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8 リターン・オブ・ビューティー



 二十歳になった。

 前世での成人年齢だ。

 何があるわけでもないが、無性に感慨深い。


 ここ数年の間、身長こそ伸びなかったが、よく使う一部筋肉については、更に一回りほど育っている。

 他に変わったことといえば、支配領域が少し広くなったことだろうか。

 一年程前に、隣接する土地をテリトリーとしていたボスが入れ替わった。

 かと思えば、当の新ボスが血気盛んな若造らしく、欲を張って私の縄張りまで己のものとせんがため、意気揚々乗り込んできたのだ。

 やむなく返り討ちにしたら、当然の流れとして、ソイツの領域まで私の物となってしまった。

 正直、把握しなきゃならん範囲が増えるのは面倒臭い。

 が、放置した方がもっと面倒な事態に陥りかねないので、仕方なく拡大を受け入れた。


 ちなみに、その新ボスだった奴は外からの流れ者で、全身真っ黒い毛皮のワゴン車のように大きな巨狼だった。

 パワータイプの熊型モンスターと違い身軽さに自信があったのかもしれないが、私とて密集した木々を利用した立体機動戦に関しては十八番だ。

 情報を耳にした時点で、一切負ける気はしなかった。


 狼は基本群れを作る生き物で、簒奪者はご多聞に漏れず、この地で得た供を引き連れていたようだった。

 が、配下たちに命じて雑魚の足止めをしてやれば、こちらが万全の状態かつ一対一で相対するような状況が簡単に作り上げられる。

 ちょっと強いだけの新参如きが、こと部下との連携で長年ボスやってる私に敵うワケがないのだよ。

 おめおめタイマンに持ち込まれたくせに、体の小ささで私をナメやがったのか、ソイツはバカ正直に真正面から大口を開いて飛び掛かって来た。


 いかにも全てが本能任せな獣風情だ。

 行動がワンパターンで愚かしい。


 素早く木の幹を駆け上がって躱すついでに、斧の柄で鼻先を思い切りブッ叩いてやれば、黒狼は巨体を僅かによろめかせる。

 隙と見て、顔面を中心に四方八方から息を吐く間もない程ボッコボコのタコ殴りにしていると、その内、新ボスは子犬のようにキャンキャン甲高い声で鳴きながら腹を出して転がるという無様を晒していた。

 私は、そこで初めて斧を(かえ)し、(やいば)を毛皮の奥の首肉にあてがってから、丸出しの顎を踏みつけつつ顔を寄せ、お前など敵ではないのだと殺気を込めて獣の金目を睨み付けてやる。

 これは、獣の本能に上下関係を刷り込ませるための、儀式的なものだ。

 調伏は成功し、以後、黒狼は従順でそこそこ使い勝手の良い配下の一体として重用することとなる。



 まぁ、縄張りが増えたからといって、生活が大きく変化したというような事実はない。

 相変わらず、気まぐれを交えてルーティンをこなすだけの日々だ。

 一応、自分なりに楽しみも作って、単調になり過ぎないような工夫はしているけれど。

 人間という種族のやりがいや生きがいっていうのは、無駄で無意味な行為からこそ産まれるものだからね。


 二十歳を超えたことで、今後発生するであろう自らの緩やかな退化について意識することが多くなった。

 森で孤独に生きる以上、人として老衰で死ねるとは思っていない。

 いつか年を重ね体が弱りきった暁には、ボスの座を狙うモンスターとの闘いの果て、あっさりと終焉を迎えるのだろう。

 私は尊い家柄の可哀想な娘ではなく、あくまで野生の醜女(しこめ)なのだ。

 森の糧となって逝けるのならば、それでいい。

 その事実が、私という命の生きた証となる。



「おっ。今年のはかなり美味く出来たな」


 それなりに充実した暮らしぶりの私に望まぬ転機が訪れたのは、今年初収穫の夏野菜をサラダにして、呑気に頷きながら貪っていた時だった。


 隣国との国境周辺の見張りを任せている猿たちが、常とは異なる困惑したような鳴き声で一人の侵入者の報告を上げてきたのだ。

 私は首を傾げながらも、すぐに向かうと吠え返して、残りのサラダを一口でかき込み頬をハムスターのように膨らませて、急ぎ小屋を出た。

 定期的に発される彼らの声を頼りに、テンポよく木々を渡っていく。

 一応の用心として、道中、森を注意深く観察してはみたが、特にこれといった異変は感じ取れなかった。

 だが、なぜだか妙な胸騒ぎがして、私の鼓動が意味もなく早撃ちを繰り返している。

 現場に急ぎたいような、逆に逃げ帰りたいような、相反する衝動が同時に湧き上がっていた。


 かなり漠然とだが、予感がするのだ。

 私の今後の人生を大きく変える何かが、この先にあると。

 目にすればきっと抗えない、運命にも似た恐ろしい何かがあるのだと。


 とはいえ、周辺一帯を預かるボスとしての役割を放棄するわけにもいかない。

 敢えて、本能よりの警告から気を逸らして、私は淡々と枝から枝への移動を繰り返す。


 やがて到着した、侵入者から約二キロの距離を取った合流場所で、一部の猿共から控えめな歓待を受けた。

 早速、なぜ彼らが戸惑っているのか詳しく話を聞き出そうとするも、どう表現したものかすら迷っているようで、いまいち要領を得ない結果に終わる。

 であれば、問題の存在を直接確かめた方が効率的だろうと、私は覚悟を決めて先へ進んだ。


 間もなく、繁る葉の隙間からソレが視界に映る。


 最初に飛び込んできたのは、海のように輝き透き通る、青く流れるような長髪だった。

 推測される背丈は私の頭一つと半分ほど高く、スラリと手足の伸びる身体は鍛え上げられたサラブレッドのような優美なしなやかさを有している。

 次いで、彼がふと視線を空に向けたことで、(すず)やかな美貌の(かんばせ)が露わになった。

 若い、男だ。

 流し目の似合いそうな切れ長の瞳は、太陽の光を受けて複雑な緑をその灰色の中に煌めかせている。

 大理石の彫像に匹敵する艶やかな麗しさと同時に、逞しい生命の息吹を感じさせる、神の作りたもうた奇跡のような絶世の美男子がソコにいた。


 いつもは薄暗く不気味なばかりの森が、彼の立っている場所だけ妙に光が集まって、何処(いずこ)の聖域かと幻視させられる。

 ここは私の縄張りのはずなのに、まるで全く知らない土地に連れて来られたような気にさえなった。


 ……あぁ、ようやく納得した。

 そうか、そういうことか。

 ちくしょう、こりゃ、猿共も反応に困るわけだわ。


 脱皮でもしたのかってぐらいの勢いで色々成長しまくっているが、こいつぁ、かつて私が保護したワケありの美少年に違いない。

 だからこそ、排除すべき侵入者として扱っていいものか、分からなかったのだろう。

 しかし、報告を上げないわけにもいかなかった。


 それにしたって、他のモンスターたちも、よくもまぁ、何年も前に通達した手出し禁止の指示と少年の臭いをハッキリと覚えていられたものだ。

 全く、配下が無駄に優秀すぎて泣けてくるね。


 知らぬ存ぜぬで踵を返したいのは山々だが、たとえ、このまま放って帰ったとしても、彼は自力で私の元までたどり着いてしまうだろう。

 現に、かつて美少年に歩かせた獣道を使って、ほぼ真っすぐ小屋までのルートを進んでいるようにしか見えないのだから。

 昔から頭の良い子で、実際に上手く出来るかはともかく、一度教えた事柄を忘れたことはなかった。

 そんな彼が、最後に送ってやった経路を正確に記憶していたとしても、私は驚かない。

 しかし、多少オブラートに包んだとはいえ、迷惑になるから二度と来るなと伝えてあったはずだ。

 あの時、彼だって互いの立場を考えれば当然と納得していたのに、今さらなぜ森へ入ってきたのだろうか。


 うん、嫌な予感しかしない。

 今すぐ、お(うち)に帰りたい。


 とはいえ、グダグダしていても状況は良くならないので、ひとつ大きく息を吐き出して、腹をくくる。

 それから、わざと激しめに音を立てながら、私は隠れていた木の上から地面へと降り立った。

 瞬間、目つきを鋭くして素早く片手剣の切っ先を向けてくる美青年。


 中々いい反応速度だ。

 昔の貧弱な坊やだった頃の彼の様子からは、想像もつかない。

 男子三日会わざれば刮目して見よとは言うが、たった三年でここまで変貌を遂げるものであったとは、どこか感慨深いような、恐ろしいような、複雑な心持ちだ。


 間もなく、私の姿を確認した美貌の男は、すぐに剣を下げ、端正なその顔にかつての面影が重なるような無邪気な笑みを浮かべた。


 ぐわぁーっ!

 あたかも太陽光を直視したかのような燦然とした輝きが私の眼球に容赦なく襲いかかるゥーーー!

 もはや人外レベルの美形の満面の笑みクッソ痛ぇえええッ!

 アレだ! 閃光爆弾だよ、もう!


「会いたかった、リレイジアの(きみ)!」

「ああん?」


 ちょっと、ソレどこの女のことよっ!?


 いや、そりゃあ、流れからして私のあだ名的なものだろうとは予想がつくけど。

 音の響きの時点で似合わなすぎるでしょ。

 我、醜女ぞ? ○ジモド系女子ぞ?

 坊やの中でどういう存在と認識されてたのかは知らないけど、勘弁して欲しいわ、まったく。


 笑顔のまま駆け足で寄ってくる青年へ、腫れた瞼のせいで非常に分かりにくいジト目を送る。

 距離を詰めれば、私が不機嫌になっていることを理解したのか、彼は苦い色を僅かに表情に加えて、それでもめげずに目の前に立ち、興奮交じりの早口で語りかけてきた。


「あの、僕のことを覚えているだろうか?

 三年ほど前、貴女に助けられた……」

「セレイネル坊ちゃん、でしたっけ」


 嫌味で言ったら効果覿面だったのか、微妙に背を仰け反らせる元美少年。

 しかし、反ってなお、今は彼の方が背が高い。

 声だって随分と低くなっているし、本当に別人のようだ。


「うぅ。か、かつての呼ばれ方は忘れてくれ。

 それに、その名はもう捨ててきた」

(なに)て?」


 しょっぱなから不穏なブッ込みしてくるじゃないの。

 帰りたい。


「まずは、貴女と交わした不可侵の約束を破ってしまった事実を謝罪しよう。

 だが、どうか安心して欲しい。

 僕のこうした行動で、貴女が危険にさらされることはないと断言する」


 ソレも大事だけど、正直、ソコじゃないんだよなぁーーっ。

 最後にヤバい目で私を見てきた坊やに、できれば二度と会いたくなかったっていうかぁーー。

 てか、なぁんで、今も同じ目をしているかな、君はぁ?

 いや、むしろパワーアップしてなぁぁい?

 うわーーー、怖い怖い怖い、帰りたい。

 もうこれ以上、なぁーんにも聞きたくない。


「詳しい説明は後でさせてもらうとして、今は先に本題から述べよう」

「あっ。何か、やむを得ぬ事情がおありなんですか?」

「いいや、そうではない」


 ないんかい。

 だったら、もう出てってよ森から。

 関わりたくないんだよ、本当に。

 大体、どうして当たり前みたいに後で改めて時間取ってもらえると思っちゃってるの?

 位が大層お高いっていう、ご実家の教育のせいなの?


 はぁ、帰りたい。


「……人としての名も身分も命も、全て墓の下に置いてきた。

 だから、もはや僕には何もない。

 しいて言えば、この体だけが唯一の財産となる」


 いきなり重い情報きたな!?

 えっ、耳塞いでいい? だめ?

 これ以上、酷い内容が飛んでくる前にガチで帰りたいんだけど!


「だが、それでも、貴女を想うこの心の熱さだけは誰にも負けるつもりはない。

 そちらにとっては急な話となり恐縮だが、どうか、僕を伴侶と迎えてはもらえないだろうか」


 ッあーーーーーー!?

 コヤツ言いおったぁあああああ!

 ド直球で来おったぁああああああ!

 こっ、このぉーーーーーっ!


「いー……嫌だと言ったら?」

「貴方の家の傍に小屋を建て、そこで生活しながら、了承を貰うまで口説き続ける予定だ」


 真顔で言えたセリフか!

 モンスターに食わせっちまえ、そんなイカレた予定っ!

 フラれたくせに女に付きまとうって、普通にヤベぇストーカーじゃないの!


 ていうか、全て墓の下ってなんぞ?

 死んだふりして逃げたってこと?

 私の婿になるためだけに?

 なんで、そういうことするのぉ?


 傷付いていた美少年に優しくしちゃった私が悪いの?

 依存なの? 唯一の依存先なの?

 ヤンデレなの?

 逃げられないの?

 詰み? 詰みなの?


 この、顔どころか頭も悪くない男が近くで生活すると言い切ったからには、私と暮らした経験を元に、きちんと森で生きていけるだけの準備をしてきたんだろう。

 やたら荷物も多いし。


 い、嫌だなぁ。

 だからといって、自分に好意を持っているだけの相手を、わざわざ配下に殺させるほど非道にもなれない。


 あぁぁ、こんなことなら、本能に従って逃げ帰っていれば良かった。

 と、思ったけど、コイツ普通に私の家の場所知ってるわ。意味ないわ。

 せいぜい、数日の時間稼ぎにしかならないヤツじゃん。

 ガッデム!

 どうにか穏便に諦めてもらう方法はないのか。


「伴侶だなんて。

 急にそんなことを言われても、私は貴方を異性として見ていませんし、困ります。

 大体、ずっと一人だったのに今さら他人と暮らそうなど、煩わしいばかりでメリットがありません。

 そもそも、私より力もなければ森での知識もない足手まといな貴方を、どうして夫に迎えようと思うでしょうか?

 女に養われるヒモ男子にでもなるおつもりですか?

 そんなの、まっぴら御免ですよ、私は。

 それに、危険な森に住んでる身で子どもを産もうとも思わないので、そういった夫婦生活に伴うリスクの高い行為だってしたくありません。

 はっきりと申し上げて、私の人生に連れ合いは不要です。

 諦めて、人の世にお戻りください」


 これで、どうだ。

 昔から、理屈で攻められるのに弱かったし、こうして具体的に何が嫌かを伝えれば、納得してくれるかもしれない。

 傷付けるような言い方になってしまうのは心に痛いけど、背に腹は代えられないからね。


「……そう……か、貴女の気持ちは分かった」


 おおっ、分かってくれましたか!


「しかし、僕をいつまでも三年前の無力であった男のままだとは思わないで欲しい」


 は?

 何言ってんだコイツ。


「最低限、貴女の足手まといにならない程度には、力も知恵もつけてきたつもりだ。

 妻を煩わせるだけの夫には、僕もなりたくないからな。

 その、こっ、子については、すまない。

 求婚に必死で、まだそこまで具体的な未来図を描けてはいなかった。

 だが、もちろん、貴女が望まぬ行為を強要するつもりはない。

 愛する人の傍にさえいられるならば、僕はそれだけで満足だ。

 とにかく、過去と今では違う。

 もう少し時間をかけて、僕という男を見極めてから、改めて返事をくれないだろうか。

 それで、どうしても受け入れられないということであれば、今度こそ潔く身を引こう」


 うっほっほ、そうかいそうかい。

 貴様、なんっにも分かってねぇーーーっ!

 そんな真っ向からの長文反論なんざ聞きたかぁないんだよ、私は!


 他人に居つかれたら、風呂上がりに面倒だからって全裸のまま過ごすことも出来なくなるじゃん!

 喜びの野生児ダンシングやカタコト蛮族ごっこだって当然人様の目に晒せないし、気まぐれに日本語だって使えなくなるし、せっかく隠してたモンスターのボスやってる事実だって明るみになっちゃうだろうし、とにかく相手が誰でも関係なくダメなんだよ!

 独りっきりの自由さをナメるな!


 あと、子どもの話でドモったり、頬を染めたりするの、止めてくれない?

 私相手に何を想像したワケ?

 そのくせ、顔が良すぎるだけに、恥じらいの破壊力もクッソ高いんだわ。

 腹立つぅーっ!

 一方で、すっごい簡単に愛する人とか言えちゃうし、マジでなんなのキミ?


 奇跡の美形が特殊性癖を発症させて、野生の醜女のために森で人生消費するとか、どんだけもったいない案件なんだか。

 世の乙女に集団リンチ食らっても、私ゃ文句も言えないよ。


「……すまない、悩ませているな」


 眉間を顰めて黙り込む私に、美青年がしおらしい態度で呟きを零す。


「だが、僕ももはや形振り構ってはいられないのだ」


 ホワイ、なにゆえ?


「何を犠牲としてでも貴女の心が欲しいと、そうした感情が日ごと煮詰まりすぎて、思考すら飲み込まれそうになっている。

 やはり、言い伝えの通り、僕は不吉を負って産まれた子だったのだろう。

 だからこそ、多少なりと自制の利く内に、行動を起こさなければならなかった」


 えーと。

 ヤンデレ化を必死に抑えてるけど、無理みが強くなってきたって解釈でよろしいか。

 で、そんな暗い事情を知らされて、夫婦になりまぁすって頷く人間がどれだけいるの?


「……ちなみに、今の貴方を見た上で断れば、そちらは身を引くという話でしたけど。

 その後は、どこでどう生きていくつもりなんですか。

 名前も身分も、すでに失ってしまったのでしょう?」


 ふと頭に湧いた疑問を投げつけてみれば、彼は寂しそうな笑顔だけを浮かべて沈黙した。


 おっほ、ぴ、ピンと来た。

 おま、お前さん、コレ、身を引くって、アレか。

 捨ててきた名前たちを追いかけて、この世からログアウトしようってぇ腹積もりか。

 んんっふん、ちょ、待っ、やっりづらぁ。

 こっちのお察し力が低かったら、知らん知らんと追い返すことも可能だったのに、こっそり死なれると分かっちゃあ、さすがに邪険には出来ないってもんだ。

 だからって、そういう意味で好いてもないのに即夫婦ってのも勘弁願いたい。


「そのぉ、け、結論を出すのに難航しそうなので、あっち、いえ、一先ず我が家にお招きしますから、いったん止めましょうか、立ち話を、ええ、はい」

「分かった」


 大人の必殺技、THE・後回し。


「出来れば、今日中に小屋に戻りたいので、少し駆け足ぎみで行きたいんですけど」

「あぁ、遠慮はいらない。

 妻となる貴女に後れを取らないよう、しっかりと体は作ってきてある」

「……左様で」


 ヤバイよー、さっきから口の端の引きつりが止まらないよー。

 一体全体、こんな目に合わなきゃいけないような、どんな悪いことを私がしたってんだ。

 まったく、この世界の神様ってヤツは、醜女相手にとんだ試練を押し付けやがる。


 さすがに雲梯移動は控えたけど、それでも森を走り慣れている野生の醜女に、美貌の男はしっかりと追従できているようだった。

 ビッグマウスと侮ったわけじゃあないが、それでも、実際ここまでとは思っていなかったので、純粋に驚いてしまう。

 同時に、妙な執念を感じて、ちょっとだけ鳥肌が立ってしまった。


 また、道中、背後から注がれ続ける熱い視線が気持ち悪かったので、その緩和のため、適当に気になった事柄について尋ねてみるなどした。


「ええと、森で生活するにあたり、その様に長い髪を携えていては邪魔になるように思うのですが」

「あぁ、これか。

 願掛けの意味もあるのだが……何より、昔、貴女に触れられたモノだと思うと、どうしても切るに忍びなくてな。

 再び会えた今であれば、いつでも短くして構わない。

 気になるようなら、すぐにでも……」

「短剣やめぇ! やめぇーーーーいっ!」


 ソレ、そんな歩きながら適当にザンバラ切りしちゃっていい髪じゃねぇーーから!

 ていうか、長かった理由が重いんだが!?


 不穏な気配に振り向いた私が慌てて凶行を止めに入れば、青年は不思議そうに首を傾げながらも、あっさりと鞘に(やいば)を収めた。


 彼の素直なところは昔のままってか。

 でも、少年の頃はここまで突飛な行動は取らなかった気がするんだけど。

 アレはアレで助けられた手前、大人しくしてたってことなのかな。


「その髪、すごく丁寧に手入れされてるようですけど、失うことに抵抗はないんですか?」


 手間暇かけて綺麗に保ってたもの、そんなにも簡単に捨てちゃえるわけ?

 サイコか何か?


「あぁ、長さは特に問題ではないのだ。

 また貴女の手に触れられる可能性があるなら、不快な思いをさせたくないと清潔にはしていたが、ソレだけだからな」


 ねぇ、理由がほぼ全部、私が起点になってるの止めよう?

 ここは、会話をする度に地雷が爆発するタイプの地獄ですか?


 何だか怖くなってコッソリ進む足を速めてみたが、美青年を引き離すことは叶わなかった。

 というか、息一つ乱さず全然余裕のトロけ顔で後ろにピッタリついてきてる。


 うぇへへ、ホラーかな?


 さすがに全力を出せばイケると思うけど、そこまで露骨な行動を取ってしまうと、後の反応が怖いので止めておいた。






 …………きっと賢明な判断だった。





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― 新着の感想 ―
[一言] 待ってましたー! 予想以上にぶっとんでてとても良いです!
[一言] 楽しみだった青年編だが、ヤバすぎる 何がどうヤバイって、ヤンデレ方向への進化半端ない癖に一見爽やか好青年にしか見えないとこがwww 良いぞ、もっとやれ! 続き楽しみにしてます
[良い点] やべえ…追い詰められてる…笑える! すごい強い獣と戦う方が楽なんでしょうねー!
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