では不要だったので、自ら名付けを行うこともありませんでしたから」
サラッと伝えてみたが、人の世で生きていた彼にとっては思いもよらない事実だったのか、驚きに目を見開かれてしまった。
「なんと、そうだったのか」
「ええ、実はそうだったのです」
「……では、私が名付けてしまっても良いのだな?」
切り替え早っ。
好きに呼べとは言ったが、名付けろとは言ってないぞ。
ま、断る理由もない……のか?
「よっぽど変な名じゃなければ、受け入れますよ」
なおざりに答えれば、緊張した様子の美青年が僅かに震える口を開く。
「それなら、その……り、リレイジア、と」
「あぁー、今日たまに呼んでましたよね。
その、リ何とかの君って」
筋金入りの醜女に向かって、よくぞぬかしたモンだな。
業の深さを感じるわ。
「リレイジアだ。
古い神語で、光の乙女という意味を持つ」
「へー」
光、ね。
響きが甘ったるすぎるけど、下手に花や宝石の名にされるよりはマシか?
考えてみりゃ、別に他の人間に聞かれるわけでもないし。
「じゃあ、決定で」
「随分と簡単に頷いてくれるのだな」
「特にこだわりもないですからね。
貴方もソレで呼び慣れてるみたいだし、いいんじゃないですか?」
「そうか……」
曲がりくねった肩を竦めれば、青年は何かを思案するように軽く俯いて、海のような髪を波打たせる。
間もなく彼は再び顔を上げて、改まった様子で声を掛けてきた。
「時に、リレイジア」
「はいはい」
早速、呼んでくるじゃん。
しかも、すごく自然に。
「代わりと言っては何だが、僕に名を付けてはくれないか」
「は?」
意味が分からない。
「話しただろう?
以前の……セレイネルという名は、もう墓の下だと」
「そりゃ、聞きましたけど。
なぜ、私が?」
「単純に嬉しいからだ。
愛するリレイジアから賜れるなら、それは何よりの宝となるだろう」
まぁた、そういうキザなセリフをホイホイとっ。
いかにも愛しそうに目ぇトロけさせて語ってくれるんじゃあないっての。
毎度、受けるコッチが恥ずかしいわい。
意識してやってるワケじゃなさそうだし、止めろっつっても無理かねコレ。
ん?
何をボソボソ呟いてる?
独り言かもしれないけど、醜女イヤーは地獄耳だから聞こえちゃうぞい?
「……もしも、愛が叶わず身を引くことになろうとも、これだけは一緒に持っていける」
ポウ!
ちょっ、おい。
濁しても、そのハイライト消えた目でバレバレだぞ。
いくって、漢字変換したら逝くになるヤツだろ。
うえー。
私のくれてやった名を死出の旅路のお供にする気だ、コヤツ。
いっちいち重いんだよ、ドン引きだよ。
本人は、嫌われが怖いのか、私に負担かけないためか、隠してるつもりっぽいけど、そんだけ態度に零れ落ちてりゃ丸分かりだからね。
よって、キミは今、無意識のまま自分の命を盾にし、私を脅しているに等しい状況にあるのだぞ。
いや、実質、私が勝手に察して、勝手に気まずい思いしてるだけなんだけどもさ。
「頼む、リレイジア。
貴女のくれるモノなら、どんなだって受け入れてみせるから、是非とも僕に名を……っ」
立つな座れ、どさくさ紛れに手を握ってくるな。
ってか、森仕込みの私のクソデカハンドを包み込めるって、ホント大きくなったんだなぁ……。
いや、自分、些細な発見で彼の成長感じてる場面じゃないから。
「分かったから、落ち着いて下さいっ。
私、嫌だなんて言ってないでしょうが」
「っあ、すまない」
窘めながら上から覆われていた拳をサッと引くと、美青年は己の行動に無自覚だったのか、頬を朱に染めつつ慌てたように体を戻した。
「……本当に、すまない。
口では望まぬ行為を強要しないなどと調子の良いことを語りながら、まさかこの程度の自制すら効かぬとは……僕は、もはや貴女に何を求める資格も失ってしまった」
ええ……?
急に頭を抱えて海より深く反省しだしたんだけど、この人。
情緒、大丈夫?
「さすがに大げさでは。
別に怒ってませんし、名前ぐらいいくらでも考えますから、そう極端に落ち込まないで下さいよ」
「僕はリレイジアを愛したいのであって、暗い欲望のままに傷付けたいわけではない。
いちいち感情に飲まれているようでは、貴女を幸福にできない」
くっそ悲壮な顔しやがって。
自分の中の魔物の血が、そんなにも怖ろしいのか。
ヤンデレ化を拒むあまりメンがヘラっちゃうなら、それ本末転倒じゃないの?
あーあー。
美少年の頃も、大人になった今も、可哀想な身の上のくせに真っ直ぐな良い子に育ってるせいで、色々全部、許して甘やかしてやりたい気持ちになるから困る。
私の母性、マジ仕事しないで、寝てて。
とりあえず、このまま彼が早まった覚悟とか決めちゃう前に、急いで名前を考えてやるかぁ。
ううー……泥沼感……。